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板東運輸事件
こんにちは。
交通事故で被害者が精神的な苦痛を受けたときに支払われるお金のことを慰謝料といいます。死亡慰謝料は保険会社ではなく弁護士の基準の方が高額になることが多いようですね。
さて、今日は慰謝料請求権の相続が問題となった「板東運輸事件」(最大判昭和42年11月1日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。
1 どんな事件だったのか
板東運輸に勤める高橋藤四郎は、トラックを運転して栃木県下都賀郡の国道を走行していたときに、磯太十郎の自転車と衝突しました。太十郎は意識不明の重体となり、約12日後に死亡しました。そこで、遺族の黒須キンは、板東運輸に対して損害賠償を求めて、提訴しました。
2 黒須キンの主張
被害者本人が慰謝料を請求する意思を表示していなくても、遺族に慰謝料請求権が相続されるはずです。逸失利益は本人が意思を表示しなくても相続されるのに、慰謝料はそうではないとするのはおかしいじゃないですか。また、航空機や船舶の遭難により全員が死亡したような場合、慰謝料を請求するという意思を表明したという事実を証明することは不可能じゃないですか。
3 板東運輸の主張
過去の判例によると、慰謝料請求権は、一身専属権、つまり本人しか行使できない権利なので、被害者が慰謝料を請求するという意思を表明したときに、相続の対象となるはずだ。
また、交通事故で被害者が亡くなった場合、遺族は民法711条に基づいて慰謝料を請求できるので、被害者本人の慰謝料を相続する必要はないはずだ。
そもそも、死者が死亡を原因とする慰謝料請求権を取得するためには、死亡による苦痛を生きている間に受ける必要があり、遺族が慰謝料請求権を取得するためには、死亡の瞬間に慰謝料請求権が発生してもう一度死ななければならないという「死ぬ前に死があり、死んだ後にまた生がある」という奇妙な理論となるのではないですか。
4 最高裁判所大法廷の判決
ある者が他人の故意過失によって財産以外の損害を被った場合には、その者は、財産上の損害を被った場合と同様、損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰謝料請求権を取得し、その請求権を放棄したものと解しうる特別の事情がないかぎり、これを行使することができ、その損害の賠償を請求する意思を表明するなど格別の行為をすることを必要とするものではない。そして、当該被害者が死亡したときは、その相続人は当然に慰謝料請求権を相続するものと解するのが相当である。
損害賠償請求権発生の時点について、民法は、その損害が財産上のものであるか、財産以外のものであるかによって、別異の取扱いをしていないし、慰謝料請求権が発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するものであるけれども、これを侵害したことによって生ずる慰謝料請求権そのものは、財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権であり、相続の対象となりえないものと解すべき法的根拠はなく、民法711条によれば、生命を害された被害者と一定の身分関係にある者は、被害者の取得する慰謝料請求権とは別に、固有の慰謝料請求権を取得しうるが、この両者の請求権は被害法益を異にし、併存しうるものであり、かつ、被害者の相続人は、必ずしも、同条の規定により慰謝料請求権を取得しうるものとは限らないのであるから、同条があるからといって、慰謝料請求権が相続の対象となりえないものと解すべきではないからである。
そうすると、慰謝料請求権は、被害者がこれを行使する意思を表明し、またはこれを表明したものと同視すべき状況にあったとき、はじめて相続の対象となるとした原判決は、慰謝料請求権の性質およびその相続に関する民法の規定の解釈を誤ったものというべきで、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
よって原判決を破棄し、東京高等裁判所に差戻す。
5 慰謝料請求権は相続される
今回のケースで裁判所は、死亡事故における慰謝料請求権は被害者が生前に請求の意思を表明しなくても相続の対象となるとしました。
この判決により、死亡する前に「残念、残念」、「お母さん、痛いよ」、「俺は悪くない、向こうが悪い」と言っていた場合には慰謝料の相続が認められ、「助けてくれ」といっていた場合には慰謝料の相続を認めないとした過去の判例が大幅に変更されています。ただし、慰謝料を放棄するという意思を表明していた場合には慰謝料の相続が認められなくなるので、注意する必要があるでしょうね。
では、今日はこの辺で、また。