ニューワールド。
男は酒によっていた。
毎日の労働は過酷ではなく怠惰を極め、
社会という場所に飛び出した最初の気持ちなどはついぞ忘れ果てたまま、
自分が損をしない、自分が不利にならない、
つまり何もしないという選択をし続ける人生に落ちぶれていることに気づきつつ、しかしそれをただそうともしない自分への自己嫌悪と、
気がつけば周りの人間も全てそのように振る舞っていることへの安堵感と。
そのようなものを毎日抱え続けるストレスから逃げ出すような気分で、酒を煽るようになってしまった。
「いやあ、それは・・・・。」
いつもの逃げ口上を打つと客は言った。
「なんでそうまでして一つも働こうとしないんだよ。それで仕事したつもりなのかよ無様な人生だな。」
グッと歯を食いしばった。
お客様の声を聞く、というのは自分の耳で聴いて、そしてなかったことにする、という意味だ。問題を提起されても対応しない。
そうすれば何も起こらずに平穏な日々が過ごせる。
「お前みたいな奴の何がお客様相談窓口なんだ。生きてるだけ無駄だろうが。」
その通りでございますお客様。
男はそう言って目の前の客を殴りたいのをグッと堪えていたのを思い出す。
一番そう思ってるのは、自分自身だ。
なんの役にも立たない、ただの生命体。
こんな誤魔化したような仕事とも呼べない仕事をして、
それで毎月の給料をもらって、飯を食う。
何かのプロ、とは言えないただ無様な人生だ。
自覚があるだけに、面と向かってそう言われれば
実に堪える。
「くそが!!」
男は誰もいない夜の道、住宅街と住宅街の間の
すっぽりと暗い夜の道で小さくそう叫んで、
道の隣にある茂みに生えた木をドンと蹴って、よろめいた。
春の真ん中にある生温い空気に草木の潤沢な生命力が匂い立つ。
男は生きていても仕方がないと言われた自分の腐り果てた人生への当て付けのような気がして無性に腹が立った。
そして明日も、明後日も、その次も、
自分はあの情けなく、無様と罵られた仕事に殉じなければならないのだ。
こんな希望に溢れた草木の実る匂いの中で
これほどまでにうんざりとした気分にならなくてはいけないのはなぜだ。
男はぎりりと歯を食いしばって、目の前に迫る人の影に気がつかないままだった。
一瞬の違和感に目を開けるとそこには、なぜか下着姿の女が立っていた。
瞳の大きな、綺麗な女だった。真っ白な肌はどこまでも透き通るようで、
そして紫の大人っぽいランジェリーがやたらと色っぽい。
こんなところで、なんで。
まだ二十代も前半だろう彼女はまっすぐに男を見つめていた。
夜の微かな光の中で、彼女の生々しい肉体はそれ自体が発光しているようにさえ見えた。
彼女は裸足だった。
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