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桜井“マッハ”速人戦

土手さん

G-SQと吉田道場で有名な選手と練習をしていても格闘技一本で食える訳でもなく、多額のカードローンを抱え、型枠大工の仕事がメインの収入源だった。
2003年の3月に川崎のS工務店に復帰してから、親方は飲みに行った先で労働者を拾って来る時期があった。
飲んだ先での話だ。
雇う側も「俺が面倒を見てやる」とか言っただろうし、仕事も無いのに飲んでいるような奴も「一生懸命頑張ります」とか言ってたのだろう。
年はバラバラだったが何名かそんなのが来たのだが仕事も出来ず、邪魔なので我々若い連中はウンザリしていた。
連れてきた親方までもがそんな労働者に文句を言ってる始末だ。

その時期に体は細く痩せて、色の入ったサングラスを付けたおじさんがS工務店で働き始めた。
俺はまた親方が何処かから見つけて来たのか?と思い最初はそのおじさんと距離を取っていた。

しかし仕事内容を見ていると只者ではない段取りの良さとスピードで、現場の図面を見て話すと凄いキレ者なのが解った。
名前は“土手さん”と言った。
親方の弟に土手さんは何者なのかを聞いてみると、土手さんは元々人を雇っていた親方だったそうだ。
話す感じから親方の弟はあまり土手さんの事を良くは思っていないようだ。
土手さんの相棒にはサブちゃんと言う沖縄出身のダンプの運転手がいて、中之島駅前のパチンコ屋で2人でよく暴れていると言う話だった。

微妙に距離を取りながらも土手さんと話すようになった。
格闘技をやっている事を話すと目をキラキラさせながら興味津々に俺に格闘技の話を聞いてきた。
仕事の帰り道には土手さんの友人の“みっちゃん”のやっている焼き鳥屋に連れて行ってくれて焼鳥と缶ビールをご馳走になった。
俺と沖縄出身のシゲトとケンゴは気に入られたようで飲みにも連れて行って貰ったり土手さんの自宅アパートにも招いてくれた。
手首から足首まで刺青が入っている土手さんの武勇伝、沖縄本土返還の為に血を流していたサブちゃんの話、どれもが豪快で楽しかった。
上京してからこんなに仕事が出来て優しくて面白い型枠大工職人は初めてだった。

焼鳥を食べてると練習の時間だからと言って俺は急いで自宅に帰った。
土手さんは「頑張れよ」と声をかけてくれる。
親方は仕事をしながら格闘技をする事はよく思っていなかったけど土手さんは毎日練習して仕事も一人前の職人としてこなす俺を褒めていてくれた。
マッハ戦は土手さんの呼びかけで会社の皆が応援に来てくれる事になった。
職場の仲間が応援に来てくれるのは初めてで、とても嬉しかった。

PRIDE GP開幕戦

2003年8月10日、さいたまスーパーアリーナで開催されたPRIDE GP開幕戦。
なんとそこで吉田秀彦vs田村潔司が組まれるのだった。
U-FILEが所属先でも田村さんとは、ほとんど練習をしなくなっていた。
反対に吉田さんとはよく練習していたし、練習後に飯に連れて行ってもらったりしていた。

この時期、田村さんは佐伯さんの見たいと言ってるマッハvs長南戦を快く思っていなくて反対していたそうだ。
なんで上山が勝てなかった相手と長南が戦うのか?ジム内の年功序列が崩れる事を嫌がっていたのだろう。
その件やギャラを長い間貰っていなかった事などが重なり俺の中では吉田さんを応援する気持ちの方が少しだけ強かった。

佐伯さんと木下さんの田村さんに対する必死の説得により”9/15DEEP12th Impact大田区体育館大会”桜井速人vs長南亮は決定したのだったが、田村さんの顔を立てるようにメインで上山龍紀と前年末に俺と戦った須田匡昇がDEEPミドル級タイトルマッチとして組まれるのだった。

PRIDEは招待券を頂いて第一試合から観戦していたのだがイベントの途中で“プライド武士道”となるものの開催が発表された。
寝耳に水とはこのことだ。
続々と中量級の選手や練習仲間である吉田道場の中村和裕などがリングインして、その武士道の中心的選手が桜井“マッハ”速人だった。
リング上で猪木さんにビンタをされる対戦相手を見て怒りがフツフツと湧いてきた。
そもそも俺との試合が決まってるのに何なんだ?
まずPRIDE武士道が解らない。
この日初めて憧れの存在でもあった桜井速人に苛つきを感じていた。

その後のメインでは田村さんが吉田さんの袖車でタップをしていたが、それはその頃にいつも練習で見ているやつだった。

アパートに帰ってプライド武士道にイライラしたので木下さんに電話で聞いてみた。
「何なんすか?あのイベント?」
「ごめんごめん、長南もリングに上がってもらって良かったんだけど、あれ俺達がやるんだよ」
木下さんが何を言っているのか意味が解らなかった。

PRIDE武士道の旗揚げ戦は10月5日だった。桜井速人の相手はヘンゾ・グレーシーと噂されて、紙媒体がまだまだ強かったこの頃、メディア(特にゴン格)は、その前に行われるDEEPより武士道を取り上げ、長南戦は簡単にクリアー出来るものと、試合自体がないもののように扱われていた。
この時のDEEPの経営状況は大変だったし、佐伯さんや木下さん、DEEPを盛り上げようと必死な中継を担当するCS放送のファイティングTVサムライのスタッフ達、皆の気持ちを知っていたからDEEPを準備体操くらいに語る桜井速人に怒りがこみ上げた。
俺は真夏のエアコンの効かないボロアパートの壁に紙に「桜井速人殺す」と書いて貼っておいた。

高瀬さん

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