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静寂る。

※この作品は『消失る。』の関連作品ですので、購入の際はご注意くださいますようよろしくお願い申し上げます。

 とある飲み屋でのことだ。
俺はこの街に引っ越してきてまだ数週間。
なんとなく、生まれ育った地元を抜け出して自分のことを誰も知らない土地で新しく生まれ変わってみたい。というたったそれだけの動機で、仕事を辞めて引っ越してきてみた。

まあ、どこにいても人間のすることにかわりはない。
夜になれば寝て、朝になれば起きる。
それぞれが社会の中で営みを育んで、家族を持ったり
もしくは一人で悠々自適を満喫したりして
1日を過ごす。それが、延々と繰り返される人生というものの全てだ。

俺は、この街に引っ越してきてなお
地元にいた時と同じように暇になれば携帯を眺め、
気が向けば外に出る、夜になれば寝て、朝になれば起きる。
そんなことを続けている自分が嫌になった、

だから、何か起こればいいな。と思っていた。

だから、普段は行かないそんな飲み屋になんて行ったのだと思う。


彼女とはそこで出会った。
マスターが話の先を彼女に向けるので
俺もそれに乗っかった。他愛のない、この街に引っ越してきたばかり、という共通点についての話は酒の勢いもあって盛り上がった。

彼女は近くの中学で教師をしているという。
25歳。まだ始まったばかりの教師生活は充実していそうだ。
とても明るくて、可愛いという印象を持った。
長い髪の毛と大きな瞳。口元に浮かんだ微笑みは、しかし可愛らしさを通り越して色っぽい。上着を脱いだ胸元は程よくその形を露わにしていて、女性っぽさをこれ以上なく表現していた。

例えば、自分が中学生の時にこんな女教師がいたらたまらなかっただろう。

「あの、このあと時間ありませんか?」

彼女は酒に酔って少し赤くなった顔を俺に向けて好奇心、もしくは悪戯っぽく微笑みかけた。

俺は自分の人生に新しい風を渇望していたので彼女の言葉に靡くことにした。「ええ、暇ですよ。次、行きますか?」
俺がそう返答すると、彼女はその微笑んだ顔のまま、「うちきませんか?飲み直しましょう?」といった。
あまりにも大胆な子だな。と思ったけど、こういうこともあっていいだろう。と思い直した。飲み屋から外に出ると、少し冷えた。
まだ冬というには早いが秋というには遅い。
「寒くなり始めが一番堪えますよね。」
彼女はコートをしっかりと着込みながら肩を振るわせた。
まるで愛らしい小動物のようだと思った。

歩いて少しの場所に彼女の住んでいるマンションがあった。

「今は友達とルームシェアしてるんですよ。」
家に上がると彼女が唐突にそんなことを言った。

「え?そんなとこに来ちゃってお邪魔じゃない?」

俺がそう尋ねると、「大丈夫。友達は夜遅くに帰ってくるだけなんで。」と、彼女は何気なく言った。部屋は確かに、一人で住むには相当広い。
生活感、というものを感じるよりも先に
女の子の部屋、という甘くて心がときめく匂いが俺を冷静さから引き摺り下ろした。

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