不動産売買契約の取消しと登記事件
こんにちは。
「うわぁぁぁ、騙された~」となったときには契約を取り消すことができるのですが、契約に関係のない第三者が登場した場合には、一体どうなるのでしょうか。
今日はこの点を考える上で「不動産売買契約の取消と登記事件」(大判昭和17年9月30日民集21巻911頁)を紹介します。
1 どんな事件だったのか
松井幹は、酒屋を営んでいましたが、商売がうまくいかず借金を抱えていました。松井はなんとかこれを打開しようと、土地を取得してそれを担保に金融機関からお金を借りようと考えていたところ、ちょうど中川重太郎が土地を売りたいと考えていることを知りました。松井は、高額のお金を一括で支払う余裕がないにもかかわらず、仲介人の関口右太郎に全額払うと信じさせて土地の買付交渉をさせていました。まもなくして、土地の登記を移転するのと同時に1万779円全額を払うという約束で、中川と松井との間で土地の売買契約が成立しましたが、当日松井はわずかな750円を払っただけで、登記を取得するやいなや、残りのお金を払わずに帰ってしまいました。そのため、中川は松井の詐欺によって売買契約を締結させられたとして、書面で売買契約を取消す意思表示をしました。ところが、松井はすぐさま杉藤太一郎から6000円を借り、中川から取得した土地に抵当権を設定した上で、お金を返せないときにはその土地で代物弁済するとの契約を結んで、代物弁済に基づく所有権移転請求権保全の仮登記をしました。このことを知った中川は、杉藤に対して抹消登記手続きを求めて提訴しました。
2 東京控訴院の判決
杉藤は本件土地上に権利を取得した第三者であるが、民法96条3項により保護を受けられる第三者は、詐欺による意思表示がまだ取り消されない間に権利を取得した善意の第三者であることを要し、すでに取消がされた後に権利を取得した第三者は、たとえ土地を取得した当時に取消の事実を知らなかった場合であっても、民法96条3項の保護を受けられないので、抹消登記手続請求が認められる。
3 大審院の判決
およそ民法96条第3項において、詐欺による意思表示の取消しはこれをもって善意の第三者に対抗することができない旨を規定しているのは、取消によってその行為が初めから無効とみなされる効果が、すなわち取消の遡及効を制限するという趣旨なので、このいわゆる「第三者」とは「取消の遡及効により影響を受ける第三者」、すなわち「取消前よりすでにその行為の効力につき利害関係を有する第三者」に限定して解すべきで、「取消以後において始めて利害関係を有するに至った第三者」は、仮にその利害関係発生当時、詐欺及取消の事実を知らなかったとしても、民法96条3項の適用を受けないことは、原判決で示されているけれども、民法96条3項を適用しないからといって直ちに第三者に対しては取消の結果を無条件に対抗し得るものとすることはできない。今これを本件についてみるに、本件売買が詐欺によって取消すことができるのであれば、本件売買の取消しにより土地所有権は中川に復帰し、初めより松井に移転しなかったものとなるが、この物権変動は民法177条により登記をしなければ、これをもって第三者に対抗することができないのが本則なので、取消後に松井との契約により権利取得の登記をなした杉藤に対して対抗できることについて、取消による権利変動の登記がないことが明らかである本件においては、その登記がないにもかかわらず杉藤に対抗することができる理由を説明していない。しかるに原判決はこの点につきなんら説示するところなくして、取消による権利変動を当然に杉藤に対抗できると解し、杉藤が松井との契約により登記した権利を取得しておらず、登記は原因を欠いているのでその抹消登記をなすべき義務があると判示したのは、理由の不備があり、違法である。
よって、杉藤の敗訴した部分を破棄し、東京控訴院に差戻す。
4 取消後は早く登記した者が勝つ
今回のケースで裁判所は、土地の売主が詐欺を理由に土地の売買契約の取消しの意思表示をした後に、その詐欺による取消の事実を知らずに土地を取得した第三者は民法96条3項の善意の第三者に当たらず、詐欺による取消しを第三者に対抗するためには、第三者が登記を取得する前に詐欺取消による抹消登記が必要だとしました。
契約を取り消した中川は、すぐさま松井名義の登記を抹消しておく必要があったように、実務では、取消前と取消後の第三者で扱いが異なるという2元的な考え方をしていますので、十分に注意する必要があるでしょうね。
では、今日はこの辺で、また。
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