特殊な能力ガール。
『胎動』
明日香には奇妙な感覚があった。
例えば椅子を見ていて、『ここを蹴ったら壊れるな。』という感覚。
車を見ていて、『ここがダメになったら動かなくなるな。』という感覚。
それをはっきりと知覚したのはまだ小学生にも上がるより前のことだったか。明日香はぼんやりとこの世にあるものの『壊し方』に興味があった。
妹の春香にはもっと奇妙な感覚があった。
それは人間とそうでないものを見分ける感覚だ。
人間であればそれは自分でものを考え自分の意志を持って生きようとする耀く命に見えるが、そうじゃない存在というのがあることを春香は明らかに感じ取っていた。
ただ無意味に快楽を貪り、享楽に耽り、自分の意志というもののないことにさえ気がつかないもの。春香はそれを『泥人形』と呼んでいた。
この世界には人間とそれ以外のもの、つまり彼女のいうところによると泥人形とに別れている。のだそうだ。
事件が起こったのは、明日香が高一、春香が中二の夏だった。
二人で自転車に乗って、学校の川沿いを走っている時だ。
まだ日は高く蝉がみんみんと泣き喚く暑い夏。
近くのコンビニまでアイスを買いに出たところだった。
ギッ・・・・!!!
春香の自転車が急にブレーキをかけた。
「お・・・お姉ちゃん、あれ危ないかも。」
緊急の声色。
その川には土手を降りて行ける舗装工事がされていて、
ふと見ると川に足をつけて涼んでいる小学6年生くらいの女の子が二人楽しそうに話をしている。
そしてその後ろに、見るからに怪しい男が一人よろよろと近づいているのが見える。「あれ・・・めっちゃ泥人形・・・。なんか、襲おうとしてるみたい・・・。」春香が嫌悪感むき出しの表情でそれを見下ろして言った。
ガシャンッッ!!!!
明日香は自転車をその場に倒して走っていた。
無我夢中だったのは、その男の手にはナイフが握られていたからだ。
明日香はどうして自分の体が考えてもいないのに動くのかを不思議に思っていたがそんな思考で足を止めている場合ではなかった。
男はスウェットのズボンに青のTシャツを着て、そしてまだ楽しそうに喋り続けてキャッキャとはしゃぐ女の子たちはその不穏な姿が迫っても気がつかない。
「あぶなーい!!!」
明日香が間に合わないと踏んで大きな声を上げた。
彼女らはビクッと体をこわばらせながら後ろを振り返り、そしてようやくナイフを振りかざした40歳くらいの男を見て、「きゃあああああああ!!!!!!」と声を上げた。
安穏としていたセミの大合唱がぴたりと止んだ。
「なんだ・・・お前・・・・・。」
青いTシャツに汗染みを作った男が明日香を睨みつける。
油ぎった顔、その焦点の合わない目。
明日香は駆け寄りながら、その奇妙に歪んだ顔をはっきりと見た。
それは意思がないばかりか、操られてさえいるようだった。
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