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非合理な特殊解 20

夏子はエマの家へ帰ると、ソファに横たわり、天井の筋を眺めた。
「エマ。」
「どうしたの?」
エマが冷蔵庫を占める音がした。
「・・・何でもない。言おうとしてたこと忘れた。」
夏子は西田とコーヒーを飲んでから帰ってきたよと言おうとした。ただ、明日も西田と一緒にコーヒを飲む約束をしてしまっている。エマには明日話したらいいと思った。
「ふふふ。」
エマは夏子の視界の中に顔を出し、夏子を覗き込んだ。
「夏子、2月末にここを出ることになったよ。」
エマは不安げな顔をした。
「とうとうね。分かった。」
夏子は何でもないような顔をした。
「どうするの?」
夏子は起き上がってエマに隣に座ってと手で促してから言った。
「何となくは決まってるよ。エマと暮らして楽しかったから、もう当分は一人暮らし出来ないかも。誰もいないお家に帰るのは寂しいよ。」
「それじゃ、シェアハウスかな。」
「うん。引っ越す日程が分かってから見てこようかなと思ってたの。目白や池袋辺りのシェアハウスにしようと思ってるよ。何も心配要らないよ。」
夏子は微笑んだ。
「何日かはシェアハウスの夏子の部屋に居られるかな?」
「居られるんじゃない?友達を部屋に入れちゃいけないとか、無いと思うから。」
「それじゃ、宜しく。」
やっとエマの表情も晴れた。

「荷物を毎日沢山処分していかないと。多少の洋服とPCとスマホ以外全て処分しなくちゃ。」
「私もママのところへ多少荷物を送らなくちゃ。アルバムも。」
「驚くんじゃない?裸の女の体に絵が描かれた写真だけ載ってるアルバムとか。」
「開けないで!と箱に書いておくよ。」
「ふふふ。それでも開けそうな気がする。」
エマのママが箱を開けてアルバムを見ているところを想像して、夏子はむず痒くなった。口に手を押さえて、目を見開く女性が頭に浮かぶ。夏子は棚の上に置かれた写真立ての中のエマのママを見た。

「夏子、後悔してない?」
「何が?」
「何も無くなること。」
窓の外から、急にしとしととした雨音がし始めた。
「家電とか家具とか?後悔してないよ。むしろ、日本橋のあの部屋からシェアハウスは考えにくかったけど、エマと一緒に暮らしてみたから、次はシェアハウスかなって思えたんだよ。どんな所か、どんな人達がいるか、どんな生活が待っているのか楽しみよ。感謝してるよ。」
夏子は窓を閉めようと立ち上がった。
「それなら良かった。」
エマも立ち上がり台所へ行こうとした。
「眠くなってきたから、そろそろ少し寝るね。」
夏子は窓の左右の扉を片方ずず閉めようとしたが、すぐには急にどんどん強くなる雨音を聞いてみたくなった。窓辺に寄りかかり視界の半分で庭を眺めた。冬なのにこんな雨は珍しいなと思った。

雨は強くなり、風も出始めだのでとうとう窓を閉めようした時、視界の隅のテレビの画面に宮本が見えた。

お昼のテレビの訃報のニュースだった。
「元@&#:/^&@&?!#@?..…」
大きな雨音にかき消されてテレビの音声が聞こえず、夏子は慌ててリモコンで音量を上げようとした。しかし、ボタンを押そうとした時には、画面は次のニュースへ移っていた。
夏子は何のボタンを押さずにリモコンをデーブルの上へ戻し、立ち尽くした。

「夏子、どうしたの。顔色が急に悪くなったよ。」
エマは夏子に駆け寄った。
「あ、あの。。。そう?何でもない。おやすみ。」
夏子はエマの顔を見る事ができなかった。エマには言わなくてもいい事だが、エマの顔を見たら泣いてしまいそうだった。
夏子は急いでベットに潜り込んだ。


この日の夜の出勤も、西田の助けのおかげで何とか終わらせることができた。
終業後、昨日と同じようにエレベーターの前で西田が待っていた。
「あんたさ、漢字書けないの?間違ってるよ。ほら、見て。これだよ。」
今日のと昨日にやり取りしたルーズリーフだった。
「ああそう。」
夏子は西田を気持ち悪い奴だなと改めて思ったが、エレベーターには一緒に乗り込んだ。
「恥ずかしくないの?」
西田はニヤついて言った。
「多少はね。」
どうでも良かったが、恥ずかしいと言ってやらないと次に何をしでかすか分からないので、乗ってあげることにした。

外はよく晴れていた。半分空を見上げながら夏子は歩き始めた。西田はそんな夏子の横に並んで歩いた。
「それから、姉ちゃんが、、」
「ああ、会えたのね。良かった。どうしてた?」
西田が言いかけたのを遮るように夏子は言った。西田の顔から、言い出そうとしていることが、夏子を傷助けようとしていることだと分かったので、聞きたくなかった。
「どうって、生きてたよ。元気だった。」
西田は仕方なくそう答えた。
「そう。何話したの?」
「ほとんど忘れたけど、帰ってきていいって言ってた。」
「良かったじゃん。」
夏子は西田に微笑んだ。しかし西田は急にまた面白くなさそうな顔をした。


2人は昨日と同じマクドナルドでコーヒーを買い、席に座った。

「そういえば、姉ちゃんがあんたのことつまんないって言ってた。」
西田はまたニヤついていた。夏子はそんな西田を横目に、一口大きくごくりとコーヒーを飲み込んだ。暑いコーヒーが体を広がりながら流れていくように感じながら、つぶやいた。
「つまんなくもないかもしれないのに。」

西田は悲しそうな悔しそうな夏子の顔をどうしても見たかったのだが、夏子の無表情に戸惑い始めた。
「え?今なんて言った?」
「何でもないよ。」
夏子は微笑んでみることにした。そしてまた大きく一口、コーヒーを飲み込んだ。西田はそんな夏子を少し苦々しい表情で眺めながら言った。
「俺何言わされてんだ?」
「急にどうした?」
今度は夏子が戸惑った。西田はどこか自問自答していているような雰囲気だった。
「意味がわかんねーよ。」
「何が?」
沈黙が流れた。夏子は無言で色々な表情をしている西田を眺めた。西田は何か西田の中で何かとお相撲をしているようだと思った。

しばらく無言の時は流れ、店内の周りの席は数組入れ替わり、混雑し始めた。
「とりあえず、俺をメッセンジャーのように使うな。」
急に西田が口を開いた。
「ああ。分かったよ。」
夏子はコーヒーを飲み干した。
「じゃ、私帰るね。」
「早いよ。」
「早くはないよ。30分経ってる。それに、私、飲み終わったもん。聞きたいこと聞けたし、君はお家へ帰れる。良かった良かった。じゃあね。」
夏子はすぐに立ち上がり、近くのゴミ箱へコーヒーの紙のカップを捨てた。

西田はまだコーヒーにほとんど口をつけていなかった。砂糖とミルクを入れようと蓋を取ったところで止まってしまっていた。もう冷たくなったコーヒーを持ち上げて動揺しながら叫んだ。
「え、ちょっと待って。」
「何?」
夏子は数歩だけ西田の方へ戻った。
「ありがとう、って姉ちゃんが言っといてって。俺じゃないよ。」
西田が立ち上がって言った。
「そう。じゃあお姉ちゃんへ、いいえど、、、、あ、やはりやめとく。君が怒るから。じゃあ。早く帰りなよ。」
夏子は苦笑いで手を振った。
「うん。」
西田は頷いて静かに席に座った。

夏子は渋谷駅へ歩きながら、嬉しくなった。西田は何かが変わってきたように感じられたからだ。しかし、私が喜んだ顔を見せてはいけない気もした。悔しがってる顔をしていた方が丸く収まりそうだと思った。それはとても簡単なことだとも思った。

解決への道筋が見えた気がした。


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