この世界の片隅に ツイッター感想
2017/1/10にアップしたやつ。
話題の映画を観てきました。以下はツイッターに投稿した感想のまとめ。
「この世界の片隅に」。上映時間を間違えたせいで最前列の一番端というかなりタフネスを要求される席での鑑賞になってしまった。観終わった直後は「苦しい」映画だなあという感想。日常が徐々に戦争に浸食されていく中で笑顔をなくす主人公、すずさんの表情が痛々しかった。劇中で起こる悲劇、そしてカタストロフィもまた、登場人物の胸中を思いやるとただ「苦しい」ものであった。
すずさんはいろいろなものを失うわけだけれども、すずさんもまた、人からいろんなものを奪っていたのだということに気づかされるシーン。まるでマクベス夫人のように、自分の手が血で汚れている幻視を、いつから人はするようになるのだろう。そんなこと知りたくなかった、というすずさんの言葉。自分はもはや無垢ではないのだと気付いたその言葉。
かけがえのないものを奪われたその苦しみ。我慢に我慢を重ねる日々の営み。それは、戦争に勝つためだからこそ耐えていたものだったのに。あっさりと、あまりにあっさりと日本は、戦争に負けた。その悔しさ。怒り。すずさんの嗚咽。径子さんの慟哭。銃後の女たちの叫び。
けれどもすずさんは物語を夢想することを止めない。闇市の残飯でさえおいしい。鷺は戦前と変わらず空を舞い、虱は人を食む。昭和20年8月6日を超え、20年10月になっても、21年1月になっても、命は続く。人は生活を営まなくてはならない。生きねば。
頭に浮かんでくるのはそんな言葉の数々。「苦しい」、けれども続いていく。そこに希望はある。なければならない。前を向いて。私もそうあれるだろうか。あらねば。
普段はジェンダーをあまり意識しないで物語を見るのだけれど、この物語の女たちには同じ女として、すずさんに、径子さんに、りんさんに、背中を押された気がした。強く。