蛇女捕獲大作戦。

 ぼくの小学校では今、流行っている噂話がある。それは隣町の神社に蛇女が住んでいて犬とか猫とかを食べてしまうという噂だ。
最近では小さな子供まで食べてしまうという話も聞いた。噂の真相を確かめるべく、ぼくと啓太と由香の不思議探検隊は蛇女捕獲大作戦に乗り出した。

蛇女は夕方になるとどこからともなく現れるというから、ぼくたちは金曜日の放課後自転車でとなり町の神社まで繰り出すことにした。隣町といってもぼくたちの学校からは真反対だし、それにその神社も隣町のさらに端のほうにあるから結構時間が掛かった。神社に付くころにはぼくも啓太も由香も疲れてしまっていた。だけど、その神社の雰囲気はとても怖くて、ぼくたち不思議探検隊は疲れなんか忘れてみんなでゆっくりその暗くて大きくて、木々に囲まれた神社の様子を見て回ろうということになった。誰も帰ろうとは言わなかった。でもぼくは、少しだけ帰りたかった。その神社のどこからか、誰かがジッとぼくたちを見ているような気がしたからだ。このあいだ自転車の鍵が壊れてしまったという啓太の自転車とぼくの自転車を、ぼくのチェーン式の鍵で結んで少し小高い丘になっている、その神社の中へ入っていった。

夕暮れ時、真っ赤な夕日に照らされている神社の外側とは打って変って、木々に囲まれている境内はもうすっかり暗い。見上げれば木々の合間からオレンジ色の空がゆったりと流れているのが見える。カラスがいやにうるさい。

ぼくたちは30分ほどひと気のない境内にいて、何にもなさそうだなという手ごたえを得て帰ることにした。ぼくは少しだけほっとした。その視線はずっとぼくたちにへばりついていたと感じていたから。物陰から、社の影から、ジメッとした気配は今もまだぼくたちを捕えてはなさない。そんな気がしていた。カラスが怖いくらいに鳴いている。

するとざあっと木々を揺らす風が境内を駆け抜けた。少し肌寒い風と共に、カラスが数羽慌てたように飛び立っていった。その羽音に交じって人の足音を聞いた。

「こんなところで何してるの?」

ぼくたちがギョッとして振り向くと、いつの間にかぼくたちのすぐ後ろに女子高生が一人立っていた。
ぼくたちは不意を突かれて口々に「ぎゃあああああ!!!でたあああああ!!!おばけええええええ!!!!!」と叫んだ。
すると女子高生はびくっとした様子を見せて、そのあと笑った。
「ちょっとお、なによ人をオバケだなんてひどいじゃない。おばけじゃなくて17才のとっても普通な女子高生だよ。ほら脚もあるし。」
ただでさえ短いスカートをひらひらさせて自分の脚をぼくたちに見せる。真っ白で透き通るようなその脚はすべすべと光っているようにさえ見えた。
そのお姉さんは自分のことをさゆり、と紹介した。やさしそうに微笑むその顔は賢そうで、とても可愛くて綺麗で、ぼくたちは一瞬でさゆりさんのことを好きになった。
でもぼくはさゆりさんが凄く冷たい目をする事に気がついていた。その冷たさは明らかにこの境内に入ったときからぼくが感じていたものだった。
でもきっと気のせいだろうと自分に言い聞かせて、さゆりさんを入れた四人で色んな話をした。
さゆりさんは神社が好きで、学校帰りにはひとりでここに来る事があって、今日は珍しく先客がいたから話しかけたんだそうだ。
啓太が唐突に、「ぼくたち、蛇女を探しに来たんです!」と言った。さゆりさんは啓太のまじめな様子に少し驚きながら、それなあに?と聞いてくれた。ぼくたちは、ぼくたちの学校で今流行っている噂話の一部始終をさゆりさんに話して聞かせた。さゆりさんは時折、口元をおかしそうに歪めながらでもまじめにぼくたちの話を聞いてくれた。話し終えるとさゆりさんはとても興味ありげにふうん、といって考えるような顔をした。この神社によくくるというさゆりさんがもしかしたらとびっきりの特ダネを持っているかもしれないと期待していると、由香が「おトイレ行きたい」と言い出した。
さゆりさんがトイレはあっちだよ、と境内の奥のほうを指差した。
由香はもうずいぶん暗くなってしまったからか、ぼくに着いてきて、と言った。何だよトイレぐらい一人で行けよ。というと、さゆりさんは「そういうときは付いていってあげるものだよ。ほほほ。」とからかうように言い、ぼくと由香は啓太とさゆりさんを残してトイレに行った。

「ねえ、いるー?」「いるよー。」、、、、「ねえ、いるー?」「いるってば。」

トイレの中の由香と外にいるぼくは3秒ごとにそこにいるかどうかの確認を繰り返して、由香がトイレが終わるまでそうして過ごしていた。時間にして3分もなかったはずだ。

さっきみんなで話をしていたところから、トイレを済ませて戻るまで大きく見ても7分といったところだろう。戻ったとき、啓太の姿が無かった。
さゆりさんはどこを向くわけでもなくほとんど日の暮れ掛かった町を、小高い丘になっている木々に囲まれた境内から眺めているようだった。明らかに雰囲気が変わっている。
あれ?啓太は?ぼくが聞くと、さゆりさんは「用事を思い出したって、今帰っちゃった。」と妙に静かな声で答えてくれた。由香はその答えに何故か納得したようで、そっかーじゃあ私たちもそろそろ帰ろうか。と言った。ぼくも、そうしたいと思ったけど、なによりも啓太がどこにいるのか心配になった。啓太は一人では帰れない。なぜなら、ぼくの自転車と結んでおいてあるからだ。その鍵は今もぼくが持っている。
さゆりさんは薄暗い境内の中から外へ出ようとするぼくらを見つめている。「気をつけてね。」というその声はどこか不気味で、言葉以外の意味を含んでいるようだった。ぼくはすでにさゆりさんを疑っていた。
だけど、由香を危ない目に合わせたくなかったから躊躇っていた。でもこのままぼくらが帰ってしまっては、啓太が危ない。啓太はもう危ない目に遭ってしまっているかもしれないのだ。さゆりさんはきっと、蛇女だ。

ぼくらを帰した後、啓太を食べるに違いない。

ぼくは由香を境内の入り口に待たせて、一人で「忘れ物をしちゃった」といってさゆりさんのいる境内にもう一度戻った。そして、木の影に啓太が居ないか見て回った。さゆりさんが少し離れたところから、何を忘れたの?と静かに聞いて来る。ぼくは家の鍵、と適当な事を言った。

そしてぐるぐると境内を回り、ついに社の影に啓太が倒れているのを見つけてしまった。啓太はぐったりとしてはいるが息はある。ぼくはさゆりさんに気付かれないように、ひそひそ声で啓太の目を覚まさせようと試みたが次の瞬間。

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