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残酷な純情 1

 男はまるで血に飢えた狼のような眼差しをその大きくもない建物に注いでいた。

山上丈という名前のその男は、腕っぷしに自信があるだけの男だった。
何の仕事をしてもうまくいかず、いつもフラストレーションをためていた。

ある日山上は隣町の空手道場へいわゆる道場破りを仕掛けた。
それは腕試しの側面もあれば、ストレス発散の意味合いもあった。つまり殴っても殴られてもうまく仕事ができない鬱屈とした気持ちは晴れるだろうし、自分というもうすぐ30歳になる格闘技にしか才能がない人間がどの程度通用するのかを試してみたかったのだ。

結果は、その道場に山上が恐るべき実力を持った者はいなかった。
館長でさえ、山上の上段蹴りでいとも簡単に昏倒した。

消化不良、それが最初の感想だった。

「看板はもらっていくからな。」

そんなものをもらってどうするんだ、という気持ちもありながらこういう場合はこうする、というなんとなくのしきたりを山上はなぞった。

そしてノックアウト状態から回復した館長は、またしきたり通りに「それだけは勘弁してください・・・。」と茶封筒を山上に渡してきた。

山上はしかしそのしきたりを知らなかった。
え?とキョトンとした顔で戸惑いながらも中を覗いてみると10万円が入っていた。

「え・・・あ・・・・。。。。」

言葉をなくした山上に、館長は「安過ぎると思いますが、これでも私たちの精一杯です。どうか・・、どうか看板だけは持って行かないでください。」
と、そのガッチリとした体を小さくして、ことの次第を見守る子供たちの前で臆面も無く土下座をして見せた。

山上は、「わかったよ・・・。。」と半分うろたえながら、そこまでするつもりじゃなかったんだが、という自分への言い訳もしつつ茶封筒を受け取り持って帰っても仕方ない看板には手をつけなかった。

家路につき、自分がしたことはもしかしたら犯罪じゃないのか。という妙な不安と高揚が相見える心の中をなんとか説き伏せて、電車に乗った。

館長から渡された茶封筒の10万円というのが、しかし自分の強さの価値だとしたら?山上は、そう考えた時こそ高揚した。胸が高なって、ワクワクとした。自分の生きる道をようやく肯定できるような気分になって走り出したいような衝動に駆られて、身が震えた。

次の日から、山上は道場破りを専門とする野良の格闘家に転身した。

柔道、空手、合気道、総合、様々な道場へ出向いては道場破りをして、看板の代わりに金銭を受け取った。

あっという間に月の収入はうまくいかない普通の仕事の10倍に膨れ上がった。リスクは高いし、危ないことも多い。しかし、山上は生まれて初めて自分の力で勝ち取った、いわゆる桁違いの収入に満足していた。

そして、山上はどこの道場が金を持っているかを計算し始めた。
そのお眼鏡に叶ったのがここだった。

「ハッスルガールズ」

という看板のかかった道場。
最近人気の女子プロレスの道場だった。親会社に大きなゲーム会社を持つこの団体は潤沢な資金をカサに来て大きな試合をいくつも打っている。観客動員は業界全体の動員の半分以上をハッスルガールズが占めていて、いかにも時代の最先端をいく雰囲気のある団体だった。

「ここなら金はいくらでもあるだろう。」

山上は飢えた狼のような目をしてその建物の様子を伺った。
そしていつも通り、ボロボロの試合用タンクトップと短パンにトレーニングシューズという出立でその道場の扉を無作法に開いた。

山上の予想では、おそらく中にはレスラーたちが練習しているんだろうと思っていた。「だれだてめえは!」「うるせえ!道場破りだ!」「何をコラ!」「だまれ!」ボカー「きゃあ!」「んだ所詮女かコラ!」「おいおい、急に入ってきて無礼なやつだな」「なんだお前が一番偉そうだなおい。」「いいよ、かかってこい。プロレスの怖さを思い知らしてやる。」「望むところだこら。」ボカボカドンドン「何がプロレスの怖さだよ。やっぱてめえら所詮女だな。おい、看板はもらっていくぜ。」「そ・・・・それだけは・・・・涙」「それが嫌ならよお、地獄の沙汰も何しだいって言うだろ?」「は・・・はいっ・・・・」百万円〜!!ゲットだぜ!

と、そこまでのシミュレーションを組み立てていた。
が、開いた扉の向こうはガランとしていて、早速山上の予想は脆く崩れ去っていった。

「あれ・・・。」

「こんにちはーっっ!!」

山上は飛び上がって驚いた。
開いた扉のすぐそばで1人黙々とスクワットをしている女の子がいて、彼女が元気いっぱいスクワットをしながら挨拶をかましてきたからだ。

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