絵本考察日記#04/こまったさんシリーズ「こまったさんはこまってない」(前編)
こんにちは。今回はちょいと趣向を変えまして、絵本ではなく児童書について書きたいと思います。鬱々とした梅雨時、元気を出すには食べ物の絵本について書きたいなーと。そこでピーンと閃いたのは『わかったさんシリーズ』でした。
このシリーズは小学3年生の頃、もう大大大好きで、表紙を見ると「なつかしい!!」と口に出さずにはいられない本たちです。そして、同世代の、かつて女の子だった女性の中にも、そういうかたはたくさんいるだろうと思います。
そんなわけで、今回は、まるで特別な日のごちそうを作るときみたいに、気合が入っています。わかったさんについて書くならこまったさんも読まなければ!と。実は小学生の頃、こまったさんは一冊も読んだことがありませんでした。
ちょっと大人っぽい感じと、料理よりお菓子のほうに甘やかさを感じていたからかもしれません。そういうわけで今回はじめて、こまったさんシリーズをある分片っ端から図書館で借りて読みました。
おしゃべりしたいことがたくさんあって長くなりそうな予感しかないので、前編・後編に分けまして、「こまったさんについて」・「わかったさんについて」・「ふたりの共通点、ちがい」について述べていきたいと思います。
わかったさん、な、なつかしい!!あなたも、わたしはこまったさんになりきってたワ、のあなたも、どうぞ最後までお付き合いくださいね。
1、「こまったさん」はこまってない
さて、それではまず最初に、こまったさんを知らないあなたも含めて、僭越ながらわたしからこまったさんについて説明させていただきます。
・こまったさん
これはモチロン、あだ名です。「こまった」が口癖なので、だんなさんの「ヤマさん」がつけました。
こまったさんは美人です。どちらかというと一重、奥二重系の切長の色白細身女性。そしてお洒落です。エレガントな感じ。ピアノかヴァイオリンがそんなに上手ではないけど一応弾けて、走るのはあんまり速くなさそう。ドジもするけど基本的にはおしとやかでやや内気な性格。実はわりと世の中の酸いも甘いも知っている。年齢は27歳くらい。女子校出身ぽい。
・だんなさんがいる!
これはけっこう、児童書としては衝撃でした。最初から特定のパートナーがいるヒロインってあまり見ない(子ども向けだと、どっかの国に行って王子さまと淡い恋ファンタジーが割と定番なのかなーと思っていたので。魔女こシリーズとか。)
しかもこのヤマさん、パチンコはするし「美味しいもの作ってくれよ」とか「今日は帰りが遅くなるからな(花屋の集金に行っていたのになぜ?)」とか言ったり、鉄道模型オタクであることも明かされたりしていて、おや??と匂わせる描写もあったりして、これもなんというかファンタジーの中では超リアルに浮き出る夫婦生活というかんじ。わたしとしては、児童書に夫婦が描かれているというのが異色で面白いなーと。
でも、多分これも大事なミソ。だって、愛するだんなさんのために可愛いリボンをつけた奥さんが、いそいそと料理を作って喜んでもらう、というのはわかりやすくファンタジー。
実際、「こまったさんのコロッケ」では、あつあつコロッケが並んだ食卓で、「ワインでかんぱいしました」という一文があり、絵から推測するにおそらく二人が乾杯したのは、きりっとつめたく冷やした白ワイン。いい、いいよねぇ。
あれこれヘンテコな出来事を乗り越えて、がんばってせっせこお料理をしたら、そりゃあいちばん好きなひとに、できれば食べてほしいですよね。
・意外とたくましい
こまったさんはお花屋さんを切り盛りしています。駅前に建っているという土地柄と彼女の人柄で、人気のお花屋さんのよう。名義はヤマさんかどちらかはわかりませんが、こまったさんはいわば経営者です。結婚生活という経験もしています。ときには(「こまったさんのオムレツ」)で上手にオムレツが作れないと帰れないと言われほろりと涙してしまうこともありますが、この2シリーズに共通の理不尽ファンタジーにも屈せず、素直にお料理をしていきます。そしてだいたいが、やってみると、「こまったさんはだんだんたのしくなってきました」、となるのです。まずはやってみて!という作者の意図かしら。あとがきにもしょっちゅうこの言葉が現れていましたので。仕事に家庭に奮闘しつつ、しかもお料理の腕はこれから、というこまったさんの親しみやすさが、このシリーズの人気の隠し味なのでしょう。
ハリーポッターのように、読者と同じくらいの年齢ではなくちょっと(かなり?)歳上のヒロインでも、成長していくよという意図を感じます。
2、さて、お料理のメニューは
こまったさんのシリーズは、「おはなしりょうりきょうしつ」と題され、全10作品。県立図書館には4冊しかなく、今も子どもたちに人気なのだと知らされました。小学生の女の子と競争して借りなくちゃ!というあらたな楽しみ。
お料理のラインナップは、
1)こまったさんのスパゲティ
2)こまったさんのカレーライス
3)こまったさんのハンバーグ
4)こまったさんのオムレツ ☆
5)こまったさんのサラダ ☆
6)こまったさんのグラタン
7)こまったさんのサンドイッチ
8)こまったさんのコロッケ ☆
9)こまったさんのラーメン ☆
10)こまったさんのシチュー
です。
☆マークが、今回図書館で読むことのできたものです(私的メモすみません)。
みなさんの中には、この一冊!というのがあるのでしょうか?ある方のお話聞きたいなあ。
全体のストーリーとしては、とくにファンタジーの内容が、わかったさんよりわかりやすい印象。どの作品も、突然こまったさんの目の前におかしな人(魔女とか正体は熊のカメラマンとかチャイナ服を着たヘンなラーメンマニアとか)が現れて、おかしなところ(オムレツをうまく作れないと帰れないたまごの国とかベーコンやウインナーやハムがぶらさがっている洞窟とか)に迷いこみ、そこで料理を作りかたやコツを覚え、現実世界にパチン!と戻ってきて美味しい料理を作りました、という流れです。
で、この合間に出現するレシピのページがまたたのしい。全部自分でも作れそう、という材料や手順が載っているので、本を閉じた大体のひとが、こんどこれをつくってみよう、の魔法にかかると思います。
これがこのシリーズの不思議なところ。小難しいきらきらしすぎているレシピ本よりずっと親しみやすくてわかりやすい。しかもアレンジが豊富。だって今日必ず冷蔵庫にひき肉があるとは限らないのが家庭なのです。
わかったさんだって、いざ(現実世界で)コロッケを作ろう、という段になって、「きょうはひきひくなんかつかわない。」なんて初手でアレンジ。じゃがいもとツナ缶を合わせ、そこにカレー粉も混ぜ合わせます。いいなぁ、このリアルさ。
3、こまったさんシリーズ 最大の魅力
このシリーズの魅力を語るには、絵を描いておられる岡本颯子さんに触れないわけにはゆきません。わたしが思うにこの方、こまったさんシリーズを描くのが、楽しくて楽しくてしょうがないの!!とお考えだったのではないでしょうか。
理由としてまず、わかったさんのお店、お花屋さんの外観。
毎回、わかったさんのお洋服のポイントカラーに合わせて、壁の色も屋根もひさしの形も、変わってしまっているのです。「こまったさんのオムレツ」はイエローの外観に。近くには同じイエローのおしゃれな外車が走っていたり。
子どもが読むものですから、わかったさんって毎回店建て替えてんの?!とツッコまれても困ります、せめて外観だけは統一で・・・と仰る編集者さんもいたのでは?と思ってしまったわたしは頭がカタイのかもしれません。
衣装もまた、然りです。あえて洋服、ではなく衣装、と言いたいのですが、この岡本さんは毎回、わかったさんの専属スタイリストになり、おっきな頭のリボンのカラーからイヤリングからインナー、エプロン、ソックスに至るまで、どれひとつとして手を抜いていません。とにかく上品なお洒落さが漂っているのです。お化粧もチークと口紅は欠かさず、すらりとした体型のわかったさんにあちらこちらの場面でポージングをさせてもいます。
わたしの殿堂入りは、「こまったさんのサラダ」の重ね着コーデ。ロイヤルブルーのハイネックセーターに、ワンポイントでマゼンタが入っている、ハート柄エプロン。このシリーズ、こまったさんのファッションにときめく本、と言い換えてもいいかもしれません・・・。
インテリアも素敵です。「こまったさんのコロッケ」に出てくる熊のお台所と言ったら。全体的に温もりのあるブラウンで統一されていて、このおだやかな感じはなにかしら、と思っていたら冷蔵庫まで木でできているんですねぇ。
岡本さんの、「こまったさんのお洋服や外観やインテリアを描くのがたのしくてしょうがない」という雰囲気が、こまったさんの暮らしの「ゆとり」とリンクしていて、それが最大の魅力なのだとわたしは思います。
色鉛筆をしゃしゃしゃっとすべらせて、自分の好きで好きでたまらないものを夢中になって丁寧に描いていく、こんな夢物語、想像しただけでうっとりしてします。それが現実に叶っているからこそ、もちろんお料理も美味しそうだけれども、それ以上に、群を抜いて衣装やインテリアなど暮らしのゆとり、プラスアルファの部分に夢が注がれた作品である、と、言いたいのです。
4、こまったさんシリーズ概論
レシピやお料理をうまく作るコツが載った本は、いくらでもあります。
でもこまったさんシリーズほど、料理以外の部分、つまり暮らしそのもの(仕事や服やインテリアやパートナーとの生活)をこんなに楽しげに夢をもたせて描いた作品は、ちょっとほかに敵を見ない、気がします。
結論。こまったさんは、夢見る、まだまだたくさんの夢を見ていい年頃の女の子たちにとって、カリスマでありファッショニスタであり「将来のわたし」像だったのかもしれません。
(つづく)
後編はこちらから!