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古今東西刑事映画レビューその24:捜査官X

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

2011年/香港・中国
監督:ピーター・チャン
出演:金城武(シュウ・バイジュウ)
   ドニー・イェン(リュウ・ジンシー)
   タン・ウェイ(アユー)

濃い緑。絵の具を幾重にも塗り込めたような、圧倒的な質量と密度を持つ緑。
物語はそんな光景から始まる。
北京からおよそ2600km南西に位置する、中国雲南省。温暖かつ湿潤な気候が育んだその森は、豊かな生態系を擁し、動植物の宝庫と呼ばれている。1917年、辛亥革命から6年後の、ここ雲南省の静かな村落が舞台である。
紙漉き職人のジンシー(ドニー・イェン)は、豊かな森に寄り添うようにして暮らしている。集落からすこし離れた木立の中に建つ、小さな家が彼の住まいだ。妻のアユー、アユーの連れ子のファンジェン、実の息子のシャオティンの4人、そして牛2頭が彼の家族。夫婦仲は睦まじく、子供たちも健やかだ。長男のファンジェンはもうすぐ12歳の成人式を迎える。生活は決して楽ではないけれど、それでも紙漉きの仕事のおかげで、村全体のくらしも上向いてきた。
ある日、集落の両替商のところに、2人連れの客が訪れる。見るからにタチの悪い流れ者と言った風情の男たちは、指名手配中の凶悪犯だった。年老いた両替商とその妻を脅し、金品を奪おうと襲いかかる。凶行の場にたまたま居合わせたジンシーは取っ組み合いのすえ、ほとんどまぐれで彼らを倒すことに成功。悪党たちは打ちどころが悪かったのか、2人とも息を引き取った。
ジンシーは村の英雄として喝采を浴び、彼らの息子への学費の援助話まで飛び出し、妻は嬉し涙に暮れる。ここで物語が終われば、大団円、めでたしめでたし、と言うところだ。勿論、話はそう簡単には行かない訳で、ここでようやく、捜査官Xことシュウ・バイジュウ(金城武)が登場することになる。
街の警察署から派遣され、数日かけて村にやってきた捜査官たち。現場検証を重ねたシュウは、どうやらジンシーが「まぐれで」悪党たちを蹴散らした訳では無さそうだ、と言うことに気づく。男たちは皆、人体の急所を突かれてほぼ一撃で死亡していた。「ジンシーは実は、途方もない武術家なのではないか?」、そんな疑念にかられ、シュウはひとり熱心に捜査を続ける。だが、村を救ったジンシーを追いまわす捜査官へ、村人たちからは冷たい目線が注がれ、捜査は難航する……。
映画の前半は、捜査官・シュウの推理劇がメインとなって物語が進行する。この、金城武が演じたシュウと言う人物の造形が、中々面白い。麦わら帽子に丸眼鏡、そして白い麻の服といういでたち。垢ぬけない四川訛り丸出しの訥々とした口調。演じる金城武のルックスのせいもあってか、颯爽とした捜査官と言うよりは、書生さんのような風情を漂わせている。だが、そんなふんわりとした外見とは裏腹に、内面は正義感に燃え、悪人を決して許さない執拗さを持つ男として描かれている。彼の遵法精神は身内にまで及んでいるようで、そのおかげで、妻との間には埋めがたい溝が生まれてしまっている。いろいろ複雑な過去を持っていそうな、興味深い男なのである。
シュウが鋭い観察眼と東洋医学の知識を駆使して真相に迫るシーンはかなり斬新な演出がなされている。ガイ・リッチーの「シャーロック・ホームズ」シリーズや、トロイ・ダフィーの「処刑人」シリーズのようだ。だが、ただのそれらの模倣では決してない。監督ピーター・チャンの魅力が存分に発揮されている必見の場面である。
一転、物語の後半からは、もう一人の主演、ドニー・イェンのアクションが冴えわたる。ドニー・イェンといえば中華圏きってのアクションスターなわけで、彼が素朴な紙漉き職人のままで終わるわけがないのはもはや必定、本作でも寡黙な武術の達人を渋く演じ切っている。
デジタルエフェクツを駆使し、スピーディーなカメラワークを多用したアクションシーンは、ワイヤーアクションが主流だった数年前から更に一歩進化を遂げている。緩急を自在に操り、単調に陥らない、最新鋭の華流アクションを満喫できる。華流の凄味を知らされる思いだ。日本の映画作品にも、この映画を超えるアクションシーンが出てくることを願わずにはいられない。
ただ、理想と現実の狭間で苦悩する捜査官・シュウと、過去を全て捨てて愛する家族の為に生きるジンシーと言う、映画の主人公としては中々良い素材の人物を登場させていながら、彼らの人物描写がやや物足りなかったのは勿体なかった。もう少しそこに時間を割いてくれれば、更に魅力的な作品になっていたのではなかろうかと思える。続編があれば…と、思わずにはいられなかった。
今のところその予定は無いようだが、監督のピーター・チャンはここのところアクション映画の仕事が続いており、また本作の中華圏での高評価をかんがみれば、可能性が全く無い、と言う訳ではないと思う。是非、続編に期待したいところである。

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