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知らなくていいこと。

 尾崎誠太郎は、しがない大学生だ。
中途半端な学力で中途半端な大学に入ったのはいいが、あっという間に目的を見失っていた。この小さなアパートの一室に引きこもって目的を見失った人生の壮大な失意というのを薄汚い天井を見上げて思い知らされていた。

朝が来ようとも、それが夜になろうとも。
尾崎誠太郎にとっては大した問題ではない。
ただカレンダーの日付がひとつ進むだけ。
季節がどちらに向かおうとも、尾崎誠太郎の心が何か感動に達するということはない。

「はぁ〜・・・・。」

大きなため息は行き場もなく、知らぬ間にゴミ屋敷のようになった部屋の中に雲散霧消する。自分がそうしたつもりもなく、部屋のカーテンは見窄らしく破れていて、人通りも少ないアパートに面した通りからは楽しそうな学生の酔っ払ってはしゃぐ声が聞こえている。

もう何曜日の夜かもわからない。
いつから払っていないのかわからない光熱費の請求書が部屋に散らばっている。
誠太郎は手を伸ばして裸電球の紐を引くが、カチッと音を立てたきり音沙汰がない。「ハァ〜・・・・・。。。」さっきよりもいくらか深刻なため息がまたこの暗い部屋のゴミゴミした空気の中に溶けていく。

もう・・・いっそのこと死んでしまおうか。

数日前からぼんやりと頭の中にあったそんな思いが、
今日はいろんなことが重なってしまって
サッと軽く拭い去ることができなくなっていた。

その方が楽かもしれない。

もう、こんな落魄れた人生なら。
全部なしにしてまた0からやり直した方が。

いいのかもしれない。

誠太郎の目の中に、入学式の時に着たスーツが壁にかかっているのが見えた。ジャケットの中にズボンがあって、そのズボンの上にかかるように革のベルトが下がっている。

楽になりたい。

そう思った時には、立ち上がって誠太郎はそのベルトを手にしていた。
まだ硬く馴染みの悪いベルトの先を部屋に作り付けられている無愛想な棚にかけて、自分の首にその逆端を巻きつけた。

はたと思った。

死ぬのは怖いことなのだろうか。

尾崎誠太郎は久しぶりに胸が高鳴るのがわかった。
その好奇心に、今から頭を突っ込むことができる。
座った位置よりも少し短くベルトを調節して、
ドキドキと高鳴る胸を抑えて、
尾崎誠太郎はゆっくりと座り込んだ。壁を背にして、
ぐぐぐ・・・・と革のベルトが強く首に食い込み始める。

「っ・・・んぐっ・・・!!??」

それは、想定していなかった苦痛だ。

ずる・・・と足が滑る。
一気に首に体重がかかる。

「んがああああっ・・・!!!!ああああっ!!!!」

両手でベルトをかきむしる。

誠太郎には想像もできなかったことだ。
今いる世界から死を持って逃げるということが
どれほど辛く、罪深いことか。

誠太郎は頭を真っ白にした。

『こんな苦しいなら死ななくていいです!!!』

頭の中ではっきりとそう宣言した。
ばたつかせる脚のせいで首にはさらにベルトが食い込む。

『やばいやばいやばいやばいやばい!!!!』

メキメキっ!!と作り付けの棚が軋む音がする。
それもそのはず、その棚の耐荷重量は1キロ程度だ。

『死にたくない!!!死にたくないって!!!!』

浅はかな思いつきを誠太郎が悔やみ出した頃、
ちょうどタイミングよく「バキバキぃっ!!」と音を立てて、
その作り付けの棚がぶっ壊れた。

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