絵本考察日記#05/こまったさんシリーズ「こまったさんはこまってない」後編
みなさまこんにちは。こちらの記事は、あかね書房人気のシリーズ「こまったさん」「わかったさん」を好き勝手に料理してあれこれたのしむページです。
前編「こまったさんはこまってない」をまだお読みでない方は、ぜひこちらからそうぞ!https://note.com/omusubimusume/n/n79b9131557d5
1、わかったさんはわかってない
こまったさんシリーズについて触れる前に、今回は先に姉妹シリーズの「わかったさん」についておしゃべりさせてください。
・わかったさん
例によって、これもあだ名です。「わかったわかった」が口癖だから、お父さんがつけました。わかったさんの実家はクリーニング屋さんを営んでいます。わかったさんはお父さんとお母さんを手伝っており、車で服を配達したり引き取りに行ったりする道中、ヘンテコ理不尽ファンタジーに巻き込まれ、なぜかお菓子の作り方を覚えちゃう、という流れです。
わかったさんは、わたしの予想では21歳くらいで、実は大学生か院生で、理系学科。家業をアルバイトとして手伝っている。しっかりもしているようでうっかりさんで、「わかったわかった」、と2回繰り返して返事をするのが常なあたり、わかってないことが多そうです。
2、どうも快くはないファンタジー
この2シリーズに共通しているのは「ヘンテコ理不尽ファンタジー」なのですが、これについて少しお話しします。
作者の寺村輝夫さんは「ぼくはおうさまシリーズ」「おしゃべりなたまごやき(長新太)の作者でご存知の方も多いと思います。戦後の貧困を経験したのち、大人になってからも食べることやお料理がとにかくお好きだったようですが、たべものをフックにして(とくに卵!)、そこから空想の世界を広げる物語をたくさん書かれています。ところが、子どもの頃のわたしはこのファンタジーがどうも、ざわりとしたのです。
先日実に23年ぶり(!!)にわかったさんシリーズを読み返したのですが、このざわり感は変わらなかった。なんだかどうも、腑に落ちないオチなのです。ヘンテコなお菓子の国から現実世界に戻ってくる唐突さや、登場するヘンテコな動物や人の性格が、ざわり、なのです。『わかったさんのシュークリーム』では、お得意さんのおばあちゃんがうちのインコがいなくなっちゃたの探して〜よよよと泣き、あれよあれよという間に砂糖砂漠に迷いこむ。そこにインコがいたと思えば、そのインコはわかったさんのペンダントの象と突然あなた、好きー!と恋に落ちる。
ところがその象が力持ちでかっこいいところを見つけようと、目の色を変えて砂糖の袋をいらないって言ってるのに運んじゃう。するとそのインコはもうあなたいやー!と一方的にふっちゃう。当のわかったさんは、このふたり(1羽と1頭)のためにせっせこシュークリームを作らされている。
ほかのシリーズも、こう言ってはなんですが、みんなすこーしずつ性格がひん曲がっていて、わかったさんが無茶振りをされて苛立っている。
絵本ナビのサイトでは、寺村輝夫先生のプロフィールに、
84年「独特のナンセンステールズで、子どもの文学の世界を広げた」功績により巌谷小波文芸賞受賞。とありましたが、独特のナンセンステールズという言葉ははじめて聞いたので、目がまんまるになってしまいました。
生きていれば、いろんな人にかならず、ぜったい出逢う。好きなことにも、好きじゃないことにも、これから好きになるかもしれないことにも。
この物語の味わい深さを分析してみたら、ファンタジーとリアルが実に巧妙に混ぜ合わさっていて、これが「ざわり」の正体であり、料理上手の作者のセンス、なのかもしれません。
3、こまったさんわかったさん共通項
この姉妹版シリーズは、作者は同じですが絵を描いているかたはちがいます。でもそれぞれに味があります。読んだ後きっと、作ってみたくなるところがミソ。
こまったさんシリーズはほかほか、どことなくのんびりした幸せな湯気を感じるし、わかったさんシリーズはスキッとシンプルだけど、煮詰めたりんごやレーズンやシナモンの薫りが漂ってくるよう(わかったさんのアップルパイより)。
ちなみにわたしは小学校3年生のとき、親友だったMちゃんとこのわかったさんシリーズを読んで、ホットプレートでホットケーキを焼いたり、がりがりのクッキーを焼いたりして、連日担任の先生に渡していました。理由はこうです。
当時の担任、S川先生は新任教師でした。9歳のわたしから見ても、そのことは明らかだった。今思い出してもけっして気弱なタイプの女性ではなかったのですが、どこかわたしは、この先生に同情していたのだろうと思います。その時にはっきり言語化なんてできなかったけれど、このクラス、うまくいってないなー、と思っていた。実際いじめも起こっていた。それにひとつ覚えているのは、その先生は水泳が得意で、プールの授業の後、子どもたちを先に教室に返し、休み時間に一人泳いでいた。え、このクラスにいるこの子達になにかあったらどうすんの、と着替えながらわたしは思った。プール後の湿気と熱気で充満する教室の窓から、先生が泳ぐ姿をぼんやり見つめた。
変に大人びた、大人びてしまった子ども時代だったのかも。
わかったさんを見てアイスボックスクッキーやスワンシュークリームなど巻末のおまけレシピを知ってときめいたことももちろんあるけど、S川先生を励ましたかったのだと思います。
話がだいぶ遠いあの日にとんでしまったけれど、こういうちょっと陰りのような当時の思い出もふくめて(そのMちゃんともいつしか縁遠くなってしまったし)、
わかったさんと出会い直したのでした。
4、とはいえ「お料理物語」はやっぱりたのしい
最後に、あなたがもしこまったさんに数十年ぶりに再会することがあれば、ぜひあとがきをじっくり味わっていただきたいのです。
「サラダだけ食べていても痩せない」などと、現代社会の食べ物への考え方にはっきり警鐘を鳴らしつつも、料理の楽しさ美味しさが、ひとつの立派なコラムとして載せられています。これを”食育”などと謳って子どもに読ませるなどどいう行為はあまりにも味気ないサラダを食べることと同じこと。
わたしたちはこのまま、一緒に美味しいものをたべたいあのひとを思い浮かべて、おとなになりきれないわかったさん、あるいはこまったさん、でいたいものです。
☆おまけ
わかったさん生誕30周年を記念して、なんとグッズが作られています。
絵本や児童文学の登場人物たちがキャラクター化されて一人歩きすることにちょっと疑問を感じつつも、熊おばさんとりんごがたわわに実るあのシーンのハンカチにはときめいてしまう・・・散財注意報発令です。