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ここから見える景色を、きみは忘れることができない。

 わんわんと、蝉が鳴いている。
夏の景色はいつでも世界の光を倍加させて、
緑はそれそのものよりももっと緑に、
空の青さはそれそのものよりも、もっと青く。

そしてそれは光を反射するメカニズムばかりではなく
人の心をさえ色鮮やかなものにして見せるものだ。
楽しい気分はさらに楽しく、
鬱屈とした気分は、さらに激しく。


ここは、とある高校の柔道場だ。

長く顧問のいない、部活動というよりも同好会の風情の方がしっくりとくる柔道部。その中に一人、将来を有望視されている部員がいた。
その名前は「橘健斗」。
小、中と全国大会の常連であり県内でも強豪校と呼ばれる場所からスカウトがあったにも関わらず、彼はそこへと靡かなかった。

名もない高校へ行って、そこで自分にしか追求できないチームを作って、
そのチームで全国へ行きたい!

という高尚な理由は彼の中にはなかった。

もうしんどいのは嫌だし、一生懸命やって勝つんじゃなくて
弱い奴らの中で圧倒的でありたい。

つまり、橘健斗は慢心していたのだ。

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