AV違約金事件
こんにちは。
今日は、アダルトビデオへの出演を拒否したことによる違約金の支払いが問題となった東京地判平成27年9月9日(労働判例ジャーナル51号39頁)を紹介したいと思います。
1 どんな事件だったのか
ある女性が高校生の時に、駅前でスカウトされてプロダクションのタレントとして活動することになりました。女性がサインした営業委託契約の中には、業務に協力しない場合には違約金が発生するという内容の条項が含まれていました。
その後、プロダクション側が無断でAVの撮影の仕事を入れ、出演を拒否していた女性に対して「契約した以上、従う義務がある、キャンセルすれば100万円の違約金が発生する、撮影に来なければ親に連絡する」と脅しをかけて、出演を強要しました。その後も、「あと9本の作品に出演が決まっている」「違約金は1000万円になるぞ」と脅されたことから、女性は民間の支援団体に駆け込み、契約を解除すると通告しました。するとプロダクション側は契約違反を理由に、出演をしなかった女性に対して2460万円の支払いを求めて提訴しました。
2 東京地方裁判所の判決
東京地方裁判所は次のような理由で、プロダクション側の請求を棄却しました。
プロダクションは、女性をしてアダルトビデオに出演させ、ヌードにさせることを主たる目的として、当時未成年であった女性との間で、親権者の同意を得ることなく、業務内容に「アダルトビデオ」を明示しない第1次契約を締結した。この契約は、民法5条2項により取消しうべき契約である。
そして、プロダクションは、第1次契約に基づき、女性が未成年の間は露出度の高いグラビア撮影等に従事させ、女性が20歳になったときに、1本のアダルトビデオのため複数回にわたり撮影に従事させた。
プロダクションは、女性をして、業務内容に「アダルトビデオ」を明示した第2次契約の契約書に署名指印させた。そして、プロダクションは、女性に対し、あと9本のアダルトビデオへの出演が決まっていること、これを拒否した場合には1000万円くらいの違約金がかかることを告げて、第2次契約に基づき、女性をアダルトビデオの撮影に従事させようとした。
女性は、グラビア撮影の内容及びアダルトビデオへの出演が、第1次契約の当初より女性の意に反する業務であったため、グラビア撮影及び翌日のアダルトビデオ撮影の直前に、支援者を通じて、プロダクションに対し、第1次契約及び第2次契約を解除する旨の意思表示をした。
上記前提事実及び認定事実に基づき、女性の不出演が債務不履行にあたるかを検討する。
第1次契約及び第2次契約の内容は、女性が出演するものについてプロダクションの決定に従わねばならず(8条1項)、出演しなかった場合に損害賠償義務を負うとされているのに対し(9条1項、6項)、女性の得られる報酬の額や支払方法について具体的な基準は定められていない(7条1項、2項)。実際にも、女性がどんなグラビア撮影やアダルトビデオ撮影に従事するかについては、女性の意思にかかわらず、プロダクションが決定していた。また、プロダクションが芸能プロダクションの運営等を目的とする会社であり、女性以外にもアダルトビデオに出演する女優を多数マネジメントしてきたと考えられるのに対し、女性は、第1次契約の当時は18歳になって間もない高校生であり、第2次契約を締結したのも20歳であった。
これらの実情に照らすと、第1次契約及び第2次契約はいずれも、女性がプロダクションに対してマネジメントを依頼するというような女性中心の契約ではなく、プロダクションが所属タレントないし所属AV女優として女性を抱え、プロダクションの指示の下にプロダクションが決めたアダルトビデオ等に出演させることを内容とする雇用類似の契約であったと評価することができる。
そうすると、女性の解除は、2年間という期間の定め(3条)のある雇用類似の契約の解除とみることができるから、契約上の規定にかかわらず、「やむを得ない事由」があるときは、直ちに契約の解除をすることができるものと解するのが相当である(民法628条)。
アダルトビデオへの出演は、プロダクションが指定する男性と性行為等をすることを内容とするものであるから、出演者である女性の意に反してこれに従事させることが許されない性質のものといえる。それなのに、プロダクションは、女性の意に反するにもかかわらず、女性のアダルトビデオへの出演を決定し、女性に対し、第2次契約に基づき、1000万円という莫大な違約金がかかることを告げて、アダルトビデオの撮影に従事させようとした。したがって、女性には、このようなプロダクションとの間の第2次契約を解除する「やむを得ない事由」があったといえる。
そうすると、仮に第2次契約に基づき女性にグラビア撮影及びアダルトビデオ撮影等への出演義務があったとしても、女性の民法628条に基づく解除により、第2次契約に基づくこれらの義務は消滅したと認められる。したがって、女性がこれらの撮影に出演しなかったことは、債務不履行にあたらない。
以上により、その余の点を判断するまでもなく、女性はプロダクションに対し、債務不履行による損害賠償義務を負わない。
よって、プロダクションの請求を棄却する。
3 AV新法の成立
今回のケースで裁判所は、プロダクションの指示のもとにプロダクションが決めたアダルトビデオに出演させることは雇用類似の契約であり、女性の意に反するにもかかわらず、アダルトビデオへの出演を決定し、強要するのは民法628条にいう「やむを得ない事由」なので、契約の解除の通告により女性は債務不履行による損害賠償義務を負わない、としました。
その後、性をめぐる個人の尊厳が重んぜられる社会の形成に資するために性行為映像制作物への出演に係る被害の防止を図り及び出演者の救済に資するための出演契約等に関する特則等に関する法律、略してAV新法が成立し、出演者の債務不履行について違約金を定める条項が無効とされたり、契約書を交わしても1カ月間は撮影ができず、公表も4か月間を空けるものとされ、違反した場合には刑事罰が科されることになっています。
ただ、アメリカにかつて存在した禁酒法により、密売や質の悪い酒が出回ったように、法律による禁止でかえって違法な活動が横行するのではないかとの懸念がある一方で、アジアではAV製作そのものが禁止されている国もあり、日本で合法とされていることに批判的な意見もあります。この点について、引き続き議論を深めていきたいと思います。
では、今日はこの辺で、また。