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注射化膿事件
こんにちは。
今日は、ビタミン剤注射が原因で化膿したことに対する損害賠償が問題となった最判昭和32年5月10日を紹介したいと思います。
1 どんな事件だったのか
昭和24年、那須捨松は、相島医師の診察を受けたところ、心臓に疾患があるとされたので、その治療としてビタミン剤の皮下注射を受けました。その後も、治療が続きましたが、那須が数回目の皮下注射を受けて間もなく、非常な発熱と疼痛を覚え、注射した部分は次第に赤くはれた状態になりました。相島医師は、3日ほどすれば完全に化膿し、切開で治療するから、それまでの間は患部を湿布薬で冷やすように指示しました。那須は、疼痛に耐えながら半死半生の姿で病院を訪れて治療を受けましたが、症状は悪化し右上膊皮下膿腫に進展していました。治療に不安を覚えた那須が別の病院で鮫島医師の診察をうけたところ、快方に向かいました。那須は右手に機能障害を負ったことから、相島医師に対して、50万円の損害賠償を求めて提訴しました。
第一審、第二審では相島医師に5万円の損害賠償の支払いが命じられたことから、相島医師が上告しましたが、最高裁判所は次のような理由で上告を棄却しました。
2 最高裁判所の判決
本件において、那須氏は昭和24年9月末から相島医師の診療を受け、その数回目の同年10月26日施した皮下注射の直後、発熱疼痛を訴え、その後化膿して切開手術を行ったが、ついに機能障害を残したこと、及び右は相島医師が皮下注射に当り、医師としての注意を怠ったことに基くものであるとの趣旨の主張をなしたのに対し、原審は、数回目の皮下注射の日を、那須氏主張の昭和24年10月26日と異り、同年同月23日頃となした外、右那須氏の主張事実を認容したのであるが、右日時の違いがあっても、本件では那須氏主張の事実と判示認定事実との間に、その同一性を認め得ること明らかであるから、原審には所論の如き違法なく、又右日時の如きは必ずしも釈明をまたなければ、認定できないものではないから二点所論も理由がない。
原審は、挙示の証拠により「那須氏の心臓性脚気の治療のため注射した際にその注射液が不良であつたか、又は注射器の消毒が不完全であったかのいずれかの過誤があっ」たと認定したけれども、注射液の不良、注射器の消毒不完全はともに診療行為の過失となすに足るものであるから、そのいづれかの過失であると推断しても、過失の認定事実として、不明又は未確定というべきでない。又那須氏の主張しない「注射液の不良」を、過失認定の具体的事実として挙げたからと云って、民訴186条に違背するということはできない。けだし同条は、当事者の主張しない、訴訟物以外の事実について、判決することができないことを定めたものであつて、前記注射液不良という事実の如きは、那須氏主張の訴訟物を変更する事実と認められないからである。
那須氏の疾患を相島医師が注射をした際、注射液が不良であったか、又は注射器の消毒不完全であったかの、いずれかの過誤に基いて発生したものであるとの、原審の判示は、挙示の証拠によりこれを肯認できないことはない。その認定に論理法則又は経験法則等の違背は認められない。その他の所論も事実認定の非難にとどまり、上告適法の理由とならない。
原審が「症状に応じて適切な治療を怠らなかったならば、症状が軽いうちに治癒したであろう」と判断したのは、10月23日の注射後11月3日までのことを云っているのであつて、11月4日以後のことを云っているのでないことは原判文上明らかである。従って原判決には審理不尽または理由不備の違法はない。
よって、相島医師の上告を棄却する。
3 過失の推定
今回のケースで裁判所は、医師の皮下注射によりその跡が化膿した場合、注射液の不良か注射針の消毒のいずれかが原因であるとして医師に不注意があったものと推断しても、過失の事実認定として不明または未確定ではないとして、患者の訴えを認めました。
医療過誤においては、患者が医師に不注意があったことを証明する必要がありますが、たとえ原因を特定できなかったとしても、高度の経験則により医師の過失が認定されるという過去の判例があることを是非、知っておくと良いでしょうね。
では、今日はこの辺で、また。