公正証書遺言無効事件
こんにちは。
入院中に、公正証書遺言を書きたいと思ったときには、公証人に病院まで出張してもうらことができます。ただし、公証人に出張をお願いすると、手数料が5割増しになったり、4時間まで1万円(4時間を超えると2万円)の日当が必要になったり、電車やタクシーの往復代金が必要なったりするので、注意が必要です。
そこで今日は、公証人が病院に出張して作成した遺言が問題となった「公正証書遺言無効事件」(宇都宮地判平成22年3月1日金融法務事情1904号136頁)を紹介したいと思います。
1 どんな事件だったのか
豆腐屋を営んでいた一郎は、妻に先立たれたが、店を手伝うようになった竹子と同居するようになりました。その後、一郎は末期癌のために入院し、宇都宮地方法務局所属の公証人と証人2名の立会いのもとで、土地建物を竹子に遺贈する内容の遺言を作成しました。ところが、一郎が死亡したときに、その子どもが適式な遺言をしていないとして、竹子に対して登記の抹消登記手続をするように求めました。
2 子どもの主張
竹子は、その妹夫婦たちと公証人役場に赴き、父さんの遺言公正証書の作成を依頼し、公証人が父さんの病院に訪れることになった。しかし父さんは、モルヒネを増量して処方されていたので、意識がもうろうとしており、遺言の内容を口授することができないばかりか、かろうじて目を開ける程度だった。そうすると、竹子が遺言の内容を事前に公証人に伝えていなければ遺言を作成できなかったことになる。そのような状態で作成された遺言は無効であるはずだ。
3 竹子の主張
当時の一郎は意識明瞭で、証人2名の立会いの下で病院に訪れた公証人に対して、土地と建物を私に遺贈するとの遺言を残しました。そのとき一郎は、自ら酸素マスクを顔から少し外しながら、口授していました。だから、一郎には遺言能力があったと言えます。
4 宇都宮地方裁判所の判決
公証人が一郎の病室を訪れたときには、病状が悪化し、塩酸モルヒネ注射液の点滴を受けており、そのため意識レベルが低下した状態にあり、また、酸素マスクを付けていて、これを外して会話を続けると、血中酸素濃度が低下し、ナースステーションの警報が鳴るようになっていたが、公証人が一郎と会っていた時間帯にこの警報は鳴らなかった。一郎は、このような状態にあったから、本件遺言公正証書に記載されている内容を自ら公証人に告げたとは考えがたく、また、酸素マスクを外して長時間会話したとは考えられない。一郎は、自ら本件遺言公正証書に記載されている内容を公証人に話したのではなく、公証人が問いかけたのに対し、声を出してうなずくのみであった。そうすると、一郎が本件遺言公正証書作成に先立ち竹子に対し、本件土地建物を竹子に相続させる旨の意思を表明し、遺言公正証書を作成することが一郎の意思に基づくものであったとしても、一郎が公証人に対し本件遺言の趣旨を「口授」したと認めることはできない。したがって、本件遺言公正証書は、民法969条2号の要件を欠き、本件遺言は、効力がないといわざるを得ない。
よって、竹子は所有権移転登記手続の抹消登記手続をせよ。
5 遺言内容の口授(くじゅ)
今回のケースで裁判所は、遺言者の意識レベルが低下した状態で公証人の問いかけにうなずくだけで作成された公正証書遺言には、効力がないとしました。
ただし、事前に本人と公証人が面談して、公証人が作成した案の内容を読み上げて、間違いがないかどうかを確認する場合でも遺言が有効とされる場合もありますので、遺言能力があるという内容の医者の診断書を取っておくことも重要となるでしょうね。
では、今日はこの辺で、また。