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絵本日記DAY23「そよ風とわたし」/絶賛魔女修行中によむべき絵本
こんにちは。きょうは魔法学校卒業生のわたしから、同志のみなさんへ、必読絵本をご紹介したいとおもいます。
この絵本は、とある駅ビルの、お洋服やさんのすみっこのほうに置かれていた、古本棚の奥のほうからひっぱりだしてみつけた本です。
こういうとき、わたしの魔女センサーがぴん、とはたらきます。そしてそれはたいてい外れません。この古本屋には、お宝の絵本があるぞ、というセンサーです。ついでにいうならば、ここのお店はおいしいぞ、も、ほとんど外れません。
それで、この絵本を奥のほうからひっぱりだしたのは、作者が「今江祥智」さんだったからです。今江祥智さんは、わたしのすきなトミー=アンゲラーの絵本をおおく翻訳されている。『すてきな三にんぐみ』、『ゼラルダと人喰い鬼』、とくに秀逸だとおもうのは『エミールくんがんばる』というタコと船長の友情物語です(コズエの鬼ゴリ絵本日記DAY 1参照のこと)。
この作者がかいたことばなら、まちがいはない、というのはよむ前からわかります。それで、おもったとおり、とても素敵なことばをみつけたので、ここに書き記しておきます。
この絵本の主人公は「プン」というなまえの、みためもプンプンしている小さな女の子。60さいです。この”小さな”女の子という件につきましては、作中でも間髪入れず、
「え?うそ いってらあ、ですって。とんでもない、ほんとのことですもの。」
と今江さんが語りかけてきますから、こういうところはやっぱりうまいなぁ、とおもうわけです。年長さんくらいの子たちならきっと「60さい?!それこどもじゃないじゃん!」とつっこむとおもいますし、そのツッコミをウエルカムしたうえで、ちゃんと迎え撃つ手を打ってある。ここで絵本と子どもたちのコミュニケーションがとれるので、子どもたちはこの冒頭でもうすでに「プン」に親しみを感じ、これからはじまるであろう冒険にわくわくできる、というしくみです。
プンは、動物をべつの動物にかえたり、砂をお砂糖にかえたりするような、いわゆるイギリスの某魔法学校でいうところの『変身術』を練習しますが、なかなかうまくいきません。きょうだいたちに笑われ、すぐに「プン」となってしまうのでした。
そこでお母さん魔女から教わったのは、あらゆるものをお花にかえる魔法。
あれあれ! プンの 目のまえに、小さな家くらいもある アジサイが、ゆめのような 青いろの 花を こぼれるほど つけて、ゆれているでは ありませんか。 ーーーまあ、きれい! プンは やっぱり 女の子です。ぽうっと なってしまって さけびました。ーーーいいわ、やってみるわ、そして せかいじゅうを 花だらけに してやるわ。」
女の子は、4歳ともなれば、もうこのロマンティックさがじゅうぶんにわかるはずです。ゆめのような青いろの花。それがこぼれるほどついて、ゆらゆらとゆれている景色は、そりゃあうだれだって、うっとり、ぽうっとするにきまっています。たとえアジサイという花がどういう花なのか知らなくたっていい、むしろこの絵本のなかで知ったアジサイこそがわたしのなかのアジサイだ、というふうになったら、素敵ですよね。そういうものを、わたしは絵本体験だとしんじています。
もちろん実際に庭にあるアジサイや図鑑をみて、これがアジサイなのだと知ることもまた一興ともおもいます。でも、でも、世の中に無数にあるものたちのいくつかは、こうして物語のなかでその正体をしることは、とても、あまやかなことだなぁとおもうのです。
わたしは、チェリーパイは赤毛のアンの物語のなかでしかたべたことがないし、塩漬けの豚肉とパン(おそらくハードなライ麦のような)は、大草原の小さな家のなかでしか、たべたことがありません。
それでもその味をしっかりと思い出せるのは、日当たりのいい自分の部屋で貪るようにして読んだ物語があったからです。
それから、特筆すべきはこの絵本の絵の「静けさ、ささやかさ」です。キリマンジャロよりは里山、海よりはみずうみ、台風よりはそよ風。ひっそりとちいさな村で織りなすひとりの小魔女の成長ものがたりですから、このしずかな絵はとてもあっていて、絵本棚にいれておいてときどきそっとよみたい絵本、になるのだとおもいます。
絵画のような、お花がぽつりぽつりとこぼれるページは、クラシカルなちゃいろの額縁にいれて、玄関にかざりたいくらいうつくしい。
わたしはこういうプンのような、日常のなかでふい、とあたりまえのような顔をして魔法をつかう魔女に、憧れているのだとおもいます。歌手の椎名林檎さんが歌う、『女の子は誰でも』という曲もお気にいりなのですが、でもほんとうに、そうなのです。女の子は誰でも、すきなひとをころりとさせる、呪い(まじない)のひとつやふたつくらい、もっているものなのです、よ。
おはなし名作絵本23 そよ風とわたし 文・今江祥智 絵・上野紀子 昭和52年10月4版 ポプラ社