非合理な特殊解12
配送業者の社長さんは、玄関先に沢山の荷物を残したまま、約束通り21時ぴったりに帰って行った。夏子がエマのお家へ荷物を運び込み終えたのは23時過ぎだった。エマのお家の廊下とリビングは、荷物の段ボールで一杯になった。
「夏子、あそことこの辺りのクローゼット使ってね。」
エマはリビングとと寝室のクローゼットの一部を指差しながら夏子に言った。
「ありがとう。」
夏子は段ボールからスーツやワンピースを取り出し、クローゼットにかけた。
エマも夏子の荷物の箱に「冬服」と書いてある段ボールを開けた。
「何で夏子は同じ服を何枚ももっているの?」
「この組み合わせは地味なOLの時の服。黒いスラックスと、この男性用の紺のシャツは袖の長さがちょうどいいの。これは黒いカーディガン。これらを着て、黒い縁の眼鏡かけて首のあたりで髪を束ねると完璧。会社ではいつもこの格好でいれば、お店のお客さんと一緒にいる時に、間違って有楽町辺りで同じ部署の人とすれ違ったとしても全然気付かれないの。毎日家に帰るわけじゃないから、洗濯は数日に1回。だから同じ服が溜まっていくの。」
「ふーん。そうなの。」
エマが次に開けた箱の中には、カーディガンと銀座のお店で着ていたドレスが7着入っていた。
「このドレスはクローゼットにかける?」
「どちらでもいいよ。もうきっと必要ないから、もしよかったらエマにあげるよ。要らないなら捨てようかな。」
「いいの?ありがとう。どこへ着て行こうか。」
「今試しに着てみてよ。」
夏子は青いドレスを箱から引き出した。エマはひとまず全てをハンガーにかけ始めた。
「いいね。どれにしようかな。」
「エマは肌が白いからこの青の似合うねきっと。」
夏子は青のドレスをエマの腕にかけて渡した。
「そう?全部着てみるけど、じゃ青から着てみるわ。夏子も着てみれば?」
「そうねえ、最後にこの赤いの着とこうかな。宮本さんのプレゼントだから。」
2人は着替えを終えると、お互いに髪を結い上げた。
「このドレスは、全部要らないの?」
「うん。要らないよ。誰の結婚式にも着ていけないよ。こんなに太ももの上のほうまでスリット入ってたら。」
「まあそうね。じゃ、全部貰うね。私は沢山着てみたいわ。」
「姫。毎日着ていたらいいよ。」
「うん。そうする。」
夏子は荷物のどこかにネクタイが2、3本あるのを思い出した。思い出してはみたが、探してみるのはやめた。意味のある写真は撮ってもきっと虚しくなると思った。
夏子はパジャマ代りのロングワンピースに着替え、リビングにある荷物の一つを開けてボードゲームを選びながらエマに話しかけた。
「ねえ、エマ、来週から始まる仕事へは、どんな格好で行ったらいいの?」
「普通よ。別に何でも大丈夫。」
エマはピンク色のミニドレスを着てお人形のようにソファに横になっていた。
「何でもか。周りの人はどんな格好?」
「どこのチームになるかにもよるけど、私のチームは男の子しかいなかったからねぇ。みんなジーンズに、大きめのパーカーとか着てたよ。」
「そう。初日もそんな感じの格好でいいのかな?」
「うん。多分。」
「明日お散歩の帰りに買ってこようかな。パーカーとジーンズ。持ってないから。」
「うん。付き合うよ。」
「ありがとう。」
夏子はガラガラと音を立てながら箱からチェス版を取り出すと、それをエマに見せながら言った。
「これから引っ越し祝いで、飲もうか。」
「うん。」
エマはワインを、夏子はコーヒーを飲んだ。それから眠くなるまでチェスの勝負をした。
今日始まったばかりの、残りわずかな同居生活。どうしてもっと早く始めなかったのだろうと夏子は思った。そして、エマと一緒にいられるこの瞬間を大事にしようと思った。
そして、荷物を2、3箱開け、散歩へ行き、読書する、という日を3日ほど過ごした後、いよいよ初出勤の日になった。