かつら販売顧客名簿事件
こんにちは。
江戸時代の呉服屋は、こんにゃくでできた大福帳に筆で顧客リストを書き込み、火事の時には井戸に投げ込んで守ってきたと言われるぐらい、顧客リストは家よりも大事なものとされていたようです。
今日は、顧客リストを持ち出したことが問題となった「かつら販売顧客名簿事件」(大阪地判平成8年4月16日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。
1 どんな事件だったのか
大阪のかつら販売会社は、新大阪本店以外に、支店として心斎橋店、三宮店、姫路店を置いていたのですが、あるとき心斎橋店店長が退職して、新たにかつらの製造販売のビジネスを始めました。しかし、元店長は勤めていた会社の顧客名簿をコピーして持ち出し、独立開業後にその名簿を使って顧客を獲得していたことから、かつら会社は、元店長に対して名簿に載っている顧客に対する営業行為の禁止と、名簿の廃棄、及び197万円の損害賠償を求めて提訴しました。
2 かつら販売会社側の主張
かつらの販売はその性質上、頭髪の薄い男性に直接路上で勧誘して行うことなどは到底不可能な上、自分がかつらを使用していることを他人に知られたくないため、友人・同僚などを客として紹介してくれることもないので、顧客の獲得は、必然的にテレビCMや新聞の広告によらざるをえない。そのために我々はスポーツ新聞などに年間2200万円の費用をかけてきたのだ。
我々の会社では、顧客名簿の表紙に「マル秘」の印を押し、顧客から見えない心斎橋店のカウンター内側に保管していたので、不正競争防止法で保護されるべき営業秘密にあたるはずだ。
3 元店長の主張
私が退職したのは、二重の予約を受け付けていたことについて社長に苦情を述べたところ、激昂されて、理由なく自宅待機を命じられたからです。また、退職の通知をするために顧客名簿をコピーしたにすぎず、現在は顧客に何の通知もしていません。私の店に来ている客は、私の技術についてきた客であって、名簿を使用して不当な勧誘をしたからついてきたというわけではありません。
4 大阪地方裁判所の判決
顧客名簿は、かつら販売会社が同業他社と競争していく上で、多大の財産的価値を有する有用な営業上の情報であることが明らかである。そして、かつら販売会社は、顧客名簿の表紙にマル秘の印を押捺し、これを心斎橋店のカウンター内側の顧客からは見えない場所に保管していたところ、そのような措置は、顧客名簿、それも男性用かつら販売業における顧客名簿というそれ自体の性質、及び証拠により認められるかつら販売会社の事業規模、従業員数(従業員は、本店及び3支店合わせて全部で7名。心斎橋店は店長1人)に鑑み、顧客名簿に接する者に対しこれが営業秘密であると認識させるのに十分なものというべきであるから、顧客名簿は、秘密として管理されていたということができる。更に、顧客名簿に記載された情報の性質、内容からして、かつら販売会社以外の者に公然と知られていない情報であることは明らかである。したがって、顧客名簿は、不正競争防止法2条4項所定の「営業秘密」に該当するというべきである。
よって、元店長は顧客名簿を破棄し、かつら販売会社に対して約50万円を支払え。
5 秘密管理性
今回のケースで裁判所は、かつら販売にとって有用性が高い顧客名簿について、その情報にマル秘の印が押され、人目につかない場所に保管していただけであったとしても、従業員7名の会社にとっては秘密管理性があるとして、その名簿をコピーすることが不正競争にあたるとしました。
秘密管理性が認められるためには、情報の性質や企業の規模などの事情によって異なるために、十分に注意する必要があるでしょうね。
では、今日はこの辺で、また。