柔術(Jiu-Jitsu)は知的格闘技
強くなりたい。
小学校5年生のときにケンカで負けて以来、ずーっと考えてきたテーマでした。このアホな問いに対して、小6の担任の先生は「弁護士になれば強くなれる。ただし、その力は人助けに使いなさい」と教えてくれました。
法律を勉強すれば強くなれるのかと思った少年の前に、家庭の経済事情が大きく立ちはだかりました。大学入学を目前に控えたある日、母親から「なんとか100万円を用意したから、これで卒業までやりくりしてほしい」と言われました。4年間の学費に満たない金額を目の当たりにしたときに、「ミナミの帝王」や「ナニワ金融道」に出てくる登場人物が借金で大変な目に遭っている情景が頭をよぎりました。お金について学ばなければ、強くなるどころか生きていけない。19歳の私は、萬田銀次郎の「ゼニは苦労して稼ぐもんや、楽してゼニ儲けできる世の中やありまへんで」という言葉を胸に、「世の中のお金の仕組みを学んだ者が一番強い」と考えるようになりました。
猛烈に学ぶことに力を注いだ学生時代に、たまたまテレビでやっていた総合格闘技イベントPRIDE(ノゲイラ vs セーム・シュルト)を見て、衝撃を受けたことがありました。それまで、プロレスやK-1は見ていたのですが、マットに背中をつけているノゲイラに対して、シュルトが上からパンチを浴びせてタコ殴りにいくかと思いきや、ノゲイラの三角締めで試合終了。素人目には、ノゲイラが絶体絶命に映ったのですが、あの屈強なシュルトがあっさりとタップするという未知なる世界が、このときに脳裏に焼きついたのです。
それから20年の月日が経ちました。ある日突然、学生が研究室にやってきて「合気道部の顧問をしてください」と頭を下げにきたのですが、「すまんのぉ~、武道経験がないから、無理やわ」とその日は追い返しました。後日、またその学生がやってきて「ほぼ全員の先生にアタックしたのですが、誰も顧問になってくれませんでした(ぜぇはぁ~)。もう一度お願いします」と土下座状態で懇願されたので、「しゃあないやっちゃなあ」と引き受けることにしました。
あるとき、その学生(合気道部主将になっていた)が「学園祭で演武があるので見にきてください」というので、初めて道場を覗いてみました。すると、部員全員がおじいちゃんの写真に向かって座礼しているではありませんか。内心で驚いている間に演武が始まり、ばったばったと相手を投げ飛ばしている様子を、そのときは何の知識もなくただ眺めているだけでした。
その日のうちに合気道について調べてみました。すると、あの写真の人は植芝盛平という人物で、日本古来の柔術や剣術を研究した合気道の創始者だったのです。ここで「柔術」というキーワードに引っ掛かりました。そう、20年前に衝撃を受けた三角締めの使い手のノゲイラは、ブラジリアン柔術家だったのです。
日本古来の柔術とブラジリアン柔術とは何が違うのか。歴史を調べてみると、1920年代に日本からブラジルへ渡った前田光世(リングネームはコンデ・コマ)が、カルロス・グレイシーに柔術を教え、それが改良されてグレイシー柔術(ブラジリアン柔術)となったのです。
その後、1993年にアメリカで開催された格闘技イベント「UFC(アルティメットファイティングチャンピオンシップ)」で、ブラジリアン柔術家のホイス・グレイシーが優勝したことで、柔術に注目が集まりました。なんせ「目つぶし・噛みつき以外は何でもあり」の大会に100kgを超える相撲取り、プロレスラー、キックボクサー、空手家などが参加していた中で、細身の道着を着た男が流血なしの無傷で優勝したのですからね。
ここから「柔術」は、「Jiu-Jitsu」として世界に広がることになったのです。現代でも、総合格闘技(MMA)で強いファイターは柔術のテクニックも当然に身につけているということが言えるでしょう。
このブラジリアン柔術は格闘家だけでなく、アメリカのニコラス・ケイジやキアヌ・リーブス、ミラジョボ・ビッチなど、ハリウッドスターの間にも広がっていき、Googleも社員の福利厚生として柔術教室を導入していったのです。今や、男女や年齢を問わず、世界中で競技人口が増えているのも特徴なんです。
日本でも、ドランクドラゴンの鈴木拓、岡田准一や木村拓哉、玉木宏、品川祐、ダレノガレ明美、菜々緒、川口春奈さんなどが柔術の愛好家だと公言しています。
20年間眠っていた私の記憶が再び蘇り、自分でも三角締めを極めてみたいと、いてもたってもいられなくなりました。すぐさま見つけた道場に「武道経験のない40歳のおっさんでも、柔術ってできますやろか?」と連絡すると、「柔術は何歳からでも始められますよ。昔、格闘技にあこがれてた40代が突然始めるというケースは多いですよ」と言われたので、すぐに入門しました。
1か月間は、運動を怠っていた体が悲鳴をあげましたが、次第に健康を取り戻しているなあと実感できるようになりました。また、柔術には帯制度があり、白帯から青帯、紫帯、茶帯、そして黒帯に昇格していくのです(キッズは白、黄、橙、緑)。人間の体の構造を理解し、力に頼らずに技をかけたり、回避したりするのに、それだけ時間がかかるということを表しています。
法律、お金、柔術の知識は長い時間をかけてじっくりと習得する必要があるという共通性があります。まだまだ、強くなるためには時間がかかりそうですね。