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古今東西刑事映画レビューその27:エンド・オブ・ウォッチ

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

2012年/アメリカ
監督:デヴィッド・エアー
出演:ジェイク・ギレンホール(ブライアン・テイラー巡査)
   マイケル・ペーニャ(マイク・サヴァラ巡査)

 ここ2回ほど、ニューヨーク市警の捜査官が登場する映画を取り上げてきた。それに対抗して、と言う訳でもないのだが、今回のお題はロサンゼルス市警の若手警官が主役を張る“エンド・オブ・ウォッチ”である。
 この作品の舞台は、ロサンゼルスのサウスセントラルと言うエリアだ。東西2キロ弱、南北3キロあまりと、ほとんどご町内のような規模の場所なのだが、発生する犯罪数は年間10万件を超すそうである。ヒスパニック系とアフリカ系の住人が反目しあい、地元のギャングだけでなく、メキシコのカルテルも勢力を拡大していると言う。
 この映画を観たときに真っ先に思ったのは、「“クロッシング”と“トレーニング・デイ”に似ているな」と言うことであった。小欄の連載当初に取り上げた、アントワン・フークア監督の“クロッシング(’08)”をご記憶の方はいらっしゃるだろうか。舞台となった街は、ニューヨークのブルックリンだった。アメリカの超大都市の中の、重犯罪多発地帯と言う点では、本作と非常によく似ている。“トレーニング・デイ(01)”と言う映画もまたアントワン・フークアの作品で、舞台も本作と同じサウスセントラルで、警官が登場する。2作品とも、本作と物語はまるで違うが、貧しいものや弱いものが虐げられる街、その荒廃した様子、画面からあふれる街の空気とでも言ったらいいのか、そんなものが似ているように思えてならなかったのだが、“トレーニング・デイ”の脚本を手がけたデヴィッド・エアーが、本作の監督を務めていると言うのを知って、至極納得した次第である。
デヴィッド・エアーは何故、超大都会のエア・ポケットのような場所を舞台に物語を紡ぐのか。それは彼がこのサウスセントラルで少年時代を過ごしたからに他ならない。住民の9割以上がヒスパニック系とアフリカ系であるこの街で、アイルランド系白人であるエアーとその家族が暮らし始めた理由は語られていないが、他の住人たちと同じように、暴力や犯罪を身近に感じる日々であったことは想像に難くない。
高校を中退し、海軍に入隊。除隊後、軍役時代の経験を生かして潜水艦ものの映画の脚本に参加。2作品目の“トレーニング・デイ”で脚光を浴びることになる。エアーは、サウスセントラルという街を知りつくし、活写することの出来る稀有な存在なのである。
本作に登場するのは2人の若い巡査だ。サウスセントラル地区のパトロールを担当する主人公のブライアンと、相棒のマイク。ブライアンが自分たちの勤務風景を撮影している、と言う体裁で物語は始まる。彼らが手にするハンドカメラや、制服に仕込んだミニカメラ、パトカーの車載カメラが彼らの様子を追い掛ける。目線は人の高さで固定され、俯瞰も仰視もない。観客はまるで素人がアップロードしたYouTubeを観ているような、フィクションのようなそうでないような、不思議なリアリティを感じながら画面を見つめることになる。
ロスアンゼルスの全ギャングを仕切る大物が登場するとか、政治家が裏で糸を引く陰謀に巻き込まれるとか、そう言う物語ではない。警官が出勤して、ブリーフィングをして、パトカーに乗り込んで、パトロールをして、出動要請が来て、現場に向かって……。基本的にはその繰り返しである。ただし、ここはサウスセントラル、アメリカでもトップクラスに危険な場所だ。日本なら口論で済むようなことも、ここではたやすく発砲事件に繋がる。「連絡が取れない」と家族からの通報を受けて向かったおばあちゃんの家で、とんでもないことが起こっていたりする。街の生活の中に、何の違和感もなく犯罪が紛れ込んでいる。警官に牙を剥く犯罪者に傷を負わされることもある。ブライアンとマイクの日常は過酷で、暴力に満ちている。
その一方で、彼らの私生活も登場する。彼らの職務以外の場での姿は至って普通の若者で、恋人や妻とのやりとりは微笑ましい。仕事場で彼らが置かれている環境との落差の凄まじさは、アメリカの抱える問題の一側面を鮮やかに浮かび上がらせている。
デヴィッド・エアーが訴えたいことは、まさにそこなのではないかと思う。普通の生活を送る普通の人が、いとも簡単に傷つけられたり、傷つけたりする社会は、やはりおかしいのだ。そんな事態を招いている原因は、銃や麻薬汚染だろう。ブライアンとマイクという男たちの戦う姿を通して、我々が見せつけられるのはその事実だ。ただの娯楽に終わらず、社会の病巣を描く映画としても非常に優れた作品である。
優れた演技を見せてくれた、主演の2人にも触れておきたい。繊細な青年を演じることの多かったジェイク・ギレンホールだが、本作ではスキンヘッドに鍛え上げた身体と見た目のイメージを大きく変え、切れ者の警官を熱演。彼はこの作品の脚本に惚れこんで、製作総指揮にも名を連ねている。相棒役のマイケル・ペーニャも、ギレンホールと共に5カ月の訓練を受け、堂に入った警官ぶりである。
最近の警察映画の中では、非常に優れた作品と感じた。彼らの息遣いまで感じられるようなリアリティを、是非ご堪能いただきたい。

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