短編小説「可愛いあの子」
目次で分けてます。
一気読みも良し、少しずつ読んでも良し。
たぶん、この話だけでも読めると思います。
お馴染みのプロバスケットマン同性カップルのお2人が、チームメイトの出産祝いに行き、てんやわんやします。
心が大人になるってどうゆう事?と思いながら書きました。
リキが同期の満に心理分析されたり、幼女ニコちゃんと有時が恋バナしたり、超絶ギャルパワーでライバル同士でもズッ友な話です。
*男性同士の恋愛を含むよ!
本編「可愛いあの子」
『新年あけましておめでとうございます。
私事ですが、12月29日午後11時30分、元気な男の子が生まれました。』
俺と有時さんの所属するプロバスケットチーム「ビリーバーズ」のチームメイトの満に2人目の子供が生まれた。
年末にひっそりと届いた朗報を見るなり、早く赤ちゃんを抱っこしたい!と有時さんはソワソワ。
有時さんは異常なまでに赤ちゃんが好きなのだ。
それは幼い頃からの事で、弟で親友の充時のアルバムの写真の殆どが有時さんに抱っこされた写真。
赤ちゃんの充時はカメラ目線だが、有時さんはずっと弟をうっとりした目で見つめていて、充時のアルバムと言うより「弟が可愛すぎてどうしようもない兄貴のアルバム」になっている。
なぜそんなに好きなのかは本人もよく分からないそうで「そこに赤ちゃんがいるから」とアルピニストのような事を言っている。
「新生児はね、1日でも早くないと柔らかさが失われていくんだよ」
外国の絵本の子供食っちゃう系の魔女みたいなことを言いながら、祝い袋に新札を詰め、正月休みもなく元旦から練習に明け暮れる体育館内で満に渡す。
その場で年明け初試合、3連休真っ只中の関東遠征の翌日に自宅に行かせてもらう段取りをとった。
この試合の対戦相手は有時さんの大学同期で元チームメイト、さらに元カレである巴先輩率いる「アトランティス」
試合も成人式の3連休とあってかなりの集客がある大一番と、去年までは巴先輩とのマッチアップを見据えた攻略で頭がガチガチだった有時さんの脳内は、一気に「満の赤ちゃん」でふわふわになってしまった。
だが、その緩みが逆に良かったのか。
肩の力が抜けた有時さんはGAME1は大接戦の末、タッチが良すぎてシュートが無双状態だった巴先輩を出しぬき、フェイントで飛ばせてからの3ポイントが決定打となり1勝。
翌日のGAME2も「試合を勝って早く終わらせれば月曜日がその分早く来る!」と謎の時間軸で絶好調でチームに貢献し、連勝をおさめる。
試合後は巴先輩に「ご飯行こう」といつもの文句で誘われ、翌日が基本オフなのをいい事にそのままチームと別れて、ご飯からのお泊まりまでして帰るのがお決まりのパターンだが、この日は違った。
天才白瀬に塩対応で「お疲れ」と荷物をまとめて踵を返し、チームと一緒にさっさと新幹線に乗り込んだ。
俺としては、今は何もないとはいえ一応元カレの家にお泊まりされたらヤキモキ。
でも、俺達の世代にとって絶対的エースで日本を代表するバスケの天才の先輩に、そんな氷の女王みたいな対応をする有時さんにもハラハラ。
元カレ、天才、塩対応。
嬉しいのに動揺が隠せず、あれこれ考えすぎてモヤモヤ。
うだうだ考えてもしゃあねぇ、今カレは俺だ!胸を張れ!
「お疲れ様です!」
呆気に取られた巴先輩に挨拶し、俺も一緒に帰還。
満の子は上の子が1歳になった時に見た以来だし、隣にしっかり並んで俺もご一緒させてもらった。
カップルで出産祝い。
彼女がいた頃は謎のプレッシャーや、一時的な気分の盛り上がりもあったが、年上の彼氏と行くというのはどんなもんだろうか。
今まで感じたことのない感覚だ。
と、ちょっと構えてはいたが。
俺のマンションから徒歩5分の満のマンションに到着して1時間、有時さんはもうずっと周りを完全遮断して赤ちゃんを抱っこし続け、それを俺達はぼんやり眺めている。
特に思う事はない。
どうやら彼氏と一緒に行くと気分は至って普通、そして完全に個人行動になるようだ。
ホッとしたのか、寂しいのかよくは分からないけど、俺達はチームには秘密の関係だし、動揺してうっかりバレることもなくこのまま何でもなく過ごせるのは助かる。
「マジで焦ったんだよ、年内最終戦の遠征から帰ったら、一加ちゃんがベットで破水しててさ」
「陣痛きてたけどねぇ、ちょ〜ッと油断しちゃったの。2人目だから用心はしたけど、もうすぐ満くん帰ってくるしと思って我慢してたら急にねぇ」
どんなハプニングも過ぎれば笑い話と、見た目も肝もぽっちゃりの奥さんの一加さんは、キッチンを満に任せてリビングの隣の和室で昼寝をしている長女の様子を見に行った。
カップを人数分用意しながらカウンターから顔を出した満は、ベビーベットの下のクッションに座って熱心に腕の中の我が子を見つめる有時さんの様子を伺う。
「そうさん全然離さないし。まだうちの母さんも抱いてないのにな」
大袈裟にやれやれ、と手の平を見せる仕草に2人で笑ったが、有時さんには俺達の会話も聞こえていないだろう。
完全に赤ちゃんと2人きりの世界にいる。
「里帰りどうすんの?」
「今年はいつ生まれていいようにキャンセルしてたから、俺がオールスター行ってる間に子供の顔だけ見に来るって」
パパになっても少年の様な面影の満は、ファン投票でオールスターゲームの選抜選手に選ばれた。
有時さんも選ばれてはいるが、今はそんな事より満の赤ちゃんで頭がいっぱいだろう。
「てか、絵面だけ見るとすっかり有時さんの子だな」
「この人マジでどっか悪いくらい子供好きなのよ、一歩間違ったら捕まる」
「おい、先輩!俺たちのキャプテン!!」
そんな肩書きはどうでも良さそうに、満は「はい、どーぞ」と棒読みで、カップに入った見たことのないお茶を人数分、ソファのテーブルに出してくれた。
色の雰囲気は紅茶かな?と首を傾げる俺の向かいにボスっと座って足を組む。
「悪ぃ、ハーブティしか今ないんだよ。乳の出がよくなる、なんとかベリーの葉っぱのやつだってさ」
全員巻き込み型をとった特殊なお茶を見つめ、これも経験か、と、とりあえずにおいだけ嗅ぐ。
う〜ん、葉っぱ。
「満くん、ニコが起きたら遊びに行ってきて。今日は公園の約束でしょ?」
リビングに戻った一加さんが、子供を抱き続ける有時さんを見てふっと吹き出すように笑って隣に座った。
一加さんは元々がふくよかで身長も165㎝と比較的背も大きい。
体格のある有時さんの隣だと一回り小柄に見えて何だかバランスが良く見える。
「男の人の腕の中の方が安心するって本当ねぇ、よく寝てるから助かります」
「周りが出産ラッシュで抱き慣れているだけですよ」
1人だと赤ちゃんをずっと覗き込んでいた有時さんは、一加さんの気配にふっと肘を下げて顔を見えるように気遣う。
「いえいえ、この逞しい腕!分厚い胸板!いいわぁ〜」
旦那の満はチーム内でも小柄で、体重管理が難しい痩せ型。
その隣にわざと胸を張ってドンッと立って「公開処刑だわ!」とよく冗談を言って笑わせてくれる明るい人だけど、やっぱり女性は小柄に見られたいのか「結婚式の次に盛れる」と有時さんを入れて自撮り。
写真をチェックするとコチラに見せて「そうさん、顔小さいからやっぱ公開処刑」と項垂れた。
「こんなに幼いうちから落ち着きがあるのは、ご両親がしっかりしているからですよ」
「まぁ、お上手!満くん、そうさんに座布団1枚持ってきて!」
「なんでやねん」
「リキくん、満くんの座布団全部持っていって!」
「まかせてください!って、大和家は笑点方式なの?」
俺の一言に皆んながワッと笑って、その声で起きてしまった長女のニコちゃんが寝起きの満と同じ顔をして隣の和室から入ってきた。
笑っちまうくらい寝癖のつき方も全く一緒。
「パピ、こうえん……」
「ん!パピ、ちゃんと覚えてるよ!」
大和家は早いうちから英語教育をしていて満は「パピ」一加さんは「マミィ」と呼ばれている。
寝起きのニコちゃんは、裸足のまま早足で満の膝に滑り込み、膝にのりあげて腹に頭ををぐりぐり擦り付けながら、目元を両手で擦る。
柔らかい猫っ毛がクチャッと絡まっているのを見ると、俺も自然と幼かった頃の妹を思い出した。
「上の子こんな大きくなったのな?俺が見た時片手サイズだったのに!」
「リキは関東のチームいたから殆ど会ってねぇしな。覚えてないぜ、きっと。ほら、ニコ!このクソデカおじさんに挨拶は?」
「おじ……」
……さん、か。今年30になるし。
ニコちゃんは満の膝にだらりと骨盤で座って天井を見つめながら、興味なさげに声だけちょっとおすましする。
「ハイ、あたしニコ。あなたは?」
「…え?なんかの定型分?」
「英語知育のおもちゃが変な話し方するの真似してんの!」
「あぁ〜、ね。俺はリキ、よろしくね、ニコ」
「へんなおなまえ」
「はぁ?ニコもカタカナで2文字だろ?同レベルだとリキは思うよ?」
ほら、こい!と両手を広げても、まだおねむのニコちゃんはご機嫌斜めで相手をしてくれない。
俺の手をペンっとはじいて満の腿の間に頭を入れてしまった。
「ニコ、言ってやれ、あたしの名前は漢字があります!って!」
「え?あんの?ヨーロッパのマフィアの右腕みたい名前なのに?」
「例えが秀逸すぎて一周回って失礼だな」
「よく映画に出てくる名前だからさぁ」
「だとしても、そこからとって女の子につけるわけ無いだろが!」
「それな!」
ちなみに満の子達は長女が「二瑚」長男は「四葉」と名前に数字が入っている。
奥さんが一つ加えて「一加」いつもニコニコ長女の「二瑚」家族の笑顔が「満」幸せの「四葉」のクローバーと、数え歌になっているんだとか。
もう寝ないだろうと一加さんはニコちゃんをお着替えの為に和室に連れ戻し、俺達は乳がよく出る葉っぱ?のお茶を飲む。
おっぱいが出るということは血の巡りがよくなるのか?とか考えながら飲む。
フルーティな…葉っぱだな。
ニコちゃんの準備の頃合いをはかって、満は少し大きめの声で有時さんに声をかけた。
「そうさ〜ん、ニコ起きてきたから公園行くぜ」
きっと隣の部屋のニコちゃんにも聞こえるように話したんだろうその声に、四葉に全集中していた有時さんが顔を上げる。
「いけない、ニコちゃんに挨拶をしそびれていた」
その惚けた一言に、満は「ケッ」と短く鼻で笑う。
「どんだけ新生児に夢中なんだよ、気持ちわりぃ」
「ハハ!満は新年も明け透けなくて清々しいな」
「…ったくあんたは、いつ会っても初日の出よりめでたいな」
『悪口はよくない』って昔じいちゃんによく叱られたけど。
この2人にとっては日常会話で親密が成せるコミニケーション。
大阪の人が「アホ」と言うのと一緒でこれも満の愛情表現と言うし、確かに、遠慮や距離感がないからいい関係になるかもしれない。
けど俺は先輩にそれは、とヒヤッとする。
有時さんは満に笑いかけ、そのまま隣の俺に気がつくと「リキも抱っこする?」とまるで我が子のように声をかけてくれた。
「はい!」
ソファから立つと、ベビーサークルの下の授乳用のクッションに座っている有時さんの向かいに膝をつく。
腕の中を覗くと、逞しい腕の中で赤ちゃんがむにゅむにゅしてる。
「お腹空いたのかな、起きそう」
「え?なんで分かるの?」
「ふふ、大人になると分かるよ」
「俺、今年30ですけど?!」
「ふふふ」
うう。
赤ちゃんに負けないくらい有時さんの笑顔が柔らかくて美味しそう。
今年30の大人の俺は赤ちゃんより恋人を見てしまう。
ちょっと鼻の下を伸ばしてゴソゴソしてしまう俺とほぼ同時に、まだ有時さんの腕の中の四葉も、目を閉じたまま顔と手足だけゴソゴソしだした。
有時さんの柔らかいスウェットの胸元に、子犬が鼻を擦り付けるみたいにクンクンしてる。
これはもしや。
「おっぱい探してる?」
「うん。可愛いね」
男にしては豊満だけど決して大きくはなく、吸ったところで何もでない有時さんの胸元に口を持っていって、四葉はちゃんと乳首のところでちゅっちゅする。
それを見た有時さんが小さく「あ」と歓喜の声をあげ、笑顔の後光の光が増す。
「見て、リキ。ちゃんと本能でどの辺りにおっぱいがあるか分かるんだよ、逞しいね」
有時さんは嬉しそうに笑ってるけど、俺はなんか絶妙に恥ずかしくなって目を背けてしまった。
俺は今年30の大人の男だからこれは分かる。
昨晩、俺も先に就寝していた有時さんのパジャマに顔を突っ込んで、真っ暗な中でも真剣に吸ったところで何もでない有時さんの胸元に口を持っていって、ちゃんと…以下、ご想像にお任せします。
四葉。
大人になったらお前も分かるぜ。
幾つになってもこのおっぱいに対する執着と本能は薄れないし、ふとした時に客観視して羞恥心でスン、とする瞬間がな。
「さぁ、四葉、次はリキだよ」
優しい声に、俺もパンパンと頬を叩いて昨夜の情事を振り切り胡座をかいて手を伸ばすと、有時さんは「俺がしているように肘を曲げて」と指示してくれた。
そうか、首がすわってねぇからぐにゃぐにゃなんだ、と気がつく。
新生児はなんだか本葛で出来た高級わらび餅を思い出す。
あれが箸の間からとろとろ溢れるように、新生児も手で取ったら指の間から伝ってしまうかもしれない。
俺はもうしっかり「赤ちゃん」の形をした1歳児からしか抱っこしたことがないから、余計に勝手がわからず、半分液体みたいな体が不安で仕方ない。
言われるがまま、見様見真似で受け渡してもらうが、俺の腕に渡ると四葉は居心地悪そうに眉間に皺を寄せ、みるみる口角が下がった。
泣いちゃう!
体はしっかり腕にとどまるけど、涙が伝いそう。
慌てた俺が同じような顔になるのを、新しく買ったカメラを構えた満がゲラゲラ笑いながら写真を撮る。
「ヘタクソ〜!!」
「うっせ!ちょ、有時さぁあんッ!泣く!」
「ふふ、泣かせておやり、肺が強くなる」
「え?そんな問題?!ちょ、あ、……あぁ〜!!」
四葉、大号泣。
とはいえ、ホアホアって殆ど溜息みたいな声で案外「おぎゃあ」と泣かないもんで、真っ赤な顔と声の割に涙はほとんどでない。
なんて、学んでいるのは俺だけでなく、隣で見ていた有時さんも腕を組んで「ふむ」とリアクション。
「やっぱり男の子は声が低いね」
「あ〜、体も硬いっしょ?」
「うん。骨格も足の太さも女の子とは全然違うし、甘い匂いがしないよね?」
「そう!なんか油臭いよな、男って」
「すいませんけど、泣いてる!泣いてるって!!」
困る俺を無視して2人は男と女の体の違いについて語り合い、顎に手を当てそこからフォーメーションの話まで飛躍する。
これだからガード選手困るんだよ!すぐオフェンスの話したがるし!!
やっと奥から一加さんが来てくれて、慣れた手つきで受け取ってくれた。
「さーせん、泣いちゃった!」
「いいのよ、度胸が尽くし!」
え?そんな問題?
赤ちゃん泣いて焦ってるの、俺だけ?!
「おっぱいの時間ね!ちゃんと分かってえらいね〜」
まぁ、なんということでしょう。
定期的におっぱいが自動的に来てくれて、しかもそれを堪能するだけで褒められる、なんてけしからんシステム。
〜うちにも導入したいです、定期購入でもいいからいくら払えばいいですか〜と、直接心に話しかけようと有時さんをジッと見つめる。
まだ名残惜しいのか四葉の頬を撫でていた有時さんは、視線に気づくと暫く俺の表情に目を凝らし、何の事か分からない顔をした後に微笑みかえした。
う〜ん、スマイルは0円なんだけどな。
2
「ゆうじ!」
子供特有の少し舌足らずの声が和室からはじけた。
それにまるでスローモーションで振り向いた有時さんは、ベビーベットの下を一加さんに譲り、ぱぁあああっと音と光が出るくらい顔をきらめかせながら、小走りで和室の前まで近づき膝をついた。
そこに可愛い黄色のワンピースに着替えたニコちゃんが、サンっと現れ、両手を広げて有時さんの胸に飛び込む。
「ニコちゃん、新年あけましておめでとう」
「おめでとー。ゆうじ、みないあいだにおおきくなった?」
てか、有時さんに対する受け答えが久しぶりに会った親戚のおじさんみたいだな。
「さすがニコちゃん、少し上半身を作り直したんだよ。それにしても素敵なワンピースだね、水色のタイツもとてもお洒落だ」
「あえ?髪きった?」
タモリさん?
「うん。前に会った時はボサボサだったね、恥ずかしいところを見られちゃったな」
「いいよ、ニコとゆうじのなかじゃない」
いや、距離感近い上司か。
てか。
「おい、満。名前の呼び捨てどうなん?」
授乳ケープを一加さんに渡す満を肘で小突く。
たとえ子供でも俺はどうしてもこうゆう軽いノリが気になってしまうのだ。
「あぁ、ほら英会話始めたっつっただろ?そのせいでファーストネーム呼びになってな。別にさ、俺は気にしないんだけどな。俺達の界隈って外国籍多いからそんなもんだし?でも、日本の幼稚園で困んの」
日本の幼稚園は“くん、や、ちゃん“をつけるのが礼儀、特に目上の人になると苗字に“さん“が普通。
ゴリゴリの体育会系育ちの俺達は、上下関係を気にしすぎるとこがあって、子供とはいえ、それを守れないニコちゃんが気になる。
せめて「さん」百歩譲って「くん」だろう。
でも、それに対する満の考えは違っていた。
「俺は呼ばれた本人が良いならそれでいいと思うし、そうゆう、人との距離とか空気感を察せれる子には育って欲しいから、あんまり強制しないようにしてる」
言いたいことも分かるし、それも大切なのも理解だけはできる。
でも、やっぱり自分の尊敬している先輩でもある有時さんが子供に呼び捨てられるのは引っかかり、俺は上手く有時さんみたいにやり過ごせない。
「まぁ、マックの息子もリキって呼び捨てるけどさ」
「慣れると悪くないだろ?」
ん〜……でも、トロイは日本人じゃねぇし。
俺も自分の兄を「カイ」って呼び捨てるけど、それは家族で親しいからだし。
腑に落ちない俺だけが時代の陸の孤島に取り残されている。
ロンサム感がハンパないけど、だからと折れるのは難しい。
そんな会話も全く聞こえてない有時さんは、ニコちゃんの髪を結んでいるプラスティックの宝石のついたヘアゴムを褒めそやす。
するとニコちゃんは、和室からクマの模様が入った黄色い巾着を持ってきて、そこからお揃いのゴムを出した。
「あげる」
「わぁ、ありがとう!お気に入りなのにいいの?」
「いいの、おきにいりだからゆうじにあげる」
そう言って小さな手で、有時さんの右手に腕時計と重ねて通してあげた。
有時さんはしばらくそれを嬉しそうに眺め、部屋の照明でプラスティックの宝石を透かせて見た。
さすがに腕時計と当たると傷が付くので「大切だから、割れないようにこっちにつけるね」と左手首にあるシルバーのブレスレットと一緒にする。
それを見ていたニコちゃんがブレスレットに触った。
「こっち、だいじなのつける方?」
「うん。大切なものはみんなこっちにつけるよ」
ずっとずっと気になってるけど、そのシルバーのブレスレット、巴先輩も右手につけてるよな。
もうすぐ30歳の大人だけど、まだ29歳だから大人気ない俺はもやっとする。
大切な友達とお揃い、は目くじら立てる事じゃない。でも、元カレのプレゼント、となると話は別で。
あぁもう、思い出もひっくるめてまるっとすべての有時さんを俺は愛したいのに、まだうまく整理ができない。
「パピ、ゆうじ!こうえんいこう!」
てか、俺は?!
子供相手なのは分かっているけど、色々思い重なってちょっとムッとしてしまう。
ニコちゃんはそんな俺をチラッと見て。
「あ〜、リキくんもいっしょ、いく?」
それでいいんだけど、2人と少し違った対応と“ついで“感に今度は心がしゅん。
何この疎外感。
あからさまに顔に出たのか、満がダウンを手渡しながら片眉を掻いた。
「自分だけ敬称つけられて突然距離感じたんだろ?」
「うっせ!」
「まぁさぁ、こうゆう雰囲気を生意気って思う人もいるし、それも一つの考え方。許容できない人もいていい。すれ違っても一応話したり経験してみて、合わなけりゃ無理に一緒にいる事もない。
俺はさぁ、確かめもせずに無闇に人の言動に傷つく子になって欲しくねぇんだよな」
俺は高校から満の事を知っているし、長い間その類稀なるバスケセンスをライバルとして意識していた。
同じチームになった今は、175㎝しかないのに2m超える選手を堂々負かしていく満の姿は気持ちいいし、頼りがいしかないし、コート上では自分の事を上手く使って欲しいと思う。
それは満の実力と苦労をよく知っているから。
高身長が当たり前だったその頃のバスケの世界で、満の身長でプロを目指すのは困難だった。
だからこそ、前に出ないと才能はあるのに使ってもらえない。
満は前へ前へと出ていって「生意気」と言われ、蔑まれたりもしたが乗り越えてここまできた。
恵まれた体格はなくても、恵まれた知能とスピードで俺たちを翻弄し出し抜いていく、スピードスターになった。
でもそれをコートで存分に発揮する為にはチームメイトの助けが必要。
自分に酷い事を言ったり批判した人達ととことん話合って向き合うことで、今の地位を確立し、満が得た知識と行動だと思う。
常に冷静に、人と平等であろうとする事。
これは俺が本当は1番目指すべきところだ。
すぐに相手の気持ちを決めつけてムキになったり、独りよがりになってしまう。
満の平等さと、有時さんの対等さ。
似ているようでちょっと違うけど、俺は2人のこんなとこにいつも頭を殴られた気分になる。
俺達が話している間に待ちきれないニコちゃんに連れられて、有時さんは玄関に移動していた。
小さな靴を履かせながら、声をかけられるたびに笑ってニコちゃんの目を見て相槌を打つ。
子供は目敏い。
1番自分をかまってくれる人を瞬時に見抜いて取り込もうとする。
実は前世の記憶が残っていて、幼いフリして大人を引き付けるノウハウも覚えてる人生2周目なんじゃね?って思う。
それならせめてもう少し空気を読んで、俺も混ぜて一緒に遊んでくれたらいいのになぁ。
ぐずぐずとしながら外の寒波に備えてダウンを着込んでいると、玄関から不穏な声が聞こえた。
「パピみて!ビリビリがゆうじにくっついた〜!!ははは!」
俺が振り向く前に満はさすがの反応速度で玄関に走る
後ろから追いつくと、目の前で満がギャァ〜ッ!と両手で頭を抱えて膝をついたところだった。
「ちょっ!!ニコ!ニコがつけたの?これ!」
「うん、そうよ!」
なんだなんだ?と覗き込むと、この冬に買ったばかりの有時さんのゾッとする値段のボアのチェスターコートに、ニコちゃんのキラキラのスニーカーのマジックテープがくっついていた。
俺も釣られて顔が青くなったが、当の2人はキャッキャと大笑い。
でもこれにはさすがのチーム1の生意気男も平謝り。
「うわぁ、もう、……すみません、本当にすみません!」
「大丈夫大丈夫、このくらいなんてないから」
一頻り笑ったニコちゃんが、スニーカーを力任せにむしろうとコートに手を伸ばす。
満はスティールより素早くその手を掴んで、被害を出来るだけ小さくしようと眉根を下げて頼りになる奥さんを探す。
「一加ちゃんっ?ねぇマジックテープってどうやって取るの!!」
「ビリビリはエイってしたらとれるよ、パピ」
授乳中で動けない一加さんの加勢はない、満はバリバリ頭を掻いて、ニコちゃんを自分の方に向かせた。
「ニコ!この前、お花のセーターも同じことしたよね?あの時パピなんて言った?」
「メッ!」
「そう、メッしたよね、よく分かってるじゃん。でも今もセーターの時と同じことしてない?」
「した…る」
「そうだよな?」
「でも、ゆうじはいいっていったよ?」
「うん、それはね、ニコが悪いことをしようとしてやったんじゃないって有時…さんは分かってるからそう言ったの。優しい気持ち。
でもニコ、あの時、セーターケバケバしてもう着ないって言ったよね?どんな気持ちになったから?」
「いやだった、あなあいちゃった」
「そうだな、お気にりだったもんな?悲しくなったよな?」
「ゆうじ、これおきにり?」
「そうかもしれない。それに、そうじゃなくてもこれはニコのものじゃないよな?こんな時、どうするか分かるよね?」
子育ては難しい。
ハプニングに対して本人がいいと言ったから全て許していいもんでもないし、頭ごなしにも叱れない。
感情的になると良くないとも聞くけど、この状況で俺ならなかなか冷静にいられない。
最後まで2人のやり取りを聞いた有時さんは満の怒りを鎮めようと、試合中の抗議を収めるみたいに肩にポンと触れる。
「いいよ満、大丈夫。こんなの着てきた俺が良くなかった。次はつるっとした服でくるね、ニコちゃん」
挨拶だけのつもりで着てきたコートに、まさかのキラキラスニーカーのハプニング。
有時さんは事の元凶を拭い去る様に、ベリッとマジックテープを取ると、毛羽立ってしまったボアの部分をポンポンと叩いてなんとなく馴染ませる。
それを見たニコちゃんは同じようにポンポンっとコートを小さな手で叩いた。
「ゆうじ、どじね?でもニコがいるからだいじょうぶよ?」
この一言に満は玄関に頭が擦る程に項垂れ、ぐっと堪えて何とか怒りをやり過ごそうとしたが、堪忍袋の尾が切れた。
「違うよ!ダメなんだよぉっ!!もう〜、先に言うことあるでしょ?ごめんなさいは!」
「ごめんね、ニコちゃん」
「おぉ、あんたじゃねぇよ、娘だよ!!」
大変だな、と他人事のように思う反面、満のツッコミの反応速度に感動で震えた。
お前は本当にとんでもない才能マンだぜ。
3
マンションから徒歩10分の児童公園は、年末から来ている寒波のせいか殆ど人がいなかった。
公園もゆうじも独り占めのニコちゃんは、大はしゃぎで遊具そっちのけで公園を駆け回る。
俺と満は隅のベンチに腰をかけて、奥の野球場でキャッチボールをしている親子を眺めながら、しばしのぼんやりタイム。
「そうさんの体力やべぇな。俺、ボールなら追えるけど、さすがに子供をあそこまで全力で追い続けれないわ」
「それな。腰落としたディフェンス姿勢を維持しながらのバックラン、今で往復5本」
この公園にいる中で見た感じ1番年上は、散歩をするおじいちゃんを除けば有時さんがダントツだろう。
「てか、コート地面擦ってる……あぁ、踏むな、ニコ、踏んで汚したら祝い返しが倍返しになる。それに万が一、そうさんが転けて怪我したらチームの存続に関わる。
何歳で理解するんだろ、あの人がバスケする身代金だって事」
まだビリビリ事件を気にして頭を抱える満を励まそうと、もっと最悪だった事件の記憶を探る。
「ほらあの、去年だっけ?巴先輩の一点物のネックレス引きちぎって怪我させた子いたじゃんか!あの子よりはまだマシじゃね?」
ひゅうっと北風が俺達の髪を撫でる。
「…あぁ、そんな事もあったっけな。あんときァ、人類が出せる最高速度で土下座したわ」
まじか。
「あの方でしたか。天才で国宝の白瀬様の所有する一点物のゴローズを引きちぎった人は」
「抱っこから降りる時に引っ掛かっての事故だけどな。俺、人生で初めて切腹する武士の気持ちが分かったわ」
「一生知り得ない経験値すぎる」
ニコちゃん、将来大物になる予感。
貴重な体験の思い出か、真冬の北風か。
満はブルっと震えて雲一つない青空を見上げた。
「まぁさぁ、あの人達は人間出来てるから笑って許してくれるし、後から請求とかしないけどさ、許してくれると調子に乗るからそこは微妙なんだよな。
何でも許されると思うとニコが可哀想になる。
子供いる人といない人ってやっぱ感覚違うし、それを言うなら子育てしてるもん同士でも教育方針に差はあるし、この辺りの対応がマジで難しい」
それは客観的に見ていてよく分かった。
公園に移動中の有時さんにコートの件を気遣ったら「いいんだよ、こうやって誰かが許してくれた経験が記憶に残れば、自分もいざって時に対応出来る子になるんじゃないか?って俺は思うし」とニコちゃんに手首につけてもらったヘアゴムに口元を緩ませた。
同じような事を誰かがニコちゃんにしてあげて、それが嬉しかったことを記憶してたから真似しているんだ、と自分の考えと擦り合わせている。
それは確かに素敵な連鎖ではある。
だけど、世の中は皆んなが同じ考えではないし、善悪の区別をちゃんと理解出来るまでは満の言う通り、難しい問題。
俺は子供いないし、有時さんといる限りは別にいいと思っているし、ちょっとその状況に安心している部分もある。
「リキも子供持ったら分かるって。ま、そん時は俺が先輩として相談に乗ってやるけどね!」
満はそんな事知らないから、先輩ヅラして足を組み直すが、俺は。
実は自分が子供を持つことに不安がある。
子供は好きだ、チームメイトや知人の子供と遊ぶ度に「いいな!」とは思う。
でもこれが自分の子となると、どこか他人事というか、兄のカイや妹の愛の子で想像する方が自然になる。
今日も結局、ニコちゃんは俺に一切近付こうとしないし、話しかけても空返事で興味も持ってくれない。
こういう子供特有の謎すぎる無視とか、反応や思考が理解できなくて、俺は子供に関わる度に自分の手には到底負えない気持ちが大きくなる。
「俺は子供はどう扱っていいか分かんないし、懐いてくれないと持て余す気がして正直、自分の子よりも、よその子でいいかな?って思う。だから俺より子供好きな人のが親は向いてるし、上手く扱う有時さんのが親って向いてる気がする」
俺の発言に満は少し考えて、いや、と反論した。
「俺はリキみたいな奴のが親に向いてる気がする」
「そうか?虐待とかする親ってその、子供を理解してない親が多いイメージがあるじゃん?」
虐待の痛ましいニュースを見ているとその大半の親が「言う事を聞かない」「自分に懐かない」「躾のつもりだった」と言う。
それを聞くたび大きな声では言えないが「そう!」共感する部分があった。
自分より幼い生き物に振り回される、経験値が物を言わない未知の領域。
でも、親としての大先輩、満の言葉は俺の予想をくるっと裏返した。
「そういう虐待してしまう親は、そもそも子供を作る目的が違うんじゃないかな」
子供を作る目的?
俺が思いつく限りでは、親やじいちゃんばあちゃんを喜ばせたいからとか、パートナーが欲しがったとか。
何にせよ、家族がより家族になる“かすがい“になってもらうため。
「俺は虐待してしまう人は、パートナーに振り向いて欲しくてエッチしたり、自分の元にとどめておく為に妊娠をしたり、させたりしてる気がするんだよな。
自分を見てもらうために性行為や妊娠で承認欲求を満たしてしまってるんだ。
で、その結果的に出来た子供が分からない、持て余す、虐待につながる」
「……虐待は結果だもんな」
「まぁ、俺の思うことで絶対にそう!とは言い切れないけどな。それにいざ子供が出来たら、考えや立場が変わることもあるから一概には言えないし、やっとで出来た待望の子でも色んな理由で投げ出す人はいる」
満は不思議だ。
小さな体の小さな頭で、驚くような広い思考をいつも出してくる。
ポケット辞書を開いたみたいに、小さい中に膨大な情報を詰め込んで、その中から欲しいものだけ見つけ出してくれる。
「リキは今、恋人いる?好きな人でもいいけど」
「え?!」
今、お宅の娘と遊んでます。とは言えず、一旦慌ててはぐらかす。
「なんだよ急に!お前とこんな話すんの初めてだな!照れる!」
「そういえば。年取った証拠だな!で?いんの?」
「いるよ」
「どこが好きになった?」
「どこ……」
有時さんのプレイスタイル、シュートフォーム、初速のトップスピード……
「あの、なんつーか気がついたら恋してた場合はどこが線引き?」
「異性として意識した瞬間」
同性なんだが。
まぁ、あれか。キスしたいとか密接になりたいと思ったってことか。
「笑った顔」
「ん?笑顔?」
「うん、なんつうか……この人、俺に絶対気があるな?って思わせるような顔で嬉しそうに笑うから、好きになった」
そうそう、これこれ。
だから有時さんと初めて対面した時か。
「おお、いいねぇ!そんで、お前はどうした?」
「あー……手が出た。あの、変な意味じゃなくてな、触ったの!手に入れたくなって」
そうそう、触りたくて仕方なくなって、それに触ってもいい気がしたんだよ。きっと俺のこと好きだって顔してたから。
「その人、すぐ手に入った?」
「いやぁ?付き合うまで時間かかった。距離の問題とかあったし、俺は確実に手に入れたかったから待った。今ってタイミングが絶対にあるからって虎視眈々と」
「こわっ!」
「で、なんだよ!ただの辱めか?!」
「その人との子供、欲しい?」
「全然」
「あれ?まだ付き合って浅い?」
「ううん、あの〜なんていうか。まだまだ2人で恋人してたいし、向こうもそうだから。先の事はわかんねぇけど、子供がいなくても俺達の関係は変わらないから」
これは2人で再三話し合った事。
俺の我儘で初めてセックスした日に有時さんに「体が気持ちいいだけだよ」と言われたのが引っかかって、時間がある時に話し合った。
有時さんは「俺を抱いても支配欲が満たされるだけ。生殖ではない快楽のみ」と淡々と言い、それに耐えられるか?と試すように俺の目を覗いた。
それはまるで、2人で手を繋いで浅いと思って面白半分に飛び込んだ水溜りが、思わぬ底なし沼だったら?
どうせお前は俺を踏みつけて、1人で這い上がって置いていくだろう?そんな風に言ったようにも聞こえた。
男同士のセックスは、主従関係を決める行為でもある。
年下で後輩の俺が有時さんを抱きたい気持ちは、一歩間違えればただ服従させたいだけの行為で、恋愛とは程遠い。
そうじゃないと軽々しく言えない、自分の本心はどこにあるかは分からない。
絶対に俺の中にあるものが恋愛感情だって確信はない、でもだからと言ってうやむやには出来ない。
大切だから俺は引っかかって、大事だから有時さんは真剣だった。
そして俺達は話し合いながら気が付いた、こんなに真剣に見つめ合っている時点で答えは出ていたって事に。
「つってもさ、人の気持ちは変わるから絶対はないけど。俺はお互いが納得した上でコミニケーションでエッチすんの、いいと思う。
一生恋愛で2人ぼっちでも全然いい。
家族にも何を言われてもいい。
分かってくれても、くれなくても、家族であることに変わりはないって俺が信じれるから、いっそ、それでいい」
俺の答えに満はちょっと面食らったが、目を見開いて嬉しそうに「へぇ!」と声をこぼした。
「すげぇいい関係じゃん、世界中に聞かせたいわ」
「やめろ!2人で言い合うからいいんだよ、こうゆうのは!」
「いやさぁ、さっきの話に戻すけど、そうゆう相互関係がエッチする目的には必要って俺は思ってるんだ」
俺としては墓まで持って行った後に、あの世でもう一回有時さんと確認し合いたいだけの事なんだが、満は俺の言葉に大興奮してる。
「失恋して、親身に友達に話聞いてもらったらなんかスッキリする事あるじゃん?あれって、好きな人が満たしてくれなかった承認欲求が満たされて孤独感がなくなってしまうからなんだと思う。
認められない自分の穴を友達が埋めてくれるから、満たされた気持ちになるんだ。
恋愛含め、人間関係は選んだ相手との相性もあるけど、互いの欲求がどこまで認められるか?もある。
それが偏ると、恋人同士の場合は性行為の目的が変わってきて機嫌取りとか、繋ぎ止めるだけの手段になる」
繋ぎ止めるだけの手段。
それは有時さんの言った「支配欲」と似ている気がした。
初めの俺は何も考えず、ただ恋人同士だからセックスがしたかったし、もちろん、大好きな有時さんのすべてを征服したい気持ちもあった。
交際を受け入れたのに、なんで体の関係を頑なに拒むのかも分からず押し通したけど、あの時に話し合って更に今こうやって違う形で満と話し合いながら、恐ろしくなった。
一歩間違えれば、子は成さないけど虐待と似た思考になってたかもしれないんだ。
「だから出来た子供に愛情を注げねぇってこと?
目的はそこじゃないから、それが原因で関係が余計に悪化すると必要のないものになってしまう、から」
「極論だけどな。でも、望んでいたものじゃない未来がきて、それが手に負えなかったら、そうなるかもしれない」
こわい。
冬の空気を無しにしても、自分の無頓着さに寒気がした。
男同士は子供ができないからと少し気楽に考えていた事を見透かされていたのも怖かったし、それを踏まえて体を差し出し、俺に向き合ってくれた有時さんの優しさもこわい。
本気なんだ。
俺のこと、ちゃんと本気なんだ。
ニコちゃんにコートの端踏まれて今まさに豪快に転んでるけど、俺のことちゃんと考えてくれてんだ。
「でもな、なんつーか…リキみたいなやつはさ、正義感で家族やパートナーを見るから欲求不満になりづらいし、自己犠牲の方向性が自分のパートナーだけでなく、囲い込める範囲の全部、子供にも向くんじゃないかな?
本気でぶつかってくれたら、本気でぶつかり返す、そんなプレイスタイルにも出てる。
中途半端な気持ちで人を愛さないから、不安になる。
不安は恐怖だけど、心構えでもあるし先を見据えて考えられる証拠でもある。
だから、いざ子供が出来たらパートナーもみんな丸ごとちゃんと愛せると俺は思うよ」
俺は満とバスケに関する深い話や、キャリアや人生について結構話してきたけど、こんな人間の根底みたいな話までするとは思ってなかった。
大人になるって、こわいけど、一緒に皆んなが大人になってくれるから、安心できる。
ちょうど会話の切れ間にきゃーっと一際高いニコちゃんの声がして、俺たちの視線は脇目も振らずにはしゃぎ回るニコちゃんと有時さんに戻った。
「そうさんは流れに身を任せて、そんな流れが自分に来れば腹据えて親になれる人だろうな、賢い。いや!とんだ食わせ者だ!」
「え?」
「一見ぼやっとしてるけど油断できねぇの!だってな、どうすれば自分が注目されて可愛がられるか絶対に知ってる!
ニコも同じ!ほら、そうさんを呼び捨てたら大人はリキみたいに慌てて叱ったり自分を見てくれるだろ?そんなニコを許したら、皆んなはそうさんの事も見てくれる。
あの2人、Win-Winなんだよ!チワワかトイプーくらい自分の魅せ方知ってんの!」
「分かる!けど、あのデカさならスタンダードプードルな!」
「トイプードルカットのスタンダードプードル!」
「なんかあのコートのボア感もプードルの毛っぽい!」
「それな!」
「犬は喜んで庭駆け回るんだよ」
「はぁあ、猫もこたつで丸くなりてぇよ」
以前より互いを知れた俺達だが、やっぱりあの2人みたいに動き回る気にはなれず。
必死に寒さに震えてベンチで足をバタバタさせる。
視線の先では顔を冷気で真っ赤にしてまだ駆け回るニコちゃんの後ろでちょっと立ち止まり、手を丸めて指先を「ふーっ」と温めている有時さん。
さすがの体力お化けも寒さと体力の限界が近いようだ。
てか昨日。
エッチしたくてベットに潜っておっぱいまでこぎつけたのに、今日に備えて断固拒否されたんだよな。
今日だって、挨拶だけですぐ帰ってのんびり昨日の試合見返すつもりだったのに、がっつり公園で遊んでるし。
これ、今夜も無理だろうな…有時さん家に帰ったら風呂入って寝落ちパターンだ。
晩飯はウーバーしよ。
4
静かな公園からは時折聞こえる野球ボールがミットを打つ音と、エラーをなじる父親の声、それ以外はキャッキャと甲高いニコちゃんの声と、これまたよく通る有時さんの少しはしゃいだ声。
冬の青空は色が濃くてスカーっと抜けて気持ちいいけど、雲がないということは、同時に湿度が低くて寒いというより冷たい。
「ゆうじ!バスケってしってる?」
ニコちゃんその人、元バスケ日本代表。
今日の青空くらい天晴れで大胆な質問だな。
「知ってるよ。ニコちゃんもバスケ知っているんだね?」
「パピがやってるからね!みたことある?」
てか、ニコちゃんは有時さんを何の人だと思っているんだろうか。
「あるよ。ニコちゃんのパピはかっこいいね」
「でもパピね、チビでおしゃしんのとき、みえないのよ、こまっちゃう」
多分、勝利した試合後にSNSに載せる集合写真の事を言っているんだろう。
思い返せば、大体の写真で満は20㎝くらい大きなチームメイトに埋もれて足だけ映った心霊写真みたいになってる。
やべぇ、気にした事なかった。
「それは……申し訳ない。チームで共有して善処しますね」
有時さんはチームを代表し、膝に手を置きスッと頭を下げた。
「いいのよ、ゆうじわるくないもん」
「お心遣い、痛み入ります」
お2人とも、なんか色々すいません。
やっと2人は、どんなに聞き耳を立てて頭を捻っても全く理解できない謎の掛け声を発する鬼ごっこ?をやり終えて、ブランコに向かった。
さすがにニコちゃんもヘトヘトで有時さんにブランコに座らせてもらうと「つかえた〜」と足をだらっと開いてスカートが捲れ、タイツ丸見え。
それを見た有時さんは黙ってワンピースのスカートをなおしてあげようと手を伸ばし、止める。
代わりに自分のコートの前をスッと合わせてストン、と上品に足を閉じて隣のブランコに座った。
「ニコちゃん、淑やかに」
「あい」
「うん、素直なレディは素敵だよ」
さっと真似をしてスカートの裾を引っ張り、足を閉じたニコちゃんににっこり。
それを見ていた満がボソッと呟く。
「そうさん、絶妙に躾け方が及川光博みたいなの、なんなん?」
確かに。
2人は軽くブランコを揺らしながら世間話を始めた。
これがなかなか聞き応えがある。
「さいきんどう?」
「うん。順調だよ」
有時さんの無難な返事の後、ニコちゃんはちょっとだけ間を持たせるように、キィッ、キィっとブランコを揺らしてから、ギリギリつきそうでつかない爪先を伸ばして砂にくるくる何かを書き、ちょっと声を高くする。
「ゆうじはね、チューしたことある?」
は?マセてるな?と、隣の満を見ると「女の子ってよ、オムツとれたらもう立派な女なんだよな」と、吐き捨てるように教えてくれた。
「あるよ」
今朝もしたしな。
「おとなのチューは?」
突然の言葉に満と俺は動きを止め、質問を受けた有時さんだけがかろうじて耳を疑い聞き返した。
「おとなの……と、言いますと?」
「ニコ、しってるのよ?よるにおとなのチューしたらあかちゃんできるの、パピとマミィがするもん」
「え?」
だがこれには大人のチューは百戦錬磨の有時さんも返答に困り、ベンチの満をちらり。
満も額を膝に擦りそうなほどに項垂れて「あぁ〜もう」と唸る。
ニコちゃんは有時さんの疑問符を無知と捉えたのか、鼻を高くしてお姉さんぶる。
「こどものチューはほっぺ、おとなのチューはお口にするの」
「あ、あぁ!そうなんですね、お詳しい!」
この答えにおじさん全員でホッと胸を撫で下ろす。
確かにオムツとれたらもう女だ、現に俺たちはすっかりニコお姉様に翻弄されている。
「ゆうじは、すきぴいる?」
スキピ?
おじさん、ついに全員静止。
どうやら若者用語?が分からず、有時さんは「ちょっと待ってね?」と連絡が来たふりをしてスマホで検索。
俺たちも検索。
なるほど、「好きなPeople(人)」の略で“すきな人“って意味か。
「いるよ」
有時さんの迷いない答えに、俺もドヤ顔。
「なん組?」
「組?」
キィ、キィ、とニコちゃんのブランコが揺れる音だけがしばらく響く。
ニコちゃんもしや。
沈黙の公園内で真っ直ぐ2人を見つめたまま、満が聞こえないように呟いた。
「そうさんのこと『隣の幼稚園の大きなお友達』だと思っているにコンポタ賭けるわ」
「俺は…そうだな『同じ幼稚園の一つ下の手のかかる後輩』におしるこ賭ける」
俺たちがひっそりと聞き耳を立てる中、ニコちゃんはマミィに結んでもらったツインテールを指にくるくる巻きつけて、それをするっとといて続ける。
「ゆうじの幼稚園はイケメンいる?」
ニコ様の次の言葉に満はガッツポーズ、俺はくそ!っと膝を叩く。
もう寒さも限界だし、コンビニに寄って賭けの景品をゲットして帰宅する事にし、恋バナを繰り広げるブランコの2人のプリンセスに声をかけようと俺達はそっと歩み寄った。
「ワッ」ってしてやろうとニコちゃんの後ろに回ると、びっくりする一言がまた飛び出す。
「ニコォ〜リキくんすきかも」
きょとんとして足が止まった俺に気がついた有時さんは、口元に手を当ててくすくす笑い、バレないように俺の方を見ないでニコちゃんに問い返す
「それは、同じ幼稚園の子?それとも、パピのお友達のリキくん?」
「パピのおともだちのリキくん」
「そうなんだ、パピのお友達のリキくんなんだね。じゃあ、なんで一緒に遊ばないの?仲良くなるチャンスじゃない?」
「ん〜、ガンガンいってこどもっぽいっておもわれたくないの、としうえだし」
「わぁ、ニコちゃん駆け引きしてる」
「ゆうじにはちょっとはやいかな」
「そうだね、ゆうじ、びっくりしちゃったな」
有時さんは顔をニコちゃんに向けたまま、笑った視線で俺をチラチラ見る。
俺は胸に手を当ててわざと心を射抜かれたリアクションをとって有時さんに目配せ。
「ゆうじは、なん人とちゅーしたことある?」
「え?っと、5人、かな?」
「ニコのこと、子どもあつかいしないで」
「は、申し訳ありません。あの、正しい数字を出すにはお時間を少々頂戴しますが大丈夫でしょうか」
それって今までに食べたパンの枚数くらいいるってこと?
俺は有時さんの学生時代を試合でしか知らない。
でも全く同じ進路を辿ったから知ってる、あのクソみたいなバスケと筋トレと禁欲の日々の中では5人で妥当、もしくは多いくらいだと思いますけど?
こいつ……プードルの毛をかぶったドーベルマン、いや、性欲旺盛のうさぎだな…見た目は清楚、蓋を開ければ……くそ、けしからん。
無意識にいつも俺のど真ん中を刺激してくる、実にけしからん。
「どうしたらリキくんとチューできるかな?」
お、俺の唇が狙われている?
てか、ずっと無視されてたのってこの会話が真実だとしたら、照れからくる「好き避け」ってやつだったのか?!
「チューしたいの?」
「ん〜、いっしょにねんねもいいかな」
一加さんに塗ってもらったのか、可愛い大粒のラメのネイルをじっと見ながら、大人の女ニコ姉様は後輩のゆうじに恋愛指南を始めた。
だが、こちらも可愛いプードルの毛をかぶったけしからんドスケベ兄さん。
「リキくんと初めて会った日にもうチューして一緒にねんねしちゃうの?」
幼児に何を聞いてんだ。
ニコちゃんの“ねんね“と、あなたの脳内の“ねんね“は違うやつだから!
「ゆうじ、いまは令和よ?あたらしいじだいなの。ゆっくりおててつないでるあいだにリキくんとられちゃう」
やだ、女豹!
もしかしてちゃんと“大人のねんね“として会話をしていたの!
「先手必勝、か。それはゆうじも分かるな」
だとしたら止めてくれ!顎に手を置いて、ふむ、じゃねぇよ!
じっとしていた俺達の寒さはもう限界だが、それを超越するプリンセス達のハイセンスな会話が面白すぎて声をかけそびれる。
満なんか、ニヤニヤしながらスマホを構えて、一加さんに見せるために真っ赤な指先を寒さと笑いで震わせないように堪えて必死で動画を撮っている。
「ゆうじがリキくんとチューするなら、どうやってする?」
とんでもない質問に、有時さんは思わずニコちゃんの明後日の方向を向き、口元を手で覆って咳払いをするフリをして笑いを誤魔化す。
満はもう画面を見る事も出来ずに下を向いて肩を震わせ、俺とニコちゃんだけが真剣に有時さんの返答を待っていた。
いいぞ、ニコちゃん!めっちゃ聞きたい、その質問の答え!
「もしもゆうじがリキくんとチューするなら、か。考えた事なかったな」
腕を組んで首を傾げた有時さんの答えに、ニコちゃんの顔がきらめいた。
「ゆうじはさ、リキくんのことすきじゃない?」
「え?好きだよ?でも、チューをするならって考えは無かったって事」
へ?それはどうゆう?
子供の前だから誤魔化している?風でもない、割と真剣な答えに胸がザワっとする。
でもニコちゃんは元々高い声を更にキャッキャと高くした。
「そう?ふ〜ん、そっか!!」
「…うん、そうだよ」
「じゃあねんねは?」
「えぇ?」
もうさすがに居た堪れなくなった満がここで割って入り、2人の恋バナは俺達の記憶と満のスマホの中に封印された。
帰り道のコンビニに向かう間、ニコちゃんの距離がビビるくらい近くなった。
行きは有時さんと手を繋いでいたが、大変光栄なことに帰りは俺と手を繋ぎ、なんか分からない幼稚園の話をいっぱい聞かされた。
それを満と有時さんが後ろからニヤニヤ聞きながらついてくる。
学生時代もこんな事あったな、俺のこと好きな子と帰りに無理やり2人きりにされたやつ。
コンビニに入ると、俺達2人に飲み物の買い物を頼んで、そそくさと満と有時さんはお菓子のコーナーに新作チェックのフリをして去ってしまった。
レジの隣にあるホットドリンクのコーナーで、満のコーンポタージュと俺のおしるこをとり、ニコちゃんはホットカルピスを選んで俺の持つカゴに入れる。
「あ、ゆうじのきいてない!」
大慌てで聞きに行こうと手を引くニコちゃんを引き戻し、俺は上の段に並んでいる「ホワイトミルクティ」を指差す。
「こうゆう寒くてちょっと疲れた日は有時さん甘いミルクティなんだよ」
普段の有時さんはブラックコーヒーしか飲まないが、いつもタフな試合の遠征の後は絶対に自販機か、コンビニに立ち寄った時にこれを買っているのを何度も俺は見かけている。
ニコちゃんはそれを見てムウっと外の寒さで真っ赤になった頬を膨らませた。
「ゆうじはブラックコーヒーよ」
いつもニコちゃんの家でもマミィが用意するのを見ているんだろう。
「いつもはブラックだけど、これでいいの、有時さん好きだから」
拉致があかねぇ、と不服そうなニコちゃんの手を引いてレジに行き、さっさとスマホで会計始めると「ちょっと待って!」と店員さんを止めたニコちゃんは、俺の手を振り解いてお菓子コーナーの有時さんの元に走った。
「ゆうじ!ブラックじゃなくていいの?!リキくん、おかねペイペイするよ!」
子供のこうゆうとこ、俺ちょっと苦手なんだよな。
でも、これが子供、俺だって子供だったから分かる。
頭どころか胸まで売り場からはみ出ていた有時さんは、驚きながらレジの俺を見て、すっとしゃがんでニコちゃんと話しだした。
「ニコちゃん、いつもゆうじがブラックコーヒー飲んでるのよく知ってるね!なんて気が付くレディだ。
でもね、ゆうじはいっぱい走った寒い日は白いミルクティが飲みたいんだ。
だからリキ君で正解なんだよ。
でもすぐ気がついて、教えてくれてありがとう」
「いいの?しろで?」
「いいよ、白で。リキ君が選んだので」
2人のやり取りを聞きながら、手を止めてくれていた店員さんに礼を言って会計を終わらせ、片手に飲み物を抱え持ってお菓子売り場に合流する。
だがニコちゃんは最終確認に余念がない。
「ほんとに?いいの?リキくんで?」
おい、なんか俺自体がダメみたいな聞き方!
さっきまで王子様みたいに優遇されてたのに、と、またちょっとスンっとした時、有時さんが満面の笑みでニコちゃんに答えた。
「うん。大好きだからリキ君がいいんだよ」
たった今、惑星が一つ俺の喜びの余韻で消し飛んだかもしれない。
うっかり言い間違ったな、と有時さんはすぐにぎゅっと口を噤んだが、満は雑誌のコーナーに移動していたし、ニコちゃんは気がついていなかった。
俺たち2人だけがちょっと目配せして照れてしまった一瞬のトキメキと惑星の消し飛びだった。
マンションまでの帰り道、ニコちゃんは今度は有時さんにべったりで俺は完全に無視。
俺の事が好きなのは、耳を疑うほど自意識過剰な空耳だったのだろうか?
一加さんもゆっくりしたいだろうと俺達はマンションの前で暇する事にして、ニコちゃんと有時さんは今生の別れくらい2人で抱きあって時間を惜しんだ。
部屋に戻らずエントランスからじっと俺達を見送っていたニコちゃんが突然、パピを振り切りこちらに走ってきた。
「ゆうじ!!」
その声に振り返り道路の左右を確認した有時さんが慌てて道を戻る。
「ニコちゃんどうしたの?車が来てたら危ないよ」
「きたらゆうじもひかれてる」
「それもそうだな」
幼児に納得させられる有時さん、可愛い。
俺の胸のキュンが収まらない間に2人はかたく抱き合った。
「ニコとゆうじはズッ友だからね!!」
「そうだね、ずっとお友達でいてね、ニコちゃん」
ニコちゃんに友情の証のお揃いの髪ゴムを見せ、有時さんも深く頷く。
俺はもう付き合いきれなくて、ゆうじは俺とねんねするターンなんだよ〜?と2人の肩を叩いて帰宅を促したのが悪かったのか。
「あ、リキくんあっち行って」
急にハミられた。
ちぇっと口を尖らせて先に駐車場に歩き出しながら、聞き耳を立てていると、コソコソと可愛い会話が聞こえてくる。
「あのねナイショだけど、リキくんはゆうじがすきみたい」
「え?そうなの?」
「でもニコ、リキくんのことあきらめない。だからライバルだけど、ウチらズッ友だし、ふたりでいたらさいきょうだからね!」
「……!ニコちゃん!」
なんで最後ちょっとギャルっぽいんだろ。
5
有時さんのマンションにちゃっかり一緒に戻る。
疲れもあってか、有時さんは特に俺を気にもとめず洗面台で手を洗いながらその流れでお風呂の準備をしだした。
寒い日は帰宅したらすぐ湯船に浸かるのは分かっている、でも俺はニコちゃんと話していたチューのくだりの答えがどうしても気になって仕方がない。
「有時さん、すいません!ちょっと気になった事があるんすけど!」
お湯を張りをしてスタスタとリビングに戻っていく背中を追い、挙手しながら声をかけると、コートをクリーングに出す段取りの手を一旦止めて俺を振り返る。
「うん。簡単な話なら今、長くなるならお風呂上がりに聞くよ?」
「簡単っす」
「分かった。先に聞くから続けて」
多早くコートを畳んでクリーニング専用の袋に入れると側に置いてソファにかけてくれた。
「あのぉ、ニコちゃんが「ゆうじがリキくんとチューするなら、どうやってする?」って聞いた時、考えた事ないって答えたじゃないですか?すいませんけど、それ、どういう意味?」
「え?そのままだよ」
「は?あのぉ、それって俺とそうゆうのは考えれなかったってこと?」
「そうなるね。だって俺は特に男性が恋愛の対象でもなかったし、特別リキにそういう魅力を感じたから一緒になったわけではないもの」
うう……そうだよな。
「一緒にいると湧いてくる愛着かな?例えるなら、親猫が子猫を毛繕いするような?」
「じゃじゃじゃ、それは初めって事で、今は違うでしょ?恋愛でしょ?」
腕からニコちゃんのゴムと、巴先輩にもらったシルバーのブレスを外してアクセサリートレイに置き、見事なアルカイックスマイル。
「うん。リキを愛しているよ」
「うぉっふっ!!」
愛の圧力で心臓が圧迫、血が逆流する。
「リキもそうでしょう?」
「あ。は、い。う、ん」
息が止まるか、心臓が止まるか、どっちが先に止まって俺の人生が終わるのか。
「きちんと言って」
どちらにせよ、人生終る前にこれは伝えないと。
「有時さんを愛してます」
「ふふ、ありがとう」
花が咲いて虹が出る、この上ない好きが溢れる笑顔。
そうなんだよなぁ。
俺はこの笑顔が嬉しくって、欲しくて欲しくて惚れ込んだのよ。
「それで、気になった事は解決した?」
「待ってください!あの、じゃあ改めて。俺とチューするならどうやってします、か?」
モジモジしながら隣に座ってじっと見つけたら、間髪入れずに返事をくれた。
「俺はどうもしないよ。だって欲しいタイミングでリキがしてくれるから」
カウンターパンチ、ボディブロー…は、ちょっと違うか。
ぐうの音もでねぇってこの事?
「もういい?解決出来た?」
「……はい」
「お風呂入ってくるね」
何気なく行った出産祝いで、恋人の沼の深みにはまった。
2段構えの底なし沼、俺に命はもうない。
後から俺もお風呂入って出てきたら、有時さんは予想通りソファで丸まって寝てしまっていた。
無理と分かっていても、少しだけでも、こんな時は愛を確かめ合いたかったんですけど。
これは、ぎゃふん。
お後がよろしいようで
本編はこちらで終了。
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