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旧統一教会による不起訴念書無効事件

こんにちは。

 今日は、旧統一教会への献金の返還を求めない念書の効力が問題となった最判令和6年7月11日を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 昭和4年生まれの母は、昭和28年に父と結婚し、3人の子どもが生まれました。ところが、母の妹が11歳でなくなったり、昭和34年には父方の祖母が自殺したり、平成10年に次女が離婚したり、父が重病にかかったりするなど、不幸な出来事が続きました。そのため母は、旧統一教会(家庭連合)の信者であった三女の紹介により、平成16年以降に松本信徒会の施設に通うようになりました。その教理の中には、病気、事故、離婚などの様々な問題の多くは、怨恨を持つ霊によって引き起こされており、そのような霊の影響から脱して幸せに暮らすためには献金をして地獄にいる祖先を解怨(かいえん)することなどが必要であるというものがありました。86歳になった母は、旧統一教会の修練会に参加したり、約1億円の献金をしたり、自己の土地を約7000万円で売って旧統一教会に480万円を献金し、残りは松本信徒会が管理し、そこから3000万円の生活費を受け取ったりしていました。母がこの献金の事実を長女に話したことを知った旧統一教会の信者は、母による返金を阻止するため、次のような書類の作成を求めました。

ほな今から、公正証書を作成してもらうで。まずは冒頭に「念書」と書いて、「欺罔、強迫又は公序良俗違反を理由とする不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求等を、裁判上及び裁判外において、一切行わないことを約束する」と書くんや。ほんで、これにサインとハンコを押して、公証役場にもっていって認証を受けるんや。

 さらに母は、旧統一教会の信者からの質問に答える形で、献金について返金を求める手続をしない旨のビデオメッセージも作成させられていました。
 
 平成28年に、長女らの支援で母は病院に行き、アルツハイマー型認知症により成年後見相当との診断を受け、平成29年に母と長女が旧統一教会から名称が変更された世界平和統一家庭連合を相手に6500万円の返還を求めて提訴し、その裁判の途中で母が亡くなったので、長女が裁判を継続していました。

2 最高裁判所の判決

 原審は、念書の内容や作成経緯等を検討しても、本件不起訴合意が公序良俗に反し無効であるとはいえない、として長女の請求を認めませんでした。最高裁は次のような理由で、原審を破棄し、東京高裁に差し戻しました。

 原審の判断はいずれも是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 特定の権利又は法律関係について裁判所に訴えを提起しないことを約する私人間の合意は、その効力を一律に否定すべきものではないが、裁判を受ける権利(憲法32条)を制約するものであることからすると、その有効性については慎重に判断すべきである。そして、不起訴合意は、それが公序良俗に反する場合には無効となるところ、この場合に当たるかどうかは、当事者の属性及び相互の関係、不起訴合意の経緯、趣旨及び目的、不起訴合意の対象 となる権利又は法律関係の性質、当事者が被る不利益の程度その他諸般の事情を総合考慮して決すべきである。
 これを本件についてみると、亡母は、本件不起訴合意を締結した当時、86歳という高齢の単身者であり、その約半年後にはアルツハイマー型認知症により成年後見相当と診断されたものである。そして、亡母は、家庭連合の教理を学び始めてから上記の締結までの約10年間、その教理に従い、1億円を超える多額の献金を行い、多数回にわたり渡韓して先祖を解怨する儀式等に参加するなど、家庭連合の心理的な影響の下にあった。そうすると、亡母は、家庭連合からの提案の利害得失を踏まえてその当否を冷静に判断することが困難な状態にあったというべきである。また、家庭連合の信者らは、亡母が長女に献金の事実を明かしたことを知った後に、本件念書の文案を作成し、公証人役場 におけるその認証の手続にも同行し、その後、亡母の意思を確認する様子をビデオ 撮影するなどしており、本件不起訴合意は、終始、家庭連合の信者らの主導の下に締結されたものである。さらに、本件不起訴合意の内容は、亡母がした1 億円を超える多額の献金について、何らの見返りもなく無条件に不法行為に基づく損害賠償請求等に係る訴えを一切提起しないというものであり、本件勧誘行為による損害の回復の手段を封ずる結果を招くものであって、上記献金の額に照らせば、 亡母が被る不利益の程度は大きい。 以上によれば、本件不起訴合意は、亡母がこれを締結するかどうかを合理的に判断することが困難な状態にあることを利用して、亡母に対して一方的に大きな不利益を与えるものであったと認められる。したがって、本件不起訴合意は、公序良俗に反し、無効である。
 宗教団体又はその信者が当該宗教団体に献金をするように他者を勧誘することは、宗教活動の一環として許容されており、直ちに違法と評価されるものではない。もっとも、献金は、献金をする者による無償の財産移転行為であり、寄附者の出捐の下に宗教団体が一方的に利益を得るという性質のものであることや、寄附者が当該宗教団体から受けている心理的な影響の内容や程度は様々であることからすると、その勧誘の態様や献金の額等の事情によっては、寄附者の自由な意思決定が阻害された状態でされる可能性があるとともに、寄附者に不当な不利益を与える結果になる可能性があることも否定することができない。そうすると、宗教団体等は、献金の勧誘に当たり、献金をしないことによる害悪を告知して寄附者の不安をあおるような行為をしてはならないことはもちろんであるが、それに限らず、寄附者の自由な意思を抑圧し、寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることが困難な状態に陥ることがないようにすることや、献金により寄附者又はその配偶者その他の親族の生活の維持を困難にすることがないようにすることについても、十分に配慮することが求められるというべきである。
 以上を踏まえると、献金勧誘行為については、これにより寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることに支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、献金により寄附者又はその配偶者等の生活の維持に支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、その他献金の勧誘に関連する諸事情を総合的に考慮した結果、 勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱すると認められる場合には、不法行為法上違法と評価されると解するのが相当である。そして、上記の判断に当たっては、勧誘に用いられた言辞や勧誘の態様のみならず、寄附者の属性、家庭環境、入信の経緯及びその後の宗教団体との関わり方、献金の経緯、目的、額及び原資、 寄附者又はその配偶者等の資産や生活の状況等について、多角的な観点から検討す ることが求められるというべきである。
 本件においては、亡母は、本件献金当時、80歳前後という高齢であり、種 々の身内の不幸を抱えていたことからすると、加齢による判断能力の低下が生じていたり、心情的に不安定になりやすかったりした可能性があることを否定できない。また、亡母は、平成17年以降、1億円を超える多額の本件献金を行い、平成20年以降は、自己の所有する土地を売却してまで献金を行っており、残りの売得金を松本信徒会に預け、同信徒会を通じてさらに献金を行うとともに、同信徒会から生活費の交付を受けていたのであるが、このような献金の態様は異例のものと評し得るだけでなく、その献金の額は一般的にいえば亡母の将来にわたる生活の維持に無視し難い影響を及ぼす程度のものであった。そして、亡母の本件献金その他の 献金をめぐる一連の行為やこれに関わる本件不起訴合意は、いずれも家庭連合の信者らによる勧誘や関与を受けて行われたものであった。
 これらを考慮すると、本件勧誘行為については、勧誘の在り方として社会通 念上相当な範囲を逸脱するかどうかにつき、前記のような多角的な観点から慎重な判断を要するだけの事情があるというべきである。しかるに、原審は、家庭連合の信者らが本件勧誘行為において具体的な害悪を告知したとは認められず、その一部において害悪の告知があったとしても亡母の自由な意思決定が阻害されたとは認められない、亡母がその資産や生活の状況に照らして過大な献金を行ったとは認められないとして、考慮すべき事情の一部を個別に取り上げて検討することのみをもって本件勧誘行為が不法行為法上違法であるとはいえないと判断しており、前記に挙げた各事情の有無やその程度を踏まえつつ、これらを総合的に考慮した上で本件勧誘行為が勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱するといえるかについて検討するという判断枠組みを採っていない。そうすると、原審の判断には、献金勧誘行為の違法性に関する法令の解釈適用を誤った結果、上記の判断 枠組みに基づく審理を尽くさなかった違法があるというべきである。
 以上によれば、原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。上記の趣旨をいう論旨は理由があり、その余の論旨について 判断するまでもなく、原判決中、不服申立ての範囲である本判決主文第1項記載の部分は破棄を免れない。そして、家庭連合らの不法行為責任の有無等について更に審理を尽くさせるため、上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。 

3 被害者救済法

 今回のケースで裁判所は、旧統一教会とその信者との間で締結された裁判を提起しないとの合意が公序良俗に反し無効であるとし、旧統一教会の信者らによる献金の勧誘が不法行為法上違法であるとはいえないとした原審の判断に違法があるとして、原審に差し戻しました。
 旧統一教会をめぐっては、2023年12月13日に、「特定不法行為等に係る被害者の迅速かつ円滑な救済に資するための日本司法支援センターの業務の特例並びに宗教法人による財産の処分及び管理の特例に関する法律」、いわゆる旧統一教会の被害者救済法が制定されましたが、被害者の迅速かつ全面的な救済はまだ実現していないため、今回の裁判が被害者の救済にとって多大な影響があるのは間違いないでしょうね。
 では、今日はこの辺で、また。


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