祖父と私と腕時計の話 #2
#1の続編です。
ちょうど、祖父が亡くなった大学1年の10月頃から、私は徐々に変わっていった。
(この時期からというのはただの偶然であって、結びつけるべきではないのに、勝手に宿命的なものを感じてしまっている。)
私は大学生になって暫く、ダラダラと張り合いのない日々を過ごしていた。
やりたいこととか、将来の夢とか何一つなかった。考えてもいなかった。
そんな私とは対照的に、同級生はみんな「この大学でこれがやりたくて受験頑張った!」「将来これがやりたいからこの授業を受けたいんだ!」とか、目を輝かして話す人ばかり。その輝きが眩しくて、鏡に映る自分がよく見えなかった。
この大学を選んだことは間違いだったのでは、と思っていた。
そして10月。
なんとなくで入っていたサークル内で、チームを組んで行うプロジェクト(のようなもの)が始まり、なんとなくで参加を決めた。
そこではディスカッションが度々行われた。
昔から人前での発表や話し合いの類には苦手意識があり、初めは周りに圧倒され、全く話せなかった。
短時間で言葉がまとめられない…
こんな意見は感覚的すぎるかな…
真剣に考えたのに否定されたらどうしよう…
いつも勇気が出ず、一歩が踏み出せない。
さすがにまずいと思って周囲にアドバイスを貰っても、当たり前だがすぐに発言できるようにはならなかった。
でも、幸いなことに、何を発言しようか迷う気持ちなど忘れてしまうほど、色々あって(割愛)チームが異常なスピードで仲良くなったのだ。
お互いの身の上話も無抵抗にするようなメンバーとのディスカッションでは、真剣に考えた意見も考えたままに、安心してチームに預けることが出来ていた。
発言する回数が増えていくほど、伝え方や話すタイミングも自然と掴めてくる。ここからは正のスパイラル。もっと上手くなりたい!と必死になって毎回のディスカッションで反省点を挙げ、対策を練り、実践を繰り返す。
すると私の発言が種となり、メンバーの心に蒔かれ、根を張るようになる。その根からまた違う意見が芽を出し、それを繰り返してチーム全体に大きな一本の木が育っていく。
その楽しさが衝撃的だった。
今までこれを苦手だと思って逃げていたのか。
話し合うのって楽しい。
自分の意見が人と違うことに恐れていたのに、違う意見が出れば出るほど面白くて、どんな大きな木に育っていくんだろうかとワクワクする。
気が付いたら、私はそのプロジェクトに夢中になっていた。
自分のプライベートの時間を費やしてでも、チームに役立つ情報を集めたり、提案を考えたりと、とにかく行動していた。
私はこのプロジェクトをやり切った後、「このサークルに入ったから、私はこの大学で良かったって思えた。」という言葉を無意識に何回もこぼしていた。心からそのまま出た言葉だ。今では、メンバーと会った時の私の常套句となっている。
1年後、人前や話し合いへの苦手意識はほぼなくなっていた。
さらに気が付いたら、自分が幹部になって、人前に立って、サークルを動かす立場になっていた。
頑張ることでしか得られない楽しさを知り、与えられた環境の中で最大限の力を出すべく、得意不得意に関わらず自分から行動するようになった。
アルバイトだって、課題だって、私生活全てに対しての向き合い方が変わった。
こうして気付いた。
この大学に進学するという4年前の私の選択は、正解だったんだ。
いや、「 私の行動が正解に変えた 」んだ。
この大学に入らなければ、こんな自分にならず、苦手なものから逃げ続けていただろう。
この大学で良かった。
こう思った日から今まで、私の中でずっと変わらない考えがある。
【人生とは、過去の選択を正解にしていく作業の繰り返しだ。】
22歳のくせして生意気にと思われるかもしれないが、私の中で「人生とは何か」と問われた時の答えはこれだと決めている。これから考えは変わるかもしれないが、とにかく今は、これだと思っている。
人生の中で、何かの選択をした瞬間に正解・不正解が決まるとは思わない。
大学受験の結果に納得がいかなくて、あの時こうしておけばな…選択を間違えた…と思っても、その大学でしか出来ない経験を自ら探しに行くことで、これで良かったと思えることがある。
朝起きるのが予定より遅くなってしまっても、体力温存だと思って、そのぶん短時間で集中して動く。そうすれば、この時間に起きたからこれが出来たんだ、と思えることがある。
忘れ物をして、確認しなかったことを後悔しても、気になっている子に話しかけて貸りることで近付くきっかけにすれば、忘れ物をして良かったと思えることがある。かも。
そうやって、細かいレベルでもひとつひとつ、過去の選択を正解に変えていくために行動するのが、人生なのだと思う。
「時をかける少女」に話は戻るが、未羽は過去に戻っても、ミホの死という過去を変えることはしなかった。
未羽はミホの自転車から手を離したが、矢野先生に写真と手紙を渡すという行動に起こすことで、あれでよかった、あれがよかったんだと思えるようになったはずだ。
過去に戻らなくても、過去は変えられるのだ。
失敗の過去なんてどうとでもなる。
失敗や後悔をしても、その状況を踏まえてこの先どう動くか?が大切なのだ。
選択を間違わない人なんていないだろう。
だから、今から出来ることをする。
祖父に貰ったこの腕時計は、祖父にお礼を言えなかった分、一生かけて大切にしよう。
私の学生時代を一緒に駆け抜けて、変わらずそばに居てくれたこの腕時計と共に、これからも時を刻んでいく。