見出し画像

小沢一郎陸山会事件

こんにちは。

 今日は、政治家、小沢一郎氏の資金管理団体「陸山会」による土地の購入が問題となった東京高判平成24年11月12日を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 小沢一郎氏の資金を管理する団体の陸山会は、秘書寮を建設するために、小沢氏から4億円を借りて東京都世田谷にあった土地を3億5000万円で購入しました。この土地購入費に関して、陸山会は支出を平成16年度の収支報告書ではなく、平成17年度の報告書に記載していました。そのため市民団体は、陸山会の会計責任者の大久保氏、会計事務担当の石川氏、後任の池田の3人の秘書について、政治資金規正法違反の容疑で告発し、その後に逮捕されることになりました。
 一方、小沢氏は不起訴処分となりましたが、市民団体の申し立てを受けた検察審査会は、小沢氏が秘書と共謀していたとして「起訴相当」と議決し、指定弁護士によって政治資金規正法違反で強制起訴されました。

2 東京高等裁判所の判決

 第一審の東京地方裁判所は、小沢氏が土地の購入費が平成17年度の収支報告書に記載されることは適法と考えた可能性があるとして、虚偽記載の故意や元秘書との共謀について検察側の立証が不十分であるとして、無罪としました。東京高等裁判所も、次のような理由で、小沢氏を無罪としました。

  原判決は、石川氏は、不動産業者との交渉の結果、決済全体を遅らせることはできず、所有権移転登記手続のみを遅らせるという限度で本件合意書を作成し、所有権の移転時期を遅らせるには至らなかったとする。そして、原判決は、所有権移転の先送りができたと認識していた旨の石川氏の原審公判供述は信用できないとする。しかし、関係証拠に照らすと、残代金全額の支払がされ、物件の引渡しがされて、本件土地の所有権移転登記手続に必要な
書類の引渡しがされるなどしたことから、平成16年10月29日に本件土地の所有権が移転したとした原判噺を不合理とすることはできないが、石川氏の上記原審公判供述は信用できないとする原判断は、経験則等に照らし、不合理というほかはない。
 石川氏は、「本件合意書の1条において、本件土地の所有権を平成17年1月7日に移転することが取り決められたと考えていた。また、当時、所有権の移転と登記名義の移転との違いをよく理解していなかったことや司法書士からの説明で所有権移転の先送りができたと認識していた。」旨を原審公判で供述した。これに対し、原判決は、本件売買契約書の記載を見れば、所有権の移転と登記名義の移転が異なるものとして扱われていることは専門家でなくても容易に理解できる、高額の不動産購入に当たり本件売買契約書の内容を慎重に検討したはずであり、所有権の移転と登記名義の移転とが区別されるものであることを理解していたはずであるから、本件合意書により本件土地所有権の移転時期の変更などは合意されていないことも認識していたものと認められる、司法書士は、その立場等に照らせば、陸山会における経理処理や収支報告書の計上方法について、石川氏に助言をするはずがない、として、石川氏の前記公判供述は信用できない旨認定判示する。
 関係証拠によると、本件売買契約書には、「第5条 所有権の移転及引渡し」として、本件土地の所有権は、買主が売買代金全額を支払い、売主がこれを受領したときに売主から買主に移転する旨、売主は、買主に本物件を所有権移転と同時に引き渡す旨、「第7条 所有権移転登記等」として、売主は、売買代金全額の受領と同時に、買主と協力して所有権移転登記の申講手続をする旨等の記載があることが認められる。そうすると、原判決のいうように、その内容を慎重に検討すれば、本件売買契約書上、所有権の移転と登記名義の移転とが区別されるものであることを理解することは可能といえる。そして、本件合意書の第1条には「原契約の物件の引渡し及び残代金支払日は、原契約に基づき平成16年10月29日に行うが、原契約第7条による所有権移転登記については、買主の希望により平成16年10月29日に所有権移転仮登記を行い、本登記を平成17年1月7日に行うものとする」とあり、残代金の支払時期、物件の引渡し時期及び所有権移転登記の時期のみが明記されているだけであって、所有権の移転時期についての定めはない。また、本件合意書の第3条には「第1条及び第2条の変更以外、原契約の内容に変更はないものとする」とある。これらからすると、所有権の移転時期については本件合意書によって変更されておらず、本件売買契約書に従って処理されることになると理解することも可能といえる。
 しかし、本件合意書作成の経緯等を見ると、関係証拠によると、次の事実が認められる。すなわち、石川氏は、本件売買契約後に先輩秘書からの示唆を受けるなどして本件土地公表の先送りの方針を決め、当初は本件売買契約の決済全体を来年に延ばすように不動産会社に求めた。しかし、売主の意向が残代金は10月29日に支払ってほしいというものであったことから、不動産業者の担当者が、司法書士から聞いていた仮登記を利用して、本登記を延ばすことを提案し、陸山会側がこれを了承し、本件合意書の作成に至った。その際、所有権の移転時期についての具体的なやり取りがされた様子はない。そして、前記のとおり、本件合意書の第3条には、残代金の支払時期及び物件の引渡し時期は明記されているが、所有権の移転時期については何ら明記されていない。
 そこで、石川氏の認識についてみると、仮に原判決のいうように石川氏が所有権の移転と登記名義の移転とを区別して理解していたとすると、本件
合意書の作成に当たり、所有権の移転時期はどうなるのかと聞いたり、本
登記の先送りだけでなく所有権移転時期の先送りも本件合意書に明記して
ほしいなどという要望をすることになるのではないかと思われる。石川氏がそのような行為に出ていないということは、石川氏としては、所有権の移転と登記名義の移転とを区別して認識しておらず、これらを一体のものとして認識していたためではないかとみるのがむしろ自然ともいえる。
 また、本件売買契約書及び本件合意書の内容について、原判決は、石川氏が慎重に検討したはずであり、専門家でなくても容易に理解できるとする。しかし、石川氏は、10月29日の決済直前にいわば駆け込みで先送りを実現しようとするなど、慌ただしい状況にあったといえるのであるから、時間をかけて慎重な検討をするような心理的余裕がなかったのではないかとみる余地がある。しかも、陸山会側からの要望が契機であるとはいえ、本件合意書自体は、司法書士という専門家も関与した形で不動産会社から提案されたものである。法律の専門家でもない石川氏がそれを十分な検討を経ることなぐ信頼したということはあり得ることといえる。したがって、原判決のいうように石川氏が慎重に検討して理解したとはいい難いというべきである。 
 そうすると、石川氏が、本件合意書により、自らの要望どおりに所有権の取得も先送りできたものと思い込んだということもあり得ることといえる。  
 他方、本件合意書作成の経緯等からすると、売主としても、陸山会側の当初の要望である決済全体の先送りに応じることはできないが、10月29日に残代金の支払が受けられ、物件の引渡しができれば足りると考えていたものとみられ、登記と所有権取得とを一体のものとして先送りするという陸山会側の明示的な要望があれば,これに反対するような状況は何らうかがえない。これは、前記のような石川氏の認識に矛盾しない。
 以上からすると、石川氏としては、原判決がいうような所有権移転登記手続のみを遅らせるという限度で本件合童書を作成したとの認識であったとは
認め難く、登記と一緒に本件土地取得も先送りされたと理解したとみる余地があるといえる。したがって、これまで検討したような考察を欠いたまま石川氏の前記公判供述は信用できないとした原判決の判断は、経験則等に照
らし、不合理というほかはない。
 以上のとおり、石川氏は、本件土地の取得を平成17年に先送りできたと思
い込んでいた可能性があり、石川氏から本件土地購入等に関する引継ぎを受けた池田氏についても、石川氏と同様の認識であった可能性を否定できない。そうすると、本件土地の取得について、石川氏の平成16年分の収支報告書不記載の故意、池田氏の平成17年分の収支報告書虚偽記入の故意はいずれも阻却されることになるので、これらの故意を認めた原判決の判断は、論理則、経験則等に照らし不合理であって、是認することができない。もっとも、小沢氏に対する本件土地取得についての平成16年分の収支報告書不記載及び平成17年分の収支報告書の虚偽記入の各犯罪の成否を検討するに当たっては、なお小沢氏の故意の有無を問題にする余地があると考えられるので、本件土地の取得につき、小沢氏が石川氏から報告を受けたのかどうかについても検討を加えておくこととする。

 関係証拠によると、小沢氏は、陸山会が本件土地を購入する等のための資金として、本件4億円を石川氏に交付した。そして、本件土地の取得費にりそな銀行口座に振り込まれた4億円を充てることにして、本件4億円は簿外とするという処理は、石川氏が、先輩秘書からの示唆を受けるなどしたことを契機に、マスメディア等からの追及的な取材や批判的な報道を避けるため、本件土地の取得費の出所を説明しやすくするという目的で考え出したスキームである。そうすると、小沢氏が、自らが考え出したわけではないスキームの具体的な内容について関心が薄いことは十分考えられるところである。小沢氏が、これまで陸山会では不動産の取得費に銀行からの預金担保貸付金を充てたことがあったとの慣行や経験から、その内容を漠然と認識するにとどまるというのはあり得ることといえる。原判決の前記判断は、このような状況に符合するものといえる。
 また、原判決は、本件4億円が陸山会の一般財産に混入し、その後、本件売買の決済に充てられたといった資金の流れ等の経緯について、①秘書の裁量の範囲内であるとして、小沢氏への報告を要しないと考える事柄とみる余地があること、②本件預金担保貸付によるりそな銀行口座に振り込まれた4億円を本件売買の決済資金に充てるという方針と反する内容であって、報告すれば小沢氏の不興を買うおそれがあること、③本件土地公表の先送りを実行するつもりであり、摘発の危険は高くないと甘く考えていたことから、石川氏があえて小沢氏に報告しなかったと考える余地もあるとする。
 そこで、検討すると、①及び②については、前記のとおり、石川氏は、実質的には本件土地の取得費にりそな銀行口座に振り込まれた4億円を充てたことになると思い込んでいた可能性があり、小沢氏に対して虚偽の説明をしているという認識がないということもあり得ることといえるから、資金の流れ等の経緯は、既に了承済みの本件売買契約の履行過程等として秘書の裁量の範囲内であるとして小沢氏にあえて報告しなかったとみる余地がある。したがって、①の原判断は是認できるが、②の原判断は是認できない。そして、③については、前記のとおり、小沢氏は、平成16年10月28日から29日にかけて、預金担保貸付の手続や送金手続を短期間で実行するという慌ただしい状況にあったこと、返済計画等の事後処理は池田に任せていることなどに鑑みると、本件預金担保貸付を利用した本件4億円の簿外処理は、ある意味で、その場しのぎの処理として慎重に検討することなく実行されたとみられるのであり、石川氏としては、前記のような本件4億円の簿外処理のスキームについてそれなりの形がつけられたなどと安易に認識していた可能性がある。また、前記のとおり、石川氏としては、本登記と共に本件土地の取得の先送りが実現できたと思い込んだ可能性があり、本件土地取得費等支出の計上についても、本登記と合わせて計上することで一応の説明がつかなくはないと考えていた可能性があることは否定できない。そうすると、石川氏は、摘発の危険は高くないと甘く考え、あえて小沢氏に報告しなかったと考える余地もあるとする原判決の判断は、不合理とまではいえない。
 そして、小沢氏が本件定期預金の名義について説明を受けたとは認めら
れず、小沢氏が本件定期預金の名義を認識、把握できたかは疑わしいこと
などは原判決が認定説示するとおりである。その上で、小沢氏が、石川氏の説明によって、本件4億円の代わりに、りそな銀行口座に振り込まれた4億円が本件土地の購入資金等として借入金となり、本件4億円を原資として設定された本件定期預金は、小沢氏に帰属する資産であるか、あるいは、本件4億円の返済原資として小沢氏のために確保されるものと認識した可能性があるとした原判決の判断についても不合理であるとまではいえない。
 したがって、小沢氏は本件4億円が小沢氏に帰属する本件定期預金になった(確保された)と認識する可能性もないとの所論は採用できない。
 また、小沢氏は平成19年5月2日に本件4億円の返済を受けているとの所論の指摘は、少なくとも平成16年分の収支報告書の提出後のことであって、それまでの小沢氏の認識についての上記判断を左右するものとまではいえない。
 本件4億円の収入計上の必要性の認識に関して、その他所論が指摘する点を検討しても、小沢氏は、本件4億円を借入金として収入計上する必要性を認識するために、重要な契機となるはずの事情の認識を欠いた結果、平成16年分の収支報告書において、借入金収入として、りそな銀行口座に振り込まれた4億円が計上される代わりに、本件4億円は計上される必要がないと認識した可能性があるとした原判断を不合理とすることはできない。
 以上のとおりであって、小沢氏の故意及び共謀についての証明が十分で
はなく、本件公訴事実について、犯罪の証明がないことに帰着するとして小沢氏を無罪とした原判決の判断は是認することができる。
 したがって、原判決には、所論のような判決に影響を及ぼすことが明ら
かな事実誤認ないしは審理不尽の違法はない。


3 政治資金規正法の改正

 今回のケースで裁判所は、政治資金規正法違反の罪で小沢一郎氏が強制起訴された事案で、小沢一郎氏の故意及び実行犯との共謀の証明が十分ではないとして、小沢氏を無罪としました。
 歴史的に、政治とお金をめぐる事件が契機となって政治資金規正法が改正されてきましたが、この陸山会事件後に、政治資金管理団体が新たに不動産を持つことが禁止されるようになりました。政治資金の透明性と公正さを確保するためには、常に国民の監視の目が必要になってくるでしょうね。
 では、今日はこの辺で、また。


いいなと思ったら応援しよう!