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evergreen 第2話(ジャンププラス原作大賞/連載部門応募作品)
運命は一瞬ですべてを変えてしまうーーー。
そのとき、サーラ達はちょうど城の庭園でピクニックをしているところだった。もちろんリドも呼ばれている。リドは自分がここにいるのは場違いじゃないかと思いつつ、サンドイッチを頬張りながらサーラと侍女達が楽しく笑いさざめく様子を眺めていた。
ふいに、サーラがゾクッと身震いをした。その顔はどんどん青くなっていく。
「サーラ様……?」
「あ……あぁ……」
動揺する侍女達に囲まれたサーラは、うずくまるような体勢になった。
「なにか……なにかが、起きてる……!!」
震えながら声を絞り出すサーラに、険しい表情になったカトレアがさっと駆け寄った。
「……?」
突然の異変に、リドはサンドイッチを皿に置き、立ち上がろうとした。
次の瞬間。
ドウンッ!!!!
隠れ里の端から爆発音が聞こえ、黄色い閃光と地響きの中で煙が上がるのが見えた。
「キャアアアアアア!!!」
「なんだ!??」
同時に、庭園の門が勢いよく開け放たれた。スピルと何人かの近衛兵がなだれ込んでくる。
「敵襲だ!!『黄の彩神』が攻めてきた!」
スピルが叫んだ。
「『黄の彩神』だと…?」
リドが呟くと、スピルは静かに頷いた。
「リド。」
カトレアが口を開く。リドはカトレアの方を見た。
うずくまるサーラ。互いに手を取り合って怯える侍女達。そして、あたりに散乱した食料。そんな光景の中で、カトレアだけはしっかりと背筋を伸ばし、落ち着き払っていた。
「リド、サーラ様を連れて逃げるのです。」
「なっ……」
「城の地下に秘密の抜け道があります。サーラ様が場所をご存知です。この里を抜けて、森のはずれに出ることができます。さぁ早く!!」
カトレアは強い口調で命令した。
「嫌……」
それを聞いたサーラはよろよろと立ち上がる。
「カトレアは……みんなは……この後どうなるの……? あなたたちを置いていくなんてできない……!」
「サーラ様。」
カトレアはそんなサーラにそっと近づいた。
「何も心配いりません。私達のことはどうかお気になさらずに。」
そしてカトレアは、サーラの両手を握って跪いた。
「私達の心はいつも サーラ様と共に……。」
サーラの目にみるみる涙が溜まっていく。カトレアは立ち上がり、サーラの手をとってリドへ差し出した。
「リド。サーラ様をあなたに託します。命に代えてもお守りなさい。」
「リド、行け!!」
間髪入れずにスピルが叫ぶ。
「……御意!」
リドは短く返事をすると、サーラの手首をつかんでがむしゃらに駆け出した。
手を引かれたサーラが一瞬振り返ると、微笑みを浮かべるカトレアと祈る侍女たち、そして二人を静かに見守る近衛兵たちの姿がそこにあった。
二人は城の地下からつながる抜け道を駆けていった。抜け道は岩のレンガで作られており、ところどころ崩落しているが、問題なく通れる状態だった。サーラは長いドレスを手繰りあげ、リドの後ろを走っていたが、走りにくいようでなかなかスピードが上がらない。やがてドレスの裾を踏んづけて転んでしまった。
「だ、大丈夫か!?」
「う……。」
サーラは無言で頷き、また走り出した。リドはさきほどの命令を思い返す。
『侍女もつけず即座にサーラを逃がす決断をした……! つまり、はなから勝ち目はねえってことかよ……!』
リドの額を汗が伝う。
『そんなに強いのか・・・!? 黄の彩神って奴はよ・・・!!』
その頃、サーラの庭と城を空中から見下ろしている者がいた。『黄の彩神』ソレイユである。彼は髪も目も全てが黄色で、派手な服を着ており、片眼鏡のようなサングラスをしていた。カトレア達は城内に逃げたらしく、姿は見えなかった。
「隠れても無駄やで……俺の『雷』の前ではなぁ!!」
ソレイユは下方へ両手をかざす。その瞬間、まばゆい光が一面を包んだーーー。
やがてリド達は、抜け道の出口に到達した。出口はツタに覆われた大きな木のうろの中にあり、外から見てもわからないように隠されていた。リドはサーラに手を貸し、ツタをかき分けてそこから這い出た。
そのときだった。
ドオオオオオオオオオオン!!!!
ものすごい黄色い閃光と爆発音が響く。やがて遠くで何かが激しく燃えはじめたらしく、空へと黒い煙がどんどん立ち込めていった。
「!!」
「あの方角は・・・!!」
突然、サーラが爆発音のした方へ走り出した。
「おい、待てって!!」
リドは慌ててサーラを追いかけた。サーラは無意識のうちに彩神の力を使っているようで、体から緑色の光を発しながら走っており、リドの足でもついていくのがやっとだった。
やがてサーラとリドは立ち止まった。目の前では隠れ里の外周にあたる森の木々が炎上していた。
「ああああ……ああああああ!!」
サーラが取り乱した様子で叫んだ。外周の森ですらこれほど激しく燃えているのだ。隠れ里の人々の生存は絶望的であることは明らかだった。
「うそだろ……」
リドも呆然と立ち尽くす。
「たった一瞬で……こんな……」
これが、黄の彩神の力なのか。
「あああ……みんな……みんなぁ!!!」
次の瞬間、サーラは燃える森に飛び込もうとした。
「おい、やめろ!!」
リドはサーラを必死で抑える。
「カトレア、リリイ、ビオラ、みんなぁ!! うわああああああ!! ああああああーー!!」
サーラは半狂乱で、リドの制止を必死に振り切ろうとする。そんなサーラの姿を見て、リドの脳内に里の人々の姿がフラッシュバックした。いつも自分の味方をしてくれていたスピル。前女王であるのに驕りもせず、サーラを優しく見守っていたカトレア。汗を流して田畑で働く人々。里の子どもたちの笑顔。
「……クソッ!!」
リドの目頭にも急に熱いものがこみあげてきた。
瞬間、サーラを制止するリドの力が少し緩む。サーラは燃える森の方へ数歩前進し右手を伸ばした。
ジュッ!!!!
一瞬の出来事だった。
サーラの伸ばされた右手が燃え、炭と化した木の枝のように真っ黒になった。
「!??」
リドは驚き、一気にサーラを炎の側から引きはがし、なんとか炎から距離をとった。
「腕が……! 炭に……!!!」
リドは青ざめた。サーラは自分の腕など全く気にせず、地面にうずくまって嗚咽と涙を流している。
『植物と同じで、炎に弱いってことかよ……!』
リドは自分の無力さを見せつけられたような気持ちになり、わなわなと震えた。
「……ちっくしょう!!!」
リドの叫びは、燃え盛る炎に虚しく吸い込まれるだけだった。
「ーーー見つけたぞ!!」
さらに悪いことに、向こうから十名ほどの兵士たちがやって来るのが見えた。敵国モリスの紋章をつけている。
「緑の彩神だ!!」
「本当にいたぞ!!」
兵士たちはこちらへ一目散に駆けてきた。
「クソッ……!『黄の彩神』の追っ手か…!!」
彼らはみな抜身の剣を手にしている。
『理由はわからねぇが、サーラを狙って攻めてきたことには間違いなさそうだ……。』
リドは自らの剣の柄に手をかけた。もはや逃げる余地はない。
『相手は十人近くいる……対してこっちは俺一人……!!』
リドはギリッと唇を噛んだ。
『完全に「詰み」の状態じゃねーか……!!』
リドは横目でちらりとサーラを見た。いつも咲き誇る花のような笑顔を見せていたサーラが、今は涙を流しながら、絶望と恐怖の表情を浮かべている。同時にリドの脳裏に、カトレアの言葉が蘇った。
「命に代えてもお守りなさい」ーーー
「……ここで詰んでたまるかよ!」
リドは鋭い目つきになり、覚悟を決めたように剣を引き抜いた。
「サーラ、心配すんな。」
呼びかけられたサーラは、顔を上げてリドの方を見る。
「お前のことは俺が守ってやる……今この瞬間も、この先もな!!!」
燃え上がる炎を背に、リドは剣を構えた。
「うおおおおおお!!」
次の瞬間、リドは果敢にモリスの兵士たちに向かっていった。まず一人を斬り倒すが、あっという間に周りを他の兵士たちが囲もうとする。しかしリドはするりと兵士たちをかわし、一人、また一人と巧みな剣さばきで斬りつけていった。
キインッ!!
リドが切っ先で兵士の剣を受け止めると、あたりに火花が舞い散った。
「オラアアアァァァッ!!!」
リドは無我夢中で剣を振るった。その姿は、まるで荒々しく燃え盛る炎のようだった。
やがて、その場に立っている者はリドだけになった。リドはハアッ、ハアッと息を切らしながら汗をぬぐい、膝をついて息を整えた。
サーラは圧倒されたような表情でリドを見つめている。
「ハァッ、ハァッ、……このままここにいるのは危険だ……。また追っ手が来るかもしれねぇ。急いで逃げるぞ!」
リドは立ち上がり、サーラの方に手を伸ばした。
「……俺を信じてついてきてくれるか?」
サーラはしばらくリドを見つめていたが、
「……待って。」
と言うと、スッと立ち上がって地面に手をかざした。地面は緑色に光り、そこから枝のようなものが生えてきた。サーラはその枝を折り取ると、鋭い先端を自らのスカートに突き立てた。
ビリッ!!
サーラはそのままスカートを切り裂いた。裂かれたスカートはちょうど膝上くらいの丈になり、膝にはさきほど転んだときに出来たらしい傷が見えていた。顔を上げたサーラの目には、もはや涙は見当たらなかった。悲しみも絶望もすべて、長いスカートの裾と共に、切り取って捨ててしまったかのようだった。
「……行きましょう!」
サーラは左手をリドに差し出した。
「……おう!!」
リドはサーラの手をギュッと握り、森を抜けるべく駆けだした。