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古今東西刑事映画レビューその3: トゥルー・グリット

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

トゥルー・グリット
2010年/アメリカ(2011年/日本)
監督:イーサン&ジョエル・コーエン
主演:ジェフ・ブリッジズ(ルースター・コグバーン)
   ヘイリー・スタインフェルド(マティ・ロス)
   マット・デイモン(ラビーフ)

 アメリカで初めて「物語のある映画」が製作されたのは1903年の出来ごとだ。モノクロの無声映画で、上映時間も10分強と短いものである。その名を『大列車強盗』と言い、強盗たちを保安官が退治すると言うストーリーだった。カウボーイハットをかぶり、馬を操る男たちのガン・ファイト。そう、アメリカで初めて製作された「物語のある映画」は、西部劇なのである。
 アメリカ映画史は西部劇と共に始まった。もちろん、いつでも映画業界の中心で話題を振りまいていたジャンルではない。むしろ、アメリカ映画が発展し、市場が拡大して行く中で、他のジャンルの映画に追いつき追い越されてしまった、と言った感すらある。
 とは言え、西部劇が数々の名作や、映画史の転換点となった作品を多数生み出して来たのは疑いようのないことだ。そして、今回ご紹介する「トゥルー・グリット」も、かつての名作たちに肩を並べる快作である。
 原作はアメリカの現代作家、チャールズ・ポーティスの同名の小説で、寡作で知られるポーティスが1968年に出版したものだ。直後の’69年に、『勇気ある追跡』と言うタイトルで、この小説を元にした映画が製作されている。
 舞台は1878年のアーカンソー州。父親を雇い人のトム・チェイニー(ジョシュ・ブローリン)に殺された14歳の少女、マティ・ロス(ヘイリー・スタインフェルド)が、父の仇を討つために連邦保安官のルースター・コグバーン(ジェフ・ブリッジズ)に助力を依頼する。当初は拒んでいたコグバーンだったが、少女の熱意に押されてチェイニーの追跡を承諾。同じく彼を追ってきたテキサス・レンジャーのラビーフ(マット・デイモン)と、呉越同舟の追跡劇を繰り広げることになる。
 登場人物たちが非常に魅力的である。父の仇討ちと言う血なまぐさい目的に向かって一直線に突き進む主人公のマティ。少女らしからぬ彼女の無謀さを支えているものは、少女ならではの純真さだ。また、二人と行動を共にするテキサス・レンジャーのラビーフは、自らの職業を誇り、コグバーンに対する競争心を隠そうともしない、高慢さが目につく男である。しかし、同行者の危機には身を呈して駆けつける気風の良さを持ち合わせている。更には、主人公らが追うチェイニーのボスであるラッキー・ネッドも、無法者の親玉であることに間違いは無いが、自分なりの筋を通そうとする、男気のある悪党として描かれている。
 このように、「AであるけれどもBでもある」と言うような、奥行きのある人物造形が物語に深みを与えている。勿論、もう一人の主人公であるコグバーンも例に漏れない。と言うよりも、コグバーンの最大の魅力はその点に尽きると言っていい。彼は、保安官という職業にも関わらず、法と法の間を縫うようにして任務を遂行する。ヒーローでありながらアンチ・ヒーローのように振る舞う男だ。大酒飲みの巨漢で、アイ・パッチをつけ、ボロボロのコートを纏っている。映画『ワイアット・アープ』に出てくるような颯爽とした「保安官」像の逆を行くルックスも、彼の人柄をよく表している。そんなアンチ・ヒーローが見せる真の勇気(トゥルー・グリッド)が、物語の最大のみどころだ。
 人物の内面だけでなく、スクリーンに映し出される映像も魅力的だ。実在の市街地の一角を借りて組まれた大掛かりなセットや、アメリカ南部の雄大な自然は我々の想像力を容易く刺激してくれる。ウィンチェスター・ライフルや、コルト社のリボルバーなど、作中の武器も実在のモデルがそのまま登場しており、製作者の作りこみの細かさが伝わってくる。コーエン兄弟の手がけた作品の中では初の西部劇だが、ソリッドな映像感覚など、「コーエン兄弟らしさ」も健在である。
 本作では“真の勇者”“真の勇気”と訳されている“トゥルー・グリット”と言う言葉だが、“グリット”は他にも “気概”だとか“気骨”“根性”などの意味も持っていて、そちらも併せて考えると、“決して折れない心”と言ったような解釈も出来るかもしれない。
 14歳の少女が、大人に支えられながらも、折れない心を携えて、本懐を達成する姿は見ていて痛快だ。“トゥルー・グリット”は少女を讃える言葉であると同時に、当時の彼らが持っていたアメリカン・スピリット、開拓者精神と言った力強さを象徴するものでもあるのだろう。
 いまだ逆境に立ち向かっている我々日本人をも、鼓舞してくれる言葉ではないだろうか。


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