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Night Walker 1

 「今月これで何件目だっ!」

藤原の大きな声が飛ぶ。
井上正人にとって、この連続するあまりにも奇怪な事件は悩みの種でしかない。また新宿の真ん中で人が死んだ。

「被害者は!!?」

「立野真樹夫、37歳、自営業です・・。」

「違う!前科はあるのかと聞いてるんだ!!」

「あ・・はい・・。婦女暴行で2年前に・・・。」

「それで!!?」

「あの・・・現在別の事件の被疑者として捜査していました・・・。」


「またこれだ!!!なんでだと思う!!??前科があって、現在また別の事件の被疑者として行方を追われている者ばかりがなんで今月に入ってうちの管轄だけで5人もだ!!なぜ、同じ条件の奴が殺される!!??警察も手をこまねいているうちに、公開捜査もしていないのに、だ!!なぜ犯人はそいつが、何かの犯罪を犯した前科者だと、知っているんだ!!!」


「いや・・・それがわかれば・・・ねえ。苦労はしないってことで・・・。」

口角泡を飛ばしながら怒号をぶち上げ続ける藤原に、ヘラヘラと井上はもう半分お手上げといった意味でボソボソと返事をする。

「やかましい!!!お前は早く聞き込みにでも行ってこい!!!」

井上正人は逃げるように署を飛び出して、立野が遺体で発見された場所へ足を向けた。夏の盛り。自動扉を抜けると息をするのも辛くなるようなムワッとした湿気まじりの風が出迎えてくれた。熱だまりになった車に乗り込み窓を開けるとそれなりに真夏の風情が感じられる。
周りの迷惑にも鑑みずに自らの命の尊さを喚き散らすセミの合唱にはそろそろ辟易とするも、あと数ヶ月もすればこの真夏の照りつける太陽も、この恐ろしい暑さも、そしてセミの大合唱ですら懐かしくどこかノスタルジックに思うことがあるのだろうと思うと、それほど邪険にするものでもないな。と井上は思った。

現場に着くと、もう現場検証も終わり元どおりあまり人気のないビルの合間には暗闇が広がっていた。
新宿とはいえ、一つ入り込めば人の目につかない空間はとても多い。
この大きなビルの谷間にだって、孤独になる瞬間を作る暗闇がある。

昼間でさえこうなのだ。
犯行時刻と目されている夜中など、漆黒の闇になるだろう。
ここで、何が起こったというのか。
井上は目を閉じて、スッと息を吸い込んだ。
夏の湿気とビルの谷間の埃っぽい風が、背中から井上を追い越すように吹き去っていった。ゆっくりと目を開けると、ほんの少し暗闇には目が慣れた。
立野が倒れていた場所にも、そしてその周辺にも。
もう井上が見つけられるような手がかりというのはなかった。

「聞き込みっつってもなあ。こんなの、誰も何も見てねえだろっての。」

車を止めてここまで歩いてきただけでも背中に汗がにじむ。
井上はとりあえずその暗闇を飛び出して大通りまで歩いてみることにした。
どういう理由でここに立野が来たのか。呼び出されたのか、通りすがったのか。それすらも、その現場よりも深くて冷たい闇の底に沈んでいて概要を掴むことすら井上には困難だった。

大通りに出ると平日の昼間だというのに人通りは目が眩むほどに多い。
学生は夏休みの真ん中。8月の新宿の風景としては、まあ平年並みなのだろう。

楽しそうに街をゆく若者に、自分のような、どこまで深いか分からない池に無防備に飛び込むような暗澹たる気持ちを持ったものはいないだろうな。
と、井上はため息をついて踵を返した。

振り向いた瞬間、なぜか気になる女の子が井上の横を通り抜けて行った。
(女子高生・・・いや、女子大生か。)
長い髪の毛を後ろで一つに括って、一人でどこかに忙しそうに歩いていく。

「あ・・あの、」

井上はとっさに彼女に声をかけた。
なぜそんなことをしたのかを井上は理解していない。
本能とも勘とも言い換えることのできる第六感が働いたと言える。

くるりと振り向いた彼女はどこか寂しそうな目をした美人だった。
化粧っ気のない顔ではあるが目鼻立ちはくっきりとしていて、細身で
身長は165あたり。少し驚いたような顔で井上を振り返ると、彼女はおずおずと「・・・・はい・・・?」と返事を返してきた。

「あの。。ごめんなさいお忙しい時に・・・今少し時間いいですか?」

井上はそう言いながら夏物ジャケットの内ポケットから警察手帳を出した。

「あ・・・はい・・・。」

彼女は少し警戒を解いたような、そうしてまた別の意味で驚いたような顔をして協力姿勢を見せた。彼女は、まっすぐに真っ当に、この辺で数日前に起こった殺人事件のことを知らないと答え、井上と別れた。

「そりゃそうだよなあ。」

彼女の協力に感謝の意を伝えてまた現場に戻る数歩のうちに井上は二回も同じ言葉とため息をついた。こんなに人がいる中で、こんなに人が流れていく中で、一瞬目があって、なんとなくそんな気がしたからっていだけで手がかりが落ちているほどこの世の中は甘くない。

井上はそう思い直し、人通りの凄まじい通りを背にして近くの喫茶店にて時間を潰そうと考えた。


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