夏はやっぱり氏神神社だね
コインを投げるとまたここに戻ってこれる。
そう思って私は5円を投げた。
そのままUターンした私のTシャツの袖を掴んで姉が囁いた。
「お賽銭は音たてたらあかん、あと、頭下げて手を合わせて」
「いただきます?」
「あほ、今年も元気におれるようお願いします!や!」
幼い頃の私って多分、多分なんですけど、異星人と言われても仕方のない独自の生き方してたんですよね。
そんな異星人は立派な地球人に育ち、世界が認める日本人の、明るい関西人として人生楽しんでます。
オリンピック男子バスケ代表の試合を天晴れな気持ちで見終わった。
世界に「俺たちがいる」と言うのを知らしめに行った、いい試合だった。
ただ、決定打に欠けた、それだけのこと。
なんでも焦りは禁物、まだまだここから。
今、世界のバッターボックスに立ったんです。
バスケやのに?🙄
前の記事で書いた、及川さんクイズの答えですが、最初は37回で書いてたんです。
でも添削したから数え直しになったことに、コメントをいただいて気がついた。
目次の「及川さん」もいれると、34〜5回。
抜くと、29〜30回言っている。
何回数えても「及川さん」の増減が著しく、私はダラダラ汗をかきながら画面に張り付く。
私の手の汗で増えてるの?及川さん?
そんなワカメみたいなことある?
と、言う事で。
ちょうど氏神様を伺うタイミングだったので、
お答えしてくれたヒトミさんの事を中心にご報告しに、徒歩3分の地元の神社に向かった
折衷案です!
ただいま、朝の7時。
蝉と私と神さま、時々鯉。
世の中にはすんごい神様もいて、名だたる神社があるし、いろいろ伺わせてもらった。
でも、後にも先にも何かあったらまず、地元の氏神さま。
紀貫之の故事伝承がある事で知られているここは、戦時中に飛行場を建設するためにうちの近所にやってきたらしい。
能をする為の舞台もあり、昔はよくここで昼寝したり読書をしていた。
御神木のてっぺんに登った猛者は私と私の父のみ(いらん遺伝)
手水屋に捕まえた鰻を放って怒られたのは父のみ(私はやってない)
十日戎の福引で、私は特賞を引き羽毛布団を神様に頂いた(動物アレルギーで使用不可能)
色んな伝説があるが、祖父がすんごい額のお布施をしていたのでお咎めなし。
なんかすごい事があったとは聞かないが、めっちゃ心が広い神様が住んでいる社ではある。
文芸ごとにもご利益があり、芸能の神様である弁天様も祀られている。
小学校の頃は学校帰りに友達と寄り道して、給食の残りのパンを鯉にやった。
中学の部活のない日はメンバーとパピコを分けながら舞台でダラダラした。
高校からは地元を離れ、しばらく行かなかったが、大人になった今、またここに来る機会が増えた。
拝殿の写真は、ガラスに私が写りこみすぎてて却下。
友達から「集会の時間を間違えたヤンキー」襲名したので載せません。
可愛いを売りにしてるので、うっかりドジっ子ポイントは捨てがたいが、それに変えられないプライドが女にはあります。
「ヒトミさんがもっと素敵な建築物を元気に渡り歩けますように。
ヒトミさんの記事を読むと猛禽類が浮かぶのはきっと、コンドル先生のイメージだからか」
ここに来ると、自然と友達のことを思う。
「会長がもっと軌道に乗るといいなぁ」
「つつじさん、私「正欲」読み始めましたよ」
「そういや、楓莉さんと最初は小説ネタ、神社で話したっけな?」
「馬かぁ、ねぎこさんと言えばロバやな」
「新しいカメラで、慧さんならきっと素敵な写真を撮る」
「くーさん、推しに会えたかな?」
「ゆとりのある男さん、なんか釣れたかな?」
「帰り道は遠回りして、運動。maimaiさんみたいに素敵なシニアを目指そう!」
「秋にはリーグ始まる、広島ドラゴンフライズ連覇するかな、しおりさん!」
「茶ぶどうさん、古書見つけるの上手いな、私も岡田幸生の本探そう」
「こう先生、パパしてるなぁ!イラン旅行記面白かった」
「元気なお子さんが生まれて、より豊かにHanaさんが暮らせますように」
久しぶりに裏に回ると、鎮守の森の見通しがすっかり良くなっていた。
私が遊んでいた頃は、控えめに言ってジャングルだった。
鎮守の森の奥に秘密の抜け道「どこでもドア」があり、幼馴染の家の裏庭にでる。
おばあちゃんがおやつを用意してくれる時間になると、私達はギリギリまで遊んで「どこでもドア」を使う。
だがいつも、ここには砦(どこでもドア)を守る三匹の僕(飼育放棄された動物)がいて、私たちは奴等を騙し討ち、ジャングルを駆け抜けなければならなかった。
などと、懐かしみながら思いの外ここが涼しい事に気がつく。
それを肌に感じながらnoteの記事を考える。
そんなに遠くに行かなくても、涼しい所はいくらでもあるし、スマホを開けば話したい時に話せる友人達がいつもいる。
参拝は、神様に報告するためのもの、とも聞いたことがある。
地元の友人、友達に知り合い、いつも行くサロンやショップのオーナーや仲良しスタッフ。
めっちゃ大声で挨拶を交わし合う小学生、散歩命のじいちゃん達、お世話になっている先生達。
そこに最近noteでコメントを交わした人達が浮かぶ。
顔は知らない(一部を除いて)挨拶するわけでもない、簡単に言えば得体がしれないのに、こんな時にふと浮かぶのは友達の証拠だろう。
文字で自分の趣味趣向や、考えや哲学を語るnoteは、他のSNSより気持ちの距離が近く感じる。
毎朝、通勤時間に同じ電車にいつも乗っている人より、心の距離が近い。
文通に近い気もするし、電波に乗ってマニアックな文字のやり取りをする、アマチュア無線みたいでもある。
私がここの神様を選ぶのと一緒で、noteを選んでよかった。
そして、皆さんが私を選んでくれて嬉しいなぁと、思う毎日です。