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馬の鼻嵐事件

 こんにちは。

 国語辞典で「鼻嵐」をみると、馬の鼻息が激しいこと、と書いてあります。

 この馬の鼻息が原因で、悲劇が起こった事件があります。今日は、この馬の鼻嵐事件(広島地判昭和58年9月29日判例タイムズ511号167頁)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 12月初旬の午前5時ごろ。ある馬主は妻と共に競走馬7頭をトラックに積んで運搬していました。途中、広島市に住む娘のところに立寄るためにトラックを路上に駐車し、運転席のドアを施錠して現場を離れました。

 あたりが薄暗い中で、一台のトラックから、馬の鼻息によってもくもくと白煙があがっていました。すると、たまたま散歩をしていた近所の人が気づいて、110番通報をしたのです。

 駆けつけた警察官は、やじ馬が20人が「早く火を消してぇ~」と叫んでいたこともあり、直感的に車両が燃えていると判断し、消火器でトラックの荷台とそこにかけられた防水布との間に化学消火剤を噴射しました。やがて消防車が到着すると、今度は消防官がトラックにめがけて放水を開始しました。これにより、7頭の競走馬のうち、6頭が死亡することになります。

 駆けつけた馬主は「火事やない!馬の湯気や」と大声で叫び、消火作業が中止されました。その後、馬主は警察や消防に過失があるとして、国家賠償法1条に基づいて、広島県と広島市を相手に約940万円の損害賠償を求めたのです。

2 馬主の主張

 消防官が懐中電灯でトラックの荷台の中を覗き見たそうやけど、その程度では不十分や。ちゃんと火の元を確認するべきやけど、怠っとるやろ。普通は真っ黒な煙が出るはずで、湯気とはあきらかに色が違うはずや。
 ほんで、物が焼ける焦げ臭いにおいもするはずなのに、そのような臭いもしてへんかったやろ。

3 警察官、消防官の主張

 まあ、聞きんさい。現場に到着したら、付近に運転手や関係者がおらんで、現場には白煙と異臭がたちこめてて、ライトを照らしても全然見通しがきかんかった。
 ほんで、馬が荷台で暴れ出したから、早いうちに火を消さんと馬が荷台から飛び出して暴走して、それによって被害が広がっちゃあまずいと思ったんじゃ。
 車は4トン車で、4頭の競走馬を積んどうのが普通やのに、7頭も積んどって、じゃけ、これが原因で馬が暴れたんやない?

4 広島地方裁判所の判決

 白煙が車の防水布全体を包むようにして、高さ2mにも及んで立ち上っている状況で、その勢いも強く、馬が激しく暴れているのは火災のためであると判断したのはやむを得なかったものといわざるを得ない。
 よって警察や消防の判断とその措置は、周囲の状況を勘案すれば、決して不適切なものとは言えず、職務行為として許容される範囲内のものと認められ、またそこに職務上の義務違反や懈怠はない。

5 国家賠償法

 公務員の不法行為によって国民が損害を受けた場合には、国又は地方公共団体が代わって損害を賠償するとする国家賠償制度があります。今回のケースでは、警察官と消防官を雇用している広島県と広島市を相手に裁判が起こされました。

 公務員個人が直接賠償する責任を負わないのは、公務に対して消極的になるおそれがあるからだとされています。

 この事件が、社会の仕組みを知ってもらう機会になれば幸いです。

では、今日はこの辺で、また。


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