絵本日記DAY30「ロバのシルベスターとまほうの小石」/愛おしいってこういうこと
ハッピーバレンタイン!みなさま、いかがお過ごしですか。
バレンタインだからといって、今日わたしは何かとくべつなことをしたわけではありませんが、知り合いの本屋の店主さんから、女性の乳房型のチョコレートをいただきました。ふたつ。たべるのがたのしみです。
そうそう、その本屋さんでは今日からホワイトデーまでの一ヶ月、私が主宰する「絵本研究室」の本棚から一部絵本のコレクションを販売することになりました。
盛岡駅、開運橋から歩いて3分くらいのところにある「ponobooks×」という本屋さんです。ご存じの方も多いと思いますが、先日、我が盛岡が2023年訪れるべき街ランキング2位として、かの有名なニューヨークタイムズに掲載されたものですから、街は湧きに湧いています。
ポノブックスでは、「本屋プロレス」という、文字どおり本屋のなかでプロレスをしちゃうというトンデモイベントがときどき開催されています。(しかも聞くところによると本棚とかもほとんどそのままらしい)。どういうこっちゃ、とにかく今年は一度筋骨隆々のプロレスラーが本棚からダイブする勇姿をみてみたいです。一緒に行ってくれる方、募集中。プロレスはともかく、ぜひ観光で盛岡に訪れたら、この本屋さんには行ってみたほうがいいです。
さて、今月は月末にもう一件出張絵本屋案件がありまして。そのイベントで出す絵本を整理していたときに、今日ご紹介する「ロバのシルベスターとまほうの小石」に出逢いました。あぁ、この絵本、こんなにハートウォーミングな絵本だったのか。これは手放せない、と。お売りはできないけれど絵本日記をシェアすることで、一緒にたのしんでいただければと思います。
それから個人的に、かつて「石コ少年」だった友人にも、バレンタインチョコの代わりにこの絵本を贈ります。
◎愛おしいおばかさん/シルベスター
ロバのシルベスター(本名:シルベスター・ダンカン)は、石マニアです。言ってしまえば、石オタクです。こういう、ひとつのものにひたすらに愛を注いでいる男の子の姿って、それだけでもう愛おしい。(『はちうえはぼくにまかせて』コズエの絵本日記DAY3参照のこと。)
夏休みのある雨の日、シルベスターは「もえるように赤く光る」石をみつけます。
うーむ、あぶない香り。だって不思議なものってたいてい、抗いがたく赤く光っているでしょう。
でも彼には、そんなめずらしい石を拾わずにいることなんてもちろんできません。
そして、拾います。
雨が肌につめたく感じていたので、つい、「雨がやんでくれたらなあ」と呟きます。すると、雨はやみました。
ためしに、「もう一度、雨が降らないかなあ」と言ってみました。
すると、ざんざん雨が降りだしました。
「なんてうんがいいんだろう。これからは、のぞみがなんでもかなうぞ。父さんや母さんはもとより、しんるいや、友だちにも、すてきなことをさせてやろう!」
この親類、という訳が良いですよね。瀬田貞二先生らしい。
自分以外の人たちにすてきなことをさせてやろう!とうきうきできるシルベスターは、あぁなんて素敵な心の持ち主なのでしょう。
ところが。ところがです。
ひづめに小石をそっとのせて、家までの道すがらこれからの未来に胸を膨らませていると、天敵のライオンに出くわしてしまいました。
そしてこともあろうに彼は、とっさに、こう願いました。
「ぼくは岩になりたい」。
それでもちろん、岩になりました。手にはあの魔法の石がのっていましたから。
夜になりました。
岩になってしまっては、手にあの石をのせることなどできませんから、元の姿に戻りたいと願っても、叶うはずがないのでした。
嗚呼、なんて可哀想でおばかさんのシルベスター。一粒一粒、丁寧につぶさに書かれたシルベスターの心情に、もうこちらまで胸がかなしみでいっぱいになります。一体どうして、岩になりたいなどと願ってしまったのでしょう。
(でもわたしが思うに、石ずきの彼が岩になりたいと願ったことはこれがはじめてではないのかもしれません。たとえば、意地悪っ子に会った時とか、お母さんにガミガミ怒られている時なんかにも、こっそりそう願ったことがあるのかも。ただ、手にはあの小石がなかっただけで)。
さて。シルベスターがこの後一体どうなってしまうのかは、本文を読まなくても、ちょっと絵本をひっくり返してみれば、わかります。
ただ。この絵本の素晴らしいところは、その劇的なハッピーエンドの迎え方です。
先に引用したように、だれかが、岩をロバだと信じ、奇跡的に手伝ってくれなければ、ハッピーエンドはあり得ません。そしてその可能性は億万に一つ、なのです。
でも、その奇跡は、起こります。
いったいだれが、どんなふうにしてその奇跡を起こしたのかは、どうぞこの絵本を手にとって、その目で見届けてあげてくださいね。
もちろん瀬田氏の日本語訳があってこそではあるのですが、この絵本の文章はこまやかでとても素晴らしいです。評論社から出版された新版には、さいごに作者のウィリアム・スタイグさんがコールデコット賞を受賞した際の素晴らしいスピーチが載っていますから、ぜひそちらも併せて読んで、なるほど作者の愛と優しさそのものの作品なのだと納得していただきたいと思います。
繰り返しになってしまいますが、物語の描写が丁寧でこまやかだからこそ、ハッピーエンドが劇的になるのです。
言い換えれば、ゆっくり、じっくり、物語が展開されていく。
だって、だってシルベスターが岩になってしまったのは、いちごがあたり一面にたわわに実っている季節で、秋がきて、やがて冬になり、なんと次の春がやってきてしまうのです。あぁなんて可哀想なシルベスター。この時の流れが、省かれることなくきちんと描かれている。
そしてこの時間が流れるあいだ、彼を愛する両親が、心を痛めないはずがありません。何もせずぼうっとしているはずがありません。
表紙の絵に描かれているのは、この騒動、いいえ大事件を引き起こした赤い小石ではなく、息子を捜し回る両親だということがたしかな証拠であり、物語の軸をしっかりと支えています。
王道といえば、王道の感動ストーリーなのかもしれません。アラジンと魔法のランプや、いっすんぼうしの打出の小槌のように、多重なる困難を乗り越えてのハッピーエンドです。
でも。この絵本には何かもっと、あたたかくて安心できるような、いきいきとしたものが感じられるのです。それはやっぱり、シルベスターがどこか間の抜けた、憎めない愛すべきロバだからでしょう。
読む前と読んだ後で、こんなにも本の温度が変わる絵本に出逢ったのは、とても久しぶりでした。どうか機会がありましたら、あなたもシルベスターと一緒に「すっかりたりる」絵本体験をしていただきたいと思います。
「ロバのシルベスターとまほうの小石」ウィリアム・スタイグさく/せた ていじやく/1975年10月30日初版発行 評論社