僕だけの秘密。
うちの高校には将来オリンピック有望と言われる女子柔道の選手がいる。
今日も彼女は先日行われた県大会での優勝を、全校生徒の前で表彰されている。ピシッと制服を着こなして、キュルンと丸い瞳でまっすぐ校長先生を見つめるその眼差しをマスコミのカメラが追いかける。
女子柔道界の新星。アイドル。なんていう見出しが週刊誌を飾り、ネットの世界でも彼女はもてはやされまくっている。
YouTubeでは彼女の試合の動画をまとめたものがいくつもあって、
ライバルや仲間たちと試合場の外で談笑している爽やかな笑顔や、普通の女子高生らしい素顔もいくつか紹介されている。
確かに、柔道をやる女子の中で彼女は一際可愛い顔をしている。
目鼻立ちはしっかりしているし、頭もいい。そりゃあ、これぞアスリート!という目立たせ方をしたいうちの学校からすれば、これほどお誂え向きの選手はいない。
しっかりと規定通りに長くしたスカートに気をつけながら壇上から降りると、柔道部らしく正面と校長先生、そして取材のカメラマンたちにもペコリと一礼をして自分の整列するべき場所に戻る。静かでおしとやかなその所作は、普段ならあまり落ち着きもなく先生の話もざわめいて聞けない生徒たちを注目させ、さざめきのような上品な拍手すら起こさせてしまう。
上村春奈は、そういう才能を持っていた。
そういうって、いうか。なんていうか。
まあ、それは後で話す。
教室に戻る。
僕と上村春奈は同じクラスだ。
というか、僕と上村春奈は幼なじみだ。
「なあ、祐樹よぉ、お前いいよなあ。」
僕の名前は中村祐樹という。
「何がよ。」
素っ気なく答える。
質問の内容はいつも同じだ。
「何がってそりゃあ、あの上村さんと幼なじみってことだろうがよ。今でも喋れるんだろ?」
友人の剛力大介は名前の豪快さとは裏腹に細身のどこにでもいるインドア野郎だ。彼は上村春奈に気があるらしいがすでに世界レベルの大会で優勝経験のあるトップアスリートたる彼女と自分の格差に声すらかけられないらしい。
まあ、それはわかるけどな。
「まあ、喋ることは喋るけど。だからと言って何もないよ。」
僕はそう言って、ちらりと上村春奈の方をみやる。
彼女は彼女の友人たちに囲まれて、楽しく話をしている。が、その瞬間こちらにはまるで磨き、研ぎ澄まされた銀の矢の切っ先のような視線が飛び込んできて、僕は慌てて目を逸らした。
「ああ、いいなあ。俺も上村さんと話したいなあ・・・。」
目の前でうずくまって青春の恋煩いに悶々とする剛力にかけてやれる言葉はない。まあ、言えることがあるとすれば、そうだなあ。今が一番適切な距離感であり、今が一番楽しいんだろうな。ということくらいか。
何しろ、上村春奈は人気者であり、アイドルであり、憧れである。
その清楚なルックスと端正な顔立ち、柔道という(実はその内情をほとんど人に見せるわけにはいかないような競技なのだが、)神秘的にメイクアップされた一部分のイメージと合わせて世間は、ミクロな単位ではクラスメートですら。その印象に『騙されて』いるのだ。
『そういう才能を』彼女は持っているのだ。
僕の憂鬱は、ゆっくりとカウントダウンされていく。
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