戦場の悪魔〜招かれざる客〜
「そろそろ田舎暮らしってのも、アリなのかもしれないな〜。」
田島優作は都会の一人暮らしに辟易としていた。
田島は34歳になる前に会社をやめた。インターネット上での取引が可能な個人販売サイトで売上が立つようになり、時間と人間関係に拘束される会社員としてのあり方に意味を見出せなくなったというのが理由だ。
「やっぱさあ、人間やりたいことをやって生きていかないとこの先厳しくなるぜ。」
田島はそう言って同僚や後輩、そして上司の顰蹙を買っていたが
まさか口だけでやめることはないだろうという周囲の予想をいとも簡単に裏切って田島は宣言通りに会社をやめた。
それが半年ほど前のことだった。
家はボロアパートで、一人暮らしをしていて
ただ寝起きと簡素な食事を摂るだけの場所としては十分だったが、
在宅でインターネットを駆使する仕事になるとその居場所の快適さの欠如に目が行くようになった。かと言って、もう都心に住んでいる理由はない。
そうして冒頭のセリフに戻る。
「そろそろ田舎暮らしってのも、アリなのかもしれないな〜。」
円卓にノートパソコンと発注書を並べて、座椅子に思い切り背を預けて伸びをしながら普通の人があくせく働く平日の昼前に田島はそう独りごちた。
「よし、そうと決めたら物件探しだ。」
驚くほどすんなりと、とある県境にある静かな村の一軒家が見つかった。
あまり地方都市にも興味が湧かない田島はあっという間に夢を膨らませて自分だけの城を田舎の村に作ってしまおうと思い立っていた。
いざとなれば自分でリフォームできるだろう。という甘い考えもあって、田島は築50年とも60年とも言えないボロボロの日本家屋を恐ろしく安い値段で買うことができた。
いろんなことがとんとん拍子に進む。
不動産屋も、村の役場も長く売れなかったこの物件に動きが出たことを喜んでいるようだった。
そして、田島は意気揚々と引越しの日を迎えた。村はほとんど無人で、購入した家の近所と言っても随分離れたところにポツンと一つ二つあるくらいだ。
自分の重要な荷物はパソコンとケータイ。そして幾ばくかの着替えと布団。その程度だった。愛用の軽自動車にパンパンに詰め込んで、田島は胸を膨らませていた。
「やっぱ独り者は手軽でいいよな。嫁や子供がいたらこうはいかないぜ。」
しかし・・・
こりゃあ、相当ボロだな。。。
田島はガラリと玄関の引き戸を開けて、だだっ広い空間を見渡した。
凸凹になった座敷やあと少しで倒れて来そうな壁。
「う〜ん。。。ここに心地よく住めるようにするにはちょっと、時間がかかるかもしれないなあ。。」
田島はその次の日からいちばん近くの町に出て材料を買って家を住みやすく改築する作業を始めた。
いちばん気になったのは、例えば外壁を直している時、
若い女の声で「こんにちは〜。」と声がかかることだった。
「あっ、こんにちは!今度引っ越してきた・・・田島・・・で・・・?あれ?」
声が聞こえたと思ってイヤホンを外し、急いで振り返っても、誰もいない。
車の走った後や、人の足音もない。
気のせいか?
おかしいなあ。。と思いながらまた土壁を漆喰で塗り固めていると
若い、ウキウキしたような女の声で「こんにちは〜。」と声がかかる。
また振り返っても、また誰もいない。
「う〜ん・・・。この村には若い女の妖怪がいるのかもしれないな。」
なんてなー。
と、独り言を言いながら田島は時折聞こえる挨拶の声を無視するようになった。
二ヶ月もすると、家は随分ときれいに住みやすくなった。
壁や天井、そして座敷の下には断熱材を放り込み、古い家特有の寒さや暑さを遮断した。古くなった配管を取り除いて、新しくした。もちろん、畳も新しくした。
それほど広くない家でよかった。とため息をつきつつ
田島はようやく完成といっていい見た目になった我が家を眺めて一人で感慨に耽っていた。
天井の撓んだ板は取り除いて梁を剥き出しに、断熱材で天井を隔離した。
おかげで随分と広々としたいい空間になった。玄関や水回りなどやりたいことは山ほどあるが、この出来栄えには満足していた。
「やっぱ人間やればできるんだよなぁ。今度親を呼んでびっくりさせてやろう。」一人で酒盛りをしながら、あまりにも悠々自適なその生活の未来を田島は喜んでいた。
その時だった。
「こんばんは〜。」
と、若い女の声がした。
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