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ウィーアーザワールド事件
こんにちは
今日は、ウィーアーザワールドのコンサートの収録がうまくいなかったことから裁判に発展した東京地判平成2年12月27日(判例時報1397号33頁)を紹介したいと思います。
1 どんな事件だったのか
株式会社音楽企画出版は、株式会社東通にウィーアーザワールドのライブコンサートの収録とビデオの原盤の制作を依頼しました。海外からボブ・アンディ、ジミー・ライリー、フレディ・マクレガー、ジュディ・モワット、マックス・ロメオ、トミー・コーワン、スタジオ・ワン・バンド等の有名アーティストを招聘し、昭和60年8月30日に「よみうりランドイースト」で「レゲエ・サンスプラッシュ・ジャパン・85」の公演が開催されました。しかし、一部に録音漏れがあるなど、コンサートをビデオ化して販売できなくなるほどの損害を被ったことから、音楽企画出版は東通に対して約7600万円の損害賠償を求めて提訴しました。これに対して東通も、音楽企画出版に対して請負代金の残額625万円の支払いを求めて反訴を提起しました。
2 東京地方裁判所の判決
東京地方裁判所は、次のような理由で東通に対して、約4600万円の損害賠償を命じました。
メインボーカルの録音漏れがあった「ウィ・アー・ザ・ワールド」及び「ランド・オブ・アフリカ」という曲は、本件コンサートのフィナーレを飾るいわば目玉的な曲であった。本件コンサートでは、レゲエのコンサートとしては世界で初めて、参加したアーティスト全員がフィナーレでこの二曲を歌う企画を実行した。この二曲については、本件コンサートを企画した音楽企画出版及び株式会社タキオンは、アフリカ開放の歌という位置付けをしていた。殊に、「ウィ・アー・ザ・ワールド」という曲は、もともとはマイケル・ジャクソンが歌って有名になったアフリカ飢饉の救援を呼び掛ける曲であって、昔エチオピアから奴隷としてジャマイカに連れてこられた人々の子孫である本件のアーティスト達が歌うという意味でも、象徴的な意味を持つ曲であった。また、「ラウンド・オブ・アフリカ」の方は、反対にアーティスト達からの希望で、フィナーレの曲として選択された曲であった。
そこで、右の事実に基づいて考える。本件のコンサートは、レゲエという音楽芸術の分野に属するものであった。したがって、このコンサートの音と映像を収録して編集して作製するビデオグラム原盤は、音が生命であり、それに映像を付加し、音と映像との調和によってその芸術的感興をつたえるものでなければならない。本件の録音漏れは、前記のメインボーカルの録音を受け持つマイクからの録音が全くなされていなかったというもので、映像と対比して見ると録音が不完全であることが察知でき、編集の技術的テクニックで補うことができないものであった。
レゲエは、ボーカルを主体とする音楽(声楽)であり、編集の努力にもかかわらず、メインボーカルの音声に欠陥があることは、致命的であるといわざるを得ない。そして、メインボーカルの録音漏れがあった二曲は、企画面でも、曲自体の魅力でも、本件コンサートのフィナーレを飾る目玉的な曲であり、象徴的な意味をもった曲であった。もともとコンサートは、一定の芸術的観点から演出され全体としてひとつのまとまりを持つ演奏形式であり、ライブ録音・録画は、そのようなコンサートの現実の有様を、観客の歓声等も含め音と映像で一体として再現することにより、当該コンサートの音楽的感興や興奮等を臨場感をもって伝達するのを生命とするものである。
したがって、このような意味を持つ本件コンサートのライブ録音においてきわめて重要なフィナーレの二曲の録音が不完全であることは、本件ライブ録音全体の価値を著しく損うものといわなければならない。結局、本件ビデオグラム原盤は、コンサートのライブ録音・録画の音楽作品としては不完全で、商品価値がきわめて乏しいものといわなければならない。
そして、東通の努力にもかかわらず、結局録音漏れの部分について再収録をすることができず、音楽企画出版と東通との間の話合いも成立せず、本件訴訟に至ったものである。よって、本件契約に基づく本件コンサートのビデオグラム原盤の納入債務は、遅くとも本件訴訟の提起の時には履行不能になっていたものというべきである。
したがって、また、昭和60年10月6日に東通が納入したビデオグラム原盤は、本旨にしたがった履行とはいえないというべきである。
音楽企画出版は、収録を業とする技術的な専門家である東通に対し本件コンサートの収録を依頼し、他方芸術作品(主人として映像芸術)制作の専門家である小栗監督に対し収録した素材から音楽作品であるビデオソフトを制作することを依頼したものであり、実際の業務も、この役割分担に従ってなされたものということができる。すなわち、収録の責任者は東通自身であったと認めるのが相当であり、音楽企画出版や小栗監督が収録の責任者であり東通がその指揮をうける関係にあったとは認められない。現に、東通が本件コンサートの収録業務をするに当たって、技術的な面で小栗監督や音楽企画出版の指揮を受けたことはないと認められる。そして、編集の責任者である小栗監督は、ビデオソフトの編集の責任者としてコンサートの収録の際に通常必要と考えられる程度の打合せないし準備を東通との間でしているものと認められる。
したがって、契約を締結した以上、技術的に安全を期するためどの程度のバックアップシステムを採用するかといった点は、東通の問題である。また、収録についてのいわば音楽企画出版側の担当者ともいうべき小栗監督と東通とは、通常行われる程度の準備作業をして本件コンサートに臨んだものということができる。そして、本件の録音漏れは、東通の責任領域内である機械的ないし技術的な原因で起きたものであるから、その責任はもっぱら東通にあり、小栗監督や音楽企画出版にはないというべきである。
よって、本件の録音漏れについて東通には帰責事由がある反面、音楽企画出版に過失があるとはいえない。したがって、東通は、本旨に従ったビデオグラム原盤の納入義務が履行不能になったことにより音楽企画出版に生じた損害の賠償をする義務がある。また、東通は、本旨に従った履行をしていないのであるから、音楽企画出版に対し請負契約の代金を請求することはできない。
そこで、以上の事実を前提に、以下において音楽企画出版の損害額について検討する。
【海外におけるビデオ化権の販売】
認容額 3360万円
【アメリカ・カナダにおけるケーブルテレビ放映権の販売】
認容額 210万円
【海外におけるレコード化権の販売】
認容額 168万円
【国内におけるビデオ化権、レーザーディスク化権、CM転用権の販売】
認容額 1090万円
【国内におけるテレビ放映権、ケーブルテレビ放映権、レコード化権の販売】
認容額 828万円
以上を合計すると、5656万円となるが、この金額は、東通が本旨に従った履行をしたときに認められる得べかりし利益であるから、損害賠償に当たっては本件契約に伴う代金を差し引くのが相当である。音楽企画出版は、すでに100万円を支払っているから、未払の625万円をこれから差し引くべきである。
さらに、音楽企画出版が上記の利益を上げるためには、販売経費が必要であるところ、音楽企画出版はその経費として合計426万円を主張している。そして、その金額は相当と考えられるから、結局損害額は4604万円となる。
よって、東通は、音楽企画出版に対し、約4604万円を支払え。
3 一流アーティストがそろった映像の値段
今回のケースで裁判所は、ライブコンサートの収録を依頼された東通が、最も重要な曲であるウィーアーザワールドとランドオブアフリカでマイクからの音声を録音することができなかったことから、音楽企画出版がコンサートのビデオを販売することができなくなるなど、うべかりし利益として約4600万円の損害賠償を東通に命じました。
債務不履行に基づく損害賠償請求は、その不履行がなければ得ることができたであろう利益を証明する必要がありますが、一流アーティストがそろう二度とないコンサートに関する得べかりし利益の具体的な算定が今後の裁判でも参考になるでしょうね。
では、今日はこの辺で、また。