一橋大学アウティング事件
こんにちは。
自分自身で性的指向を打ち明けるカミングアウトとは異なり、アウティングは、本人の了解を得ずに、他人に性的指向などの秘密を暴露する行為のことで、東京都国立市はアウティングを禁止する条例を制定しています。
今日は、このような条例が制定されるきっかけとなった「一橋大学アウティング事件」(東京地判平成31年2月27日LEX DB 25559454)を紹介したいと思います。
1 どんな事件だったのか
一橋大学のロースクールに通っていた男子学生が、同級生が同性愛者であることを他の同級生に暴露したことが原因で、暴露された学生が模擬裁判の授業を受けている途中、突然教室を抜けだして6階のベランダから飛び降り、死亡するという事故が起きました。そのため、死亡した学生の両親は、一橋大学に対して、教員が息子の状態を把握しておきながら適切な対応を取らなかったという安全配慮義務違反を理由に、約8576万円の損害賠償を求めて提訴しました。
2 両親の主張
息子を含む大学生9人のLINEグループで同性愛者であるという秘密が暴露されてしまいました。そして、息子はLINEグループに「この世はおかしい。彼が弁護士になるような法曹界。もう自分の理想はこの世界にはない。これで最後にします、今までよくしてありがとうございました」とのメッセージを残して飛び降りました。
大学側は、息子がアウティングによる被害を受けることがないよう、ロースクールの学生に対して、性的指向が人権として尊重されること、セクシャル・マイノリティをからかうことがセクハラに当たることを講義またはガイダンスで具体的に教授する義務があったにもかかわらず、その義務を履行しなかったため、このようなアウティングが発生したのではないでしょうか。 また大学は、就学契約に基づく信義則上の付随義務として、息子が心身の不調や事故などにより生命の危険にさらされることが起こらないよう配慮すべき安全配慮義務があり、ロースクールの教育学習過程で差別、偏見、暴力といったハラスメントにさらされないよう、教育環境や学習環境を整えるべき教育環境配慮義務があったにもかかわらず、これに違反していたのではないでしょうか。息子からアウティングに関して相談を受けていた教授は、相手の男子学生にも同性に告白されたことに対する戸惑いや不安、脅えといったこともあるかのように思うなどと、アウティングに正当性があるかのような見解を示して息子を更に追い詰め、クラス替えなどもせず、ロースクールの教職員間で情報も共有しなかったのではないでしょうか。
3 一橋大学側の主張
男子学生は、何度も食事に誘われたり、授業のプレゼンの準備中に腕や肩に触れられたりして、夜も眠れなくなり、とうとう大学生9人のLINEグループに「おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめん」と秘密を暴露してしまいました。しかし、性的指向が尊重されるべきであることは、現代社会においては一般的に認識されていることであり、ロースクールの学生は、法曹を目指す者として、相応の素養、見識を備えているから、わざわざ大学において、ロースクールの学生に対し、性的指向が尊重されることを具体的に教授する必要はなかった。大学は、アウティングを含む様々なハラスメントを一般的に防止するための啓発活動を行うことはできても、学生による具体的なハラスメントをあらかじめ防止することは現実的に不可能であり、大学が安全配慮義務を履行していればアウティングが発生しなかったとも言えない。息子さんが担当教授にアウティングについて相談した際、友人のサポートを受け、ハラスメント相談室にも相談するなどしながら、男子学生とのトラブルや今後について、どのようにしたらよいか検討していたところであり、そのような状況の下で、教授において、男子学生に謝罪させたり、クラス替えをしたりする義務があったということはできない。さらに担当教授は、息子さんとの面談の状況を法学研究科長に報告するとともに、これを法科大学院長や法科大学院事務室の担当職員らに説明し、息子さんと男子学生の様子に今後も注意を払うよう要請していたので、何ら落ち度はなかったと言えます。
4 東京地方裁判所の判決
一橋大学が、ロースクールの学生を含む学生全員に対して配布していた「ハラスメント防止ガイドライン」には、セクハラとは、性的な言動又は固定的な性別役割の押し付けによって、他の者に肉体的、精神的な苦痛や困惑、不快感を与えることであるとの説明や、セクハラの具体例として、セクシュアル・マイノリティをからかうことなどが記載されていた。男子学生は、アウティングをする以前から、性的指向が人権として尊重されること及びセクシュアル・マイノリティをからかうことがセクハラに当たることを認識していたと認められ、大学において、両親らが主張する内容を講義又はガイダンスなどで教授していれば、男子学生によるアウティングが発生しなかったといった事情を認めるに足りる証拠はない。
教授は、両親の息子に対し、今回のアウティングの問題の原点が、その息子と男子学生の2人の関係にあったことについて言及してはいるものの、息子との初めての面談ないしこれに先立つ電子メールのやり取りをして以降、アウティングが許されるものではないとの立場を一貫して表明し、アウティングによる苦しみに共感を示していると認められるのであって、アウティングにより受けた被害の責任が息子にある、あるいは、アウティングに正当性があるなどといった見解を示し、息子を更に追い詰めたなどと認めることはできない。
担当教授は、息子との面談内容をロースクールを含めた大学の研究科全体の責任者である研究科長に報告したほか、ロースクールの法科大学院長を含めた教職員を集めて、面談の内容を説明して共有しており、息子に対してハラスメントの問題が生じた場合に相談、助言等を行うための組織として大学が設置するハラスメント相談室を紹介していたことからすると、教授が、アウティングについて、大学として関与する必要のない当事者が自力で解決すべき一般的な学生間のトラブルの一つにすぎないと認識していたなどとは認められず、その重大性をロースクールの教職員の間で共有しなかったなどともいうことはできない。
よって、両親の請求を棄却する。
5 アウティングは不法行為
今回のケースで裁判所は、同性愛者であることを他の同級生に暴露されたことについて、一橋大学がロースクールの在学生に対し、性的指向が人権として尊重されることなどを具体的に教授しなければならないという就学契約に基づく信義則上の付随義務である安全配慮義務を負うわけではないとして、両親の訴えを棄却しました。しかし、その後の東京高等裁判所は、両親の控訴を棄却したものの、アウティング行為が違法であると言及された初めての裁判となっています。性的指向に関して他人の秘密を安易にばらさないように十分に気をつける必要があるでしょうね。
では、今日はこの辺で、また。