手付倍返し拒否事件
こんにちは。
今日は、土地の売り買いをするときに事前に払った手付の扱いが問題となった最大判昭和40年11月24日を紹介したいと思います。
1 どんな事件だったのか
売主と買主は、売主が大阪府から土地と建物の払い下げを受けて、昭和35年2月末日までに買主が220万円を支払えば、土地と建物を引き渡すとの売買契約を締結し、売主は買主から40万円の手付金をうけとりました。昭和35年2月8日に、売主は大阪府から土地と建物を払い下げられましたが、その値段が高騰していたことから、売主は買主に対して手付の倍返しを申し出て契約の解除を求めました。ところが、買主はこれを拒否し、売主が大阪府から払い下げを受けて、所有権移転請求権保全の仮登記を受けたことは履行の着手にあたると主張して、売主に対して土地建物の引き渡しを求めて提訴しました。
2 最高裁判所大法廷判決
原審は、買主の主張を認めなかったことから、上告しましたが、最高裁判所は次のような理由で、上告を棄却しました。
論旨は、要するに、売主と大阪府との間で本件売買契約の目的物件である本件不動産についての払下契約が締結された時点あるいは右不動産について買主主張の仮登記仮処分手続がなされた時点において、売主又は買主が民法557条1項にいう契約の履行に着手したものというべきである旨の買主の主張を排斥した原判決は、右法条の解釈適用を誤つた違法がある、というに帰する。
よって按ずるに、民法557条1項にいう履行の着手とは、債務の内容たる給付の実行に着手すること、すなわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合を指すものと解すべきところ、本件において、原審における買主の主張によれ ば、売主が本件物件の所有者たる大阪府に代金を支払い、これを買主に譲渡する前提として売主名義にその所有権移転登記を経たというのであるから、右は、特定の売買の目的物件の調達行為にあたり、単なる履行の準備行為にとどまらず、履行の着手があつたものと解するを相当とする。従って、売主のした前記行為をもつて、単なる契約の履行準備にすぎないとした原審の判断は、所論のとおり、民法557条1項の解釈を誤つた違法があるといわなければならない。
しかしながら、右の違法は、判決に影響を及ぼすものではなく、原判決破棄の理由とはなしがたい。その理由は、次のとおりである。
解約手附の交付があった場合には、特別の規定がなければ、当事者双方は、履行のあるまでは自由に契約を解除する権利を有しているものと解すべきである。然るに、当事者の一方が既に履行に着手したときは、その当事者は、履行の着手に必要な費用を支出しただけでなく、契約の履行に多くの期待を寄せていたわけであるから、若しかような段階において、相手方から契約が解除されたならば、履行に着手した当事者は不測の損害を蒙ることとなる。従って、かような履行に着手した当事者が不測の損害を蒙ることを防止するため、特に民法557条1項の規定が設けら れたものと解するのが相当である。
同条項の立法趣旨を右のように解するときは、同条項は、履行に着手した当事者に対して解除権を行使することを禁止する趣旨と解すべく、従って、未だ履行に着手していない当事者に対しては、自由に解除権を行使し得るものというべきである。 このことは、解除権を行使する当事者が自ら履行に着手していた場合においても、同様である。すなわち、未だ履行に着手していない当事者は、契約を解除されても、自らは何ら履行に着手していないのであるから、これがため不測の損害を蒙るということはなく、仮に何らかの損害を蒙るとしても、損害賠償の予定を兼ねている解約手附を取得し又はその倍額の償還を受けることにより、その損害は填補されるのであり、解約手附契約に基づく解除権の行使を甘受すべき立場にあるものである。 他方、解除権を行使する当事者は、たとえ履行に着手していても、自らその着手に要した出費を犠牲にし、更に手附を放棄し又はその倍額の償還をしても、なおあえて契約を解除したいというのであり、それは元来有している解除権を行使するものにほかならないばかりでなく、これがため相手方には何らの損害を与えないのであるから、右557条1項の立法趣旨に徴しても、かような場合に、解除権の行使を禁止すべき理由はなく、また、自ら履行に着手したからといって、これをもつて、 自己の解除権を放棄したものと擬制すべき法的根拠もない。
ところで、原審の確定したところによれば、買主は、手附金40万円を支払つただけで、何ら契約の履行に着手した形跡がない。そして、本件において は、買主が契約の履行に着手しない間に、売主が手附倍戻しによる契約の解除をしているのであるから、契約解除の効果を認めるうえに何らの妨げはない。従って、民法557条1項にいう履行の着手の有無の点について、原判決の解釈に誤りがあること前に説示したとおりであるが、手附倍戻しによる契約解除の効果を認めた原判決の判断は、結論において正当として是認することができる。論旨は、結局、理由がなく、採用することができない。
よって、買主の上告を棄却する。
3 履行に着手とは?
今回のケースで裁判所は、解約手付が支払われた売買契約において、売主が不動産を取得し自己名義の所有権移転登記を得たときは履行に着手したものと解されるが、しかし売主自ら履行に着手した場合でも、買主が履行に着手するまでは、手付の倍返しによって解除権を行使できるとしました。
そのほかに履行の着手と認めた事例として、買主が残代金を準備し再三にわたって契約の履行を売主に催告した場合、買主が契約後に取引銀行からの融資の承諾を受けていつでも残代金を払える状態で待機した場合、売主が所有権移転登記に必要な書類をそろえて決済する場所で待機していた場合、買主が中間金を支払った場合、売主が買主の測量に立ち会った後に改装工事に着手した場合などがありますので、注意が必要でしょうね。
では、今日はこの辺で、また。