見出し画像

再転相続の熟慮期間事件

こんにちは。

 今日は、借金について相続放棄できる期間の起算点が問題となった最判令和元年8月9日を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 株式会社みずほ銀行は、南大阪食肉市場株式会社にお金を貸していました。その後、返済が滞ったことから、みずほ銀行は、南大阪食肉市場に貸金の支払いを求めるとともに、連帯債務者の5人に対して8000万円の支払いを求めて提訴しました。裁判所は、みずほ銀行の請求を認容する判決を言い渡しました。その後、連帯債務者の1人が死亡し、その妻と子の2人が相続しましたが、すぐさま相続放棄をしました。この妻と子の相続放棄により、兄弟の11名が相続人となり、そのうち9名が相続放棄をし、さらに兄弟1人が死亡したことから、その妻と子が相続人となりました。連帯債務者の1人が死亡してから4カ月が経過し、みずほ銀行から債権を譲り受けた債権回収会社は、確定判決の正本に基づいて妻と子に強制執行をしたところ、妻と子は相続放棄の申述を行い、強制執行の執行文付与について異議を申し立てました。

2 最高裁判所の判決

 第一審と第二審は、連帯債務者の1人からの相続に関する熟慮期間は、執行文の謄本の送達の日から起算されるので、相続放棄は有効であるとして、妻と子の異議を認めました。最高裁判所は、次のような理由で、債権回収会社の上告を棄却しました。

 原審は、次のとおり判断して、妻と子の請求を認容すべきものとした。 民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、丙が自己のために乙からの相続が開始したことを知った時をいう。しかしながら、同条は、乙が、自己が甲の相続人であることを知っていたが、相続の承認又は放棄をしないで死亡した場合を前提にしていると解すべきであり、夫が連帯債務者の1人の相続人となったことを知らずに死亡した本件に同条は適用されない。連帯債務者の1人からの相続に係る妻と子の熟慮期間の起算点は、同法915条によって定まる。連帯債務者の1人からの相続に係る妻と子の熟慮期間は、妻と子が夫から連帯債務者の1人の相続人としての地位を承継した事実を知った時から起算され、本件相続放棄は熟慮期間内にされたものとして有効である。
 しかしながら、民法916条の解釈適用に関する原審の上記判断は是認する ことができない。その理由は次のとおりである。
(1) 相続の承認又は放棄の制度は、相続人に対し、被相続人の権利義務の承継 を強制するのではなく、被相続人から相続財産を承継するか否かについて選択する機会を与えるものである。熟慮期間は、相続人が相続について承認又は放棄のいずれかを選択するに当たり、被相続人から相続すべき相続財産につき、積極及び消極の財産の有無、その状況等を調査し、熟慮するための期間である。そして、相続人は、自己が被相続人の相続人となったことを知らなければ、当該被相続人からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することはできないのであるから、民法915条1項本文が熟慮期間の起算点として定める「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、原則として、相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が相続人となった事実を知った時をいうものと解される。
(2) 民法916条の趣旨は、乙が甲からの相続について承認又は放棄をしないで死亡したときには、乙から甲の相続人としての地位を承継した丙において、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することになるという点に鑑みて、丙の認識に基づき、甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点を定めることによって、丙に対し、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障することにあるというべきである。再転相続人である丙は、自己のために乙からの相続が開始したことを知ったからといって、当然に乙が甲の相続人であったことを知り得るわけではない。また、丙 は、乙からの相続により、甲からの相続について承認又は放棄を選択し得る乙の地位を承継してはいるものの、丙自身において、乙が甲の相続人であったことを知らなければ、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することはできない。丙が、乙から甲の相続人としての地位を承継したことを知らないにもかかわらず、丙のために乙からの相続が開始したことを知ったことをもって、甲からの相続に係る熟慮期間が起算されるとすることは、丙に対し、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障する民法916条の趣旨に反する。
 以上によれば、民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである。 なお、甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点について、乙において自己が甲の相続人であることを知っていたか否かにかかわらず民法916条が適用されることは、同条がその適用がある場面につき、「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したとき」とのみ規定していること及び同条の前記趣旨から明らかである。
(3) 前記事実関係等によれば、債権回収会社は、平成27年11月11日の本件送 達により、夫から連帯債務者の1人の相続人としての地位を自己が承継した事実を知ったというのであるから、連帯債務者の1人からの相続に係る妻と子の熟慮期間は、本件送達の時から起算される。そうすると、平成28年2月5日に申述がされた本件相続放棄は、熟慮期間内にされたものとして有効である。
 以上によれば、原審の前記判断には、民法916条の解釈適用を誤った違法がある。しかしながら、本件相続放棄が熟慮期間内にされたものとして有効であるとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって、債権回収会社の上告を棄却する。

3 子は祖父の相続について父の死亡を知った時から3カ月以内に相続放棄をすればよい

 今回のケースで裁判所は、民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいう、としました。
 相続が開始してから3カ月が経過すると相続放棄ができないとされていますが、どの時点から3カ月を計算するのかについて不明な場合には、できるだけ早く法律家に相談することが重要となるでしょうね。
 では、今日はこの辺で、また。


いいなと思ったら応援しよう!