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古今東西刑事映画レビューその21:ゴー・ファースト 潜入捜査官

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

2008年/フランス
監督:オリヴィエ・ヴァンホーフスタッド
出演:ロシュディ・ゼム(マレク)
   オリヴィエ・グルメ(ジャン・ドー)
   ジル・ミラン(リュシアン)

 89分。この作品の上映時間である。
映画の中では、短い部類に入るだろう。小欄でご紹介してきた映画の中で最も短いのが、“PTU”と言う88分の作品であったが、それとほぼ同じと言うことになる。
筆者は短い映画が好きである。あくまで個人的な感覚だが、90分以下の作品は「短い」と定義していいのではないかと思う。限られた時間の中で起承転結を表現し、更に観客にエンタテインメントを提供しなくてはならないと言う制約の結果、脚本や演出からは無駄が省かれ、場面と場面の繋ぎには工夫が凝らされ、メッセージは明快になる。そのシンプルさが良いのである。
今回ご紹介する“ゴー・ファースト 潜入捜査官”(以下原題の“ゴー・ファースト”)も、そう言う意味で、非常に筆者の好むテイストの作品であった。
 本作は、リュック・ベッソン率いる映画製作会社「ヨーロッパ・コープ」が製作した作品である。ヨーロッパ・コープと言えば、ジェイソン・ステイサムを売れっ子俳優に押し上げた“トランスポーター”シリーズや、リーアム・ニーソンが超凄腕の元CIA捜査官に扮する“96時間”シリーズを手掛けたことでよく知られている。
改めてこれらのタイトルを眺めてみれば、どの作品も、90分前後の上映時間の中で、プロフェッショナルな男がスマートに仕事を片付けて行くと言う点が似ている。追いつ追われつのカーアクションが多いのも同様だ。“ゴー・ファースト”も例に漏れず、仕事の出来る男が渋く任務を遂行する、非常に「ヨーロッパ・コープ的」な作品である。
 主人公のマレクは、パリ警視庁・BRI(探索出動班)に所属する刑事だ。麻薬売買に手を染めるパリ郊外の不法者グループを摘発しようと、上司のジャン・ドーや同僚らと捜査にあたるが、作戦は失敗。マレク以外の仲間は全て殺されてしまう。
 パリ警視庁上層部では、麻薬の密輸ルートの壊滅のため、麻薬組織への潜入捜査を試みる。モロッコで生産された麻薬は、スペインのマラガからヨーロッパに渡り、陸路でパリへと齎される。その手口と、高速道路を時速200kmで疾走する運び屋たちのことは、「ゴー・ファースト」と言う隠語で呼ばれるのだが、その運び屋として、捜査官を潜入させようと言うのだ。
 復讐に燃え、潜入捜査官として過酷な訓練に励んでいたマレクに捜査命令が下される。彼は麻薬組織の信頼を得、首尾よく「ゴー・ファースト」として彼らの懐に潜り込むことに成功した。数百キロの麻薬がマラガに到着し、組織に雇われた他の「ゴー・ファースト」たちと顔を合わせるマレク。その中に、かつて上司と仲間を無残に殺害したリュシアンとンジャイの姿があった──。
 潜入捜査ものをご紹介するのは“インファナル・アフェア”“フェイク”に続いて3作目と言うことになる。今までの作品たちが、潜入捜査という特殊な任務の中でアイデンティティを摩耗させていく男たちの苦悩に迫った、非常に濃密な心理描写を伴うものであったのに対し、本作ではそのあたりはわりとあっさりしている。マレクは、上司でもあり親友でもあったジャン・ドーや仲間たちの無念を晴らすために任務に専念する切れ者の刑事という描かれ方をしており、彼が鋭い頭脳と抜群のドライビング・テクニックでもって、潜入捜査をいかにして貫徹させるかが物語の主題になっている。その為、探索捜査班の捜査シーンや逮捕捕縛のシーン、マレクの訓練のシーンなどは、とことんリアルさにこだわったようで、実際の警察関係者の協力を得たものになっていると言うことだ。
 そしてこの映画、迫真の演出がなされているのは警察側の描写だけではない。犯罪者側の描写にも、「本物」の監修が入っていると言うから驚かされる。プロデューサーは監督を実在の「ゴー・ファースト」の車に同乗させ、マラガからパリまでの走行に同行させたと言うのだ。実際に麻薬を運んだ訳ではないが、それでも速度違反で警察に逮捕されたと言う製作裏話まであるそうだ。
 だからこそ、画面の中に最大のリアリティを込めようとする彼らの姿勢は非常によく伝わってくる。ハリウッドの超大作のような派手さは無い。一切無い。寒色やアースカラーを多く用いた色彩感覚や、エレクトロニカを多用したBGMもそれらとシンクロし、ストイックな、緊張感のある画面を生み出している。
 それを物足りないと感じる向きもあることだろう。だが、このシンプルさが良い、と思う人も必ずいることと思う。個人的には、この抑制されたストーリーと映像に、禅の精神との共通点さえ感じてしまう。そんなところも含め、非常にヨーロッパ的な映画なのだ。
過剰過ぎる爆薬や、簡単に大崩壊する高層ビルなどがてんこ盛りのアクション映画からちょっと距離を置きたい時に、是非お勧めしたい作品である。

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