他の星から。
玉木純也は親指の爪を噛んでいた。
建てつけの悪い、歪んだ牢獄の中で。
蒸し暑いこの国の気候は、生まれ育った日本に比べても劣悪を絵に描いたようだった。今日も一日このコンクリートの壁にもたれて、座って、膝を抱えたまま親指の爪を噛んでいる。
くそ。。。
どうして俺が。
玉木純也は国際ジャーナリストを自称して世界を飛び回る武器商人だ。
各国のテロ組織と顔がつないであって、それぞれがとても体のいい玉木の顧客だ。
しかし今回はタイミングと旗色が悪かった。
日本がこの国との貿易を打ち切ると発表したからだ。
つまり、今ここにいる日本人である玉木は実に都合のいい人質だ。
いつも通りテロ組織の窓口と交渉のテーブルについているとき、唐突に拉致されてお手製の牢獄に監禁されている。
昨日、隣ではイギリスの玉木と同じ武器商人が牢獄の中で生きたまま火を付けられて殺された。気管が焼けて声が出なくなるまでの間叫び続ける男の声を玉木は灼熱に灼熱を重ねた中で聞き、人間が生きたまま焼け焦げていく異様な匂いを嗅いだ。今もまだ、ひどい匂いがこの辺りに充満している。日本の潔癖な世界では味わうことのできない、最悪の経験だ。
おそらく・・・・。
と玉木は自分の先を案じた。
この後彼らテロ組織は玉木を通じて日本と交渉を始めるだろう。
いや、もう始めているのかもしれない。
そして多額の身代金と貿易の再開を要求するかもしれないし、日本を通じてアメリカとの対話の場を設けろと要求するかもしれない。
武器商人などという玉木の立場がバレた日には、もう日本にも帰れなくなるだろうし帰ったとしても、まともな生活は送れそうもない。
ああ。
八方塞がりだ。
玉木は、それならいっそ。
と考えたが隣で焼き殺されたイギリス人の断末魔と、苦しみ悶えていた時間の長さと、この臭いを思うと殺してくれとも言えなかった。
くそ・・・。くそくそ・・・・。
そもそも日本が悪いんだ。
こんな俺の仕事の時期になんで・・・・。
玉木はそう言って親指の爪を噛んだ。
日は暮れていった。
夜になってもじめっとし続ける。
玉木は目の下にクマを作りつつ、恨めしく虚空を見つめたまま、何かいいアイデアを思い付けと自分に鞭を打っていた。
しかし考えても考えても、最悪の未来予想図が頭の中に次々と展開されるばかりで自分が無事にここを出て祖国に帰れる景色が思い浮かばない。
どうせ頭の悪いテロ組織の奴らだから徹底的に暴れてハッタリをかませばいけるんじゃないか。という勢いのある考えは次第に萎んでいって、壁を挟んだ隣で焼かれたイギリス人のように、こちらの知能指数を塗りつぶすほどの短絡的思考によって殺されてしまう可能性の方がはるかに高いことを、玉木は認めざるを得なかった。
考えれば考えるほど、絶望的だ。という観測が強化されていく。
はあ・・・・。
深く、深刻なため息が何度となく溢れ出す。
自分のタイミングの悪さと、全く使えない日本政府の独断専行に嫌気がさす。
明日のこの時間。
自分の命はあるのかさえ、ここでは判然としない。
一分後、隣のイギリス人と同じように燃え盛る炎の中で必死に命乞いをしているかもしれないのだ。この場所で、玉木の命は一枚の紙以上の重さにならない。
はあ・・・・。
とため息をついて深く目を瞑ると、
一瞬、ブン・・・・と耳鳴りがして、え?と目を開けて、様子を伺う。
何かが変化した感覚がある。
玉木は身を強ばらせながら、ゆっくりと顔を上げる。
もう月明かりさえ差さない暗闇の牢獄の中のはずなのに、明るく感じられる。
そして、昨日隣で燃えたイギリス人の、あの悪臭がない。
「玉木純也さん?」
唐突に名前を呼ばれた玉木はガバッと顔を上げて、そこにいるはずのないものを信じられないような表情で見上げた。
「あ・・・な・・・・・なん・・・・?」
それはどう見ても日本人の女だった。
女、というにはあまりにも若い。
女の子と表現するべき年齢だろう。
「あ・・・・。なんで・・・?」
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