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人工授精で生まれた子の親権事件
こんにちは。
今日は、人工授精によって生まれた子の親権者の決定が問題となった東京高決定平成10年9月16日(判例タイムズ1014号245頁)を紹介したいと思います。
1 どんな事件だったのか
父が無精子症だったことから、父と母との合意の上で第三者から精子の提供を受けて母が子どもを出産しました。その後、父と母が不仲になったことから離婚調停を求め、4歳の子の親権者を定める審判を申し立てたところ、新潟家庭裁判所は父親を親権者とする審判を下しました。そのため、母は東京高等裁判所に抗告しました。
2 東京高等裁判所の決定
東京高等裁判所は、次のような理由で、子どもの親権者を母と定めました。
夫の同意を得て人工授精が行われた場合には、人工授精子は嫡出推定の及ぶ嫡出子であると解するのが相当である。母も、父の未成年者との間に親子関係が存在しない旨の主張をすることは許されないというべきである。母の主張は採用することができない。
もっとも、人工授精子の親権者を定めるについては、未成年者が人工授精子であることを考慮する必要があると解される。夫と未成年者との間に自然的血縁関係がないことは否定することができない事実であり、このことが場合によっては子の福祉に何らかの影響を与えることがありうると考えられるからである。
ただし、当然に母が親権者に指定されるべきであるとまではいうことはできず、未成年者が人工授精子であるということは、考慮すべき事情の1つであって、基本的には子の福祉の観点から、監護意思、監護能力、監護補助者の有無やその状況、監護の継続性等、他の事情も総合的に考慮、検討して、あくまでも子の福祉にかなうように親権者を決すべきものであると解される。
未成年者は、母宅では母に甘えてあまり外には関心が向かず、一方、父宅では、積極的・自発的行動が目立ったという違いがあるように観察されたことが窺われるから、父との生活が未成年者に精神的にも安定を与えているようであり、他方、母宅ではやや不安定で、自分の殻に閉じこもろうとする傾向が見受けられたという原審判の判断にも根拠がないわけではない。
しかし、家庭裁判所調査官の調査結果によれば、未成年者は母宅でもある程度活発に活動するようになっており、父宅における状況との間に上記ほどの違いは見られなくなったと観察されたことが窺われる。
そうであるとすれば、未成年者の上記状況は、父宅で成育した未成年者が、週の半分ずつをそれぞれの家で暮らすようになって1年足らずの時期に示した過渡的な状況とも解することができ、その後の未成年者の状況をも併せ考慮すると、父宅での生活が未成年者に精神的にも安定を与えており、母宅での未成年者は不安定であるといえるほどの積極的な理由は見出し難く、したがって、父宅での生活を継続させることが未成年者の心身の安定に寄与することになるとの原審判の説示も、十分な根拠はないものというべきであり、首肯することができない。
一般的に、乳幼児の場合には、特段の事情がない限り、母親の細やかな愛情が注がれ、行き届いた配慮が加えられることが父親によるそれにもまして必要であることは明らかである。本件未成年者も、年齢的にはそのような母親の愛情と配慮が必要不可欠な段階であると考えられる。
そして、母がこのような愛情と配慮に欠けるところはないことは、本件記録によって明らかである。
一般的には、母親に代わる存在と適切な関係が築かれていれば、養育者が絶対的に実母である必要はないといえるであろうが、未成年者の年齢からすれば、父が母親の役割を担うことには限界があるといわざるをえない。なお、本件記録によれば、父の母親はそのような役割を十分に果たしているとは認められない。
以上の通り、本件においても、母親による養育監護の必要性はいささかも失われるものではない。
以上述べたところを総合すれば、未成年者の親権者は母と定めるのが相当である。その年齢からして、未成年者は母親の愛情と配慮が必要不可欠であることは否定することができず、養育態度、養育環境、未成年者の受入れ態度等については双方を比較して優劣はないのであるから、母親の愛情と配慮の必要性を否定して、親権を父にすべき特段の事情は存在しない。
なお、未成年者は出生以来主として父の家で暮らしている現状の下においては、監護の持続性や現状尊重をいうほど現状は固定したものではなく、未成年者の場所も母のもとに変更することによる弊害はほとんどないと考えられる。
このように、本件においては、未成年者が人工授精子であることを考慮に入れなくても、その親権者を母と定めるのが相当であるというべきである。
よって、原審判を取消、未成年者の親権者を母と定める。
3 離婚後共同親権の導入
今回のケースで裁判所は、人工授精で生まれた4歳の子について父との血縁関係を考慮せずとも、未成年者の年齢からして母親の愛情と配慮が必要不可欠であり、父親の家で生活しているよりも、監護の維持性や現状尊重をいうほど現状は固定したものではないとして、親権者を母親と定めました。
子どもの親権をめぐっては、継続性・現状尊重と母親優先の基準が問題となってきましたが、民法改正により離婚後共同親権が導入された後も、この基準が用いられるのかについて引き続き検討していきたいと思います。
では、今日はこの辺で、また。