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古今東西刑事映画レビューその6: 機動警察パトレイバー the Movie

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

機動警察パトレイバー the Movie
第1作(’89) 監督:押井守
第2作(’93) 監督:押井守
第3作(’02) 監督:高山文彦
原作:ヘッドギア

 日本で一番有名なアニメの「警察官」と言えば、それは間違いなく“こち亀”の「両さん」だろう。その次は誰だろうか。赤塚不二雄のコミックにしばしば登場する「おまわりさん」だろうか。ただいずれにしても彼らの職業は、それぞれの出演作の中では彼らの属性のひとつに過ぎず、物語を進める上での「必然」ではないように見受けられる。
 それでは、主人公たちが「警察官」であることが物語の根幹を為している作品の中で、最も有名なものは何だろう。その問いに答えるのは非常に難しいが、「最も面白い作品」ならば簡単に挙げることが出来る。それが今回ご紹介する“機動警察パトレイバー”シリーズである。
 セルビデオ、映画、全22巻のコミック、そしてテレビアニメ、小説、ゲームと、複数メディアで展開され、所謂「メディアミックス」の先駆けになった作品である。シリーズ全てに共通しているのは、舞台が東京であることと、東京湾の埋め立て地の開発に人が操縦する大型のロボット「レイバー」が使用されていること、そしてその「レイバー」を使った犯罪に対抗するために警視庁が創設した「特科車両二課中隊」、略して「特車二課」の面々が主人公であること、のおおよそ3点である。
 ここさえ掴んでおけば、セルビデオでもコミックでも映画でも、どれから手をつけても構わない。シリーズ同士の相関や時系列らしきものは存在してはいるが、その順序を破ることは我々の視聴を妨げるものではない。
 ジャンルとしては「近未来メカアクション」的カテゴリーに放り込まれる場合が最も多い本作だが、実のところその「近未来」とは、21世紀にようやく手が届こうかと言う、1998年前後である。昭和の終わりごろに描かれた世紀末の東京に携帯電話は無く、若者は寮の公衆電話で実家の親と繋がっているし、彼らの操るPCの画面は未だDOSのままだ。そんな光景の中に屹立するレイバーたちは、天才科学者が技術の粋を凝らして製作した世界で一機のロボットではなく、日本の大手メーカーが生産している工業製品である。自動車のように自然にレイバーがあり、ショベルカーのように普通に稼働している。
 1988年から日常を年輪のように重ねた先に在る1998年。地続きの未来、それがパトレイバーの舞台である。主人公の若者たちは私たちと同じように首都高速の渋滞に苛立つし、山手線の駅の立ち食いそば屋で一息ついたりする。永代通り、甲州街道、明治通り……耳慣れた街道沿いで、彼らの捕り物は繰り広げられる。この手で触れることが出来そうなほどの近さこそが、本作の持つ大きな魅力のひとつである。
 この作品の原作者「ヘッドギア」は、原案やデザインに関わった複数の若手クリエイターらのユニット名だ。その首謀者たちの1人に、映画作家の押井守が名を連ねているのは、知る人ぞ知る事実である。
 押井は、映画版2作の監督を務めると言う、作品世界の中でも重要な仕事をしている。“攻殻機動隊”(’95)の監督として知られ、後続のSF作品に──アニメばかりでなくハリウッドの映画にさえ──大きな影響を与えた彼だが、本作でも独特の手法を駆使し、“パトレイバー”ではあるものの、随所に押井本人の哲学を散りばめた作品に仕上げている。
 映画版パトレイバーでは、東京そのものが危機にさらされる。犯人の手掛かりを求めて刑事たちが彷徨う東京、特に都心にエアポケットのように残る古い街並みや細い運河を、押井は徹底的に描写する。再開発の名のもとに全てを更新する、東京と言う都市の在り方への違和感を、時の流れに飲みこまれて消え行くであろう古き良き東京を描くことで、また、都市そのものを否定しようとするテロリストたちを描くことで、我々に提示しようとしているのだ。この街はどこから来て、どこへ行き、何になろうとしているのか。スカイツリーがそびえ、高層マンションが湾岸の夜景を彩る21世紀になった今でも、押井守の問いは色褪せない。
 また、少年少女向けの匂いが消せないコミックスやTVアニメと違い、映画版は真っ向から大人を意識した作りになっている。組織の中で人が仕事をする上で、避けて通れない軋轢や矛盾が正面切って描かれ、「仕事」というものをしたことがある人ならば、誰もが共感出来る場面も少なくない。立場の違う人間同士の埋めがたい溝。そんなもやもやしたものを吹き飛ばす好漢が、作品には幾人か登場する。現場で頑張る若者たちにも、彼らを見守るおじさんたちの中にも、そう言う人たちがいる。それもまた、映画版の大きな魅力のひとつである。
 レンタルビデオ店の棚で見かけることがあったら、是非手に取ってご覧いただきたい。たかがアニメと軽んじることなかれ。中々どうして、大人も楽しめる「警察物」なのである。


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