警視庁国際テロ捜査情報流出事件
こんにちは。
今日は、イスラム教徒に関する捜査情報の漏洩が問題となった東京高判平成27年4月14日を紹介したいと思います。
1 どんな事件だったのか
2010年10月、警視庁公安部外事第三課が保管する国際テロ捜査情報114点がファイル共有ソフトWinnyを通じてインターネット上に流出しました。そのデータの中には、イスラム教徒の「モスクへの出入状況」といった個人情報が含まれており、約1か月で1万台以上のパソコンに流出データがダウンロードされていました。そのため、情報の流出により銀行口座が凍結されるなどの被害を受けたムスリムとその配偶者の17名が、国と東京都に対して、1億8700万円の賠償を求めて訴えました。
2 東京高等裁判所の判決
1審の東京地方裁判所は、警視庁の情報管理の違法性を認めて、東京都に9020万円の支払いを命じました。東京高裁は次のような理由で、控訴を棄却しました。
本件データの元となった各文書は、警視庁公安部外事第三課が保有していたものであり、本件データには「モスクの出入状況」等の1審ムスリムらの個人情報が含まれている。
本件の情報収集活動は、それ自体が1審ムスリムらに対して信教を理由とする不利益な取扱いを強いたり、宗教的に何らかの強制、禁止、制限を加えたりするものではない。日本国内において国際テロが発生する危険が十分に存在するという状況、ひとたび国際テロが発生した場合の被害の重大さ、その秘匿性に伴う早期発見、発生防止の困難さに照らせば、本件モスク把握活動を含む本件の情報収集活動によってモスクに通う者の実態を把握することは警察法2条1項により犯罪の予防を始めとする公共の安全と秩序の維持を責務とされている警察にとって、国際テロの発生を未然に防止するために必要な活動というべきである。また、情報収集活動が、主としてイスラム教徒を対象とし、モスクの出入状況という宗教的側面にわたる事柄を含むことは、信仰内容それ自体の当 否を問題視していることによるものではなく、イスラム教徒のうちのごく一部に存在するイスラム過激派によって国際テロが行われてきたことや宗教施設においてイスラム過激派による勧誘等が行われたことがあったという歴史的事実に着眼したもので、イスラム教徒の精神的・宗教的側面に容かいする意図によるものではない。他方、本件モスク把握活動は、外部から容易に認識することができる外的行為を記録したにとどまり、強制にわたるような行為はない。これらを総合すると、本件情報収集活動によって1審ムスリムらの一部の信仰活動に影響を及ぼしたとしても、国際テロ防止のために必要やむを得ない措置であり、憲法20条、宗教法人法84条に違反しない。
以上は、本件個人データを収集した当時の状況を踏まえてのものであり、本件情報収集活動が、実際にテロ防止目的にどの程度有効であるかは、それを継続する限り検討しなければならず、同様な情報収集活動であれば、以後も常に許容されると解されてはならない。
警察は、実態把握の対象とする否かを、少なくとも第一次的にはイスラム教徒であるか否かという点に着目して決しており、この点で信教に着目した取扱いの区別をしていたものである。しかし、これは国際テロを巡るこれまでの歴史的事実に着眼してのものであり、イスラム教徒の精神的・宗教的側面に容かいする意図によるものではなく、本件情報収集活動は国際テロ防止のために必要な活動であり、他方、これによるムスリムらへの信教の自由に対する影響は、警察官がモスク付近ないしその内部に立ち入ることに不快感、嫌悪感を抱くといった事実上の影響が生じ得るにとどまることなどからすると、その取扱いの区別は、合理的な根拠を有するものであり、憲法14条1項に違反しない。
1審ムスリムらは、本件情報収集活動は、ムスリムがテロリストあるいはテロリストである可能性が高いという差別的なメッセージを発するもので、ムスリムに対する差別を助長すると主張するが、収集された情報が外部に開示されることを予定されていないことは明らかであり、本件情報収集活動が国家による差別的メッセージを発するものであるということはできない。
本件情報収集活動によって収集された1審ムスリムらの情報は、社会生活の中で本人の承諾なくして開示されることが通常予定されていないものであるが、警察には、国際テロ防止のための情報収集活動の一環として、モスクに出入りする人について、その信仰活動を含む様々な社会的活動の状況を広汎かつ詳細に収集して分析することが求められ、他方で、モスクへの出入状況や宗教的儀式、教育活動への参加状況という外部から容易に認識することができる外形的行為は、第三者に認識されることが全く予定されていないわけではない。本件情報収集活動は国際テロの防止の観点から必要やむを得ない活動であるというべきであり、憲法13条に違反するということはできない。
情報通信技術の発展に伴い情報のデータベース化等が可能となり、捜査機関による個人情報の収集の局面のみならず、保管、利用の局面において憲法上の問題として検討する必要があるという見解は傾聴に値する。しかし、本件情報収集活動は、もともと継続的に情報を収集し、それを分析、利用することを目的とするものであり、このような情報の継続的収集、保管、分析、利用を一体のものとみて、それによる個人の私生活上の自由への影響を前提として前記のとおり憲法適合性を判断したのであり、1審ムスリムらの個人情報の保有等も憲法13条等に違反しない。
また、1審ムスリムらが指摘する最高裁平成20年3月6日第一小法廷判決(住基ネットの事案)は、住民基本台帳法に定める制度の仕組み等に即して判示したもので、本件とは事案を異にする。
市民的及び政治的権利に関する国際規約17条に定める個人の私生活上の自由の保護並びに同規約2条及び26条に定める宗教による差別的取扱の禁止は、その内容において憲法13条、14条1項において規定するところと異ならず、本件情報収集プログラム及び本件情報収集活動は同規約17条並びに2条及び26条に違反しない。
本件データは、警察職員(おそらくは警視庁の職員)によって外部記録媒体を用いて持ち出されたものと考えられる。
警視総監は、本件データが外部へ持ち出されれば、個人に多大な被害を与えるおそれがあることが十分に予見可能であったから、1審ムスリムらの個人情報が漏えいすることのないよう、徹底した漏えい対策を行うべき情報管理上の注意義務を負っていたところ、外事第三課内における管理体制は不十分なものであったとみざるを得ず、このことが、外部記録媒体を用いたデータの持出しにつながったものであるから、警視総監には、情報管理上の注意義務を怠った過失があり、1審被告東京都は国家賠償法による責任を負う。
警察庁の監査責任者には本件流出事件について義務違反は認められず、1審被告国の責任を認めることはできない。
警視庁及び警察庁は、連携して、尽くすべき義務は尽くしたとみるのが相当であり、1審ムスリムらのいう損害拡大防止義務を怠ったものということはできない。
本件流出事件が1審ムスリムらに対して与えたプライバシー侵害及び名誉棄損の程度は甚大であり、1審被告東京都は、本件データが警視庁が保有していた情報であることを認めていないなどの事情を考慮し、1審ムスリムらについては、一律に、各500万円をもって相当と認め、その1割を弁護士費用相当の損害と認める。
よって、東京都の控訴を棄却する。
3 情報漏洩対策
今回のケースで裁判所は、単にイスラム教徒であるというだけでその私生活などの詳細の情報を警視庁によって記録され、そのファイルが漏洩したことで生じた甚大な被害につき、東京都に対して1人あたり約500万円の慰謝料の支払いを命じました。その後、最高裁も上告を棄却する決定を下しました。
テロとは関係のないイスラム教徒が銀行口座を凍結されたり、各種の契約を解除されたりするなどの不利益を被ったりするなど、かなりの被害があったようですが、警視庁の捜査自体は違法ではないとされていた点に注意が必要でしょうね。
では、今日はこの辺で、また。
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