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保育園が決まったよ
朝、長男とベランダに干してた上履きを取りにいくと雨がパラパラ降っていた。
うわぁー、やっだなぁぁ
と思いながらご飯を食べさせ、着替えさせ、をしてると突然リビングにグググンと陽射しが差してきた。
慌ただしい天気だな。
こちらも負けじとチャカチャカと用意した。
マツエクのおかげでいつもよりメイクが楽しい。
今日も動物実験で人体に影響なし、として販売された石油由来の化粧品を肌に塗り込む。
イヤな表現するな〜
ぎゃははは
激トガってる34歳。
やだよ〜やだよ〜
気付いたらサザエさんより年上になってしまったよ〜
でも実際実験に使われた動物たちのことを思うと、化粧ポーチごと捨ててしまいたくなる。
そのポーチも牛革。
勘弁してくれよ〜
すまなかったよ〜
今まで何も考えずに買ってごめんよ、と本気で思ってる。
使い切った化粧品から随時動物実験をしていないものに切り替える予定だ
こんな事を言っていると無類の動物好きと思われるかも知れないけど、簡単に触れ合える動物(ハムスターや猫や犬)だったり人間がDNAをいじくった動物は実はそれほど得意ではなかったりする。もちろんきらいではない。
どちらかと言うと、近づく事も直接見る事もできない野生動物への憧れの方が強い。
自然界を生きる野生動物はとても、とても美しいと思う。
今思うと小さい頃からそうだった。
鴨肉も鹿肉も馬肉も蟹味噌もタチも。
わたしにはあまりにも動物すぎて、内臓すぎて口には入れられなかった。
子どもながらに、それらを食べる人間に
(そんな野蛮な………。。)
とさえ思っていた。
魚のお造りなんて最悪だ。
魚の踊り食いをテレビを見た時も汗が出た。
生きたままの鰻をまな板ごとノミを突き刺して捌くことが1つのエンターテイメントであることに違和感しかなかった。
これだけ多くの食料があるこの時代に、未だに鯨やイルカを食べる必要がどこにあるのか。
世の中は分からない事だらけだ。
血が流れる伝統や文化はもう無くなればいい。
血が流れることは、とても悲しい。
人間でも、人間じゃなくても。
わたしが魚を食べる理由は
魚は一度に何百、何千もの卵を産むことが出来るからだ。
哺乳類も鳥類も齧歯類も
一生を妊娠出産に費やしたとしてもそんなに産むことは出来ない。
だから大切にしなきゃいけないと思う。
携帯が鳴った。
次男の保育園からだ。
怪我でもしただろうか…
熱でも出ただろうか…
電話に出ると、園長先生だ。
夫氏は電話元の園長先生と初めて会った印象を
「大保育士」
と表した。
まさに。
園長先生というより大保育士だ。
その表現は正しい。
「三男くんもうちの保育園の入園が決まったわよ〜!でね、朝書類を渡すの忘れちゃったのよ、ごめんなさいね、お母さん」
と。
おーおー、忘れてた。
よかったよかった。
4月からは二つの保育園の送り迎えから解放される。実にいい。
そう思う反面。
健康な子は呆気なく保育園が決まるんだなぁ、と同時に次男繋がりのあの子とかあの子とかあの子とかの顔が頭に浮かんだ。
呆気なく保育園が決まる。なんて言ったらバチが当たるかも知れない。
だけど、わたしには保育園に入りたくても受け入れてもらえなかった子が居るから。努力じゃどうにもならなかった経験があるから。複雑な気持ちになるし、皮肉も言いたくなる。
これはもちろん保育園に言ってるのではない。
このモヤが今の自分ではうまく言葉にできないことは分かるから、それはまたにしよう。
保育園に入れる事を会社と親に連絡した。
御夕飯は、焼き鯖とブロッコリーと金華豚の卵炒めと玉ねぎにんじんの春雨スープ。
わたし自身は今日はあまりものを食べなかった。
朝にグラノーラと
御夕飯を作り始める前にスタンディングキムチ納豆ごはんを食べた。
麒麟がゲストのバナナサンドと酒のつまみになる話と、人志松本のすべらない話の録画を見た。
こんな生活も後2ヶ月だ。
やれやれ、
子どもを預けることが決まると急に物悲しくなる。
会えなくなるわけではないのに。
長男の時も、次男の時もそうだったなぁ。
出来ることなら死ぬ間際まで赤ちゃんを育てていたい。
きっとわたしは母性が強すぎるんだと思う。
おわり