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「それでも進む、果てしない荒野」アフリカ大陸縦断の旅〜ナミビア編⑬〜
2018年9月18日午後2時頃、長い登り坂を乗り越えて下り坂に差し掛かり、加速していく自転車に乗りながら風を感じていた私の耳に、聞き馴染みのない音が飛び込んできました。下を向けば、変形しながらも必死に耐えるタイヤの姿。完全なるパンク。しかし、荒野のど真ん中で修理できる施設などあるはずもなく、このまま進む他に選択肢はありませんでした。しばらく草原に座って途方にくれていた私たちでしたが、太陽光で温めたぬるま湯を使った袋ラーメン元気をもらい、再び自転車を漕ぎ始めたのでした。
序盤こそ、諦めを通り越した晴れやかな気持ちで自転車を漕ぎ進めていた私でしたが、やはり前輪のパンクは足の疲労に大きな影響を及ぼしていました。
「(まだ1時間も経ってないぐらいか?村まで100km。まだまだやな。)」
地図を見る限り真っ直ぐに映っていた1本道でしたが、実際のところそれとは程遠く、険しい山道が続くばかり。長短緩急、多種多様な坂道。何度左右に曲がっても終わらないカーブ。そして間近に感じるほど灼熱の太陽光。
「大丈夫か?休憩する?水飲まんでいける?」
「いや、大丈夫。1回停まったら次動くのに時間かかる。」
リズムに合わせてくれるぴょんすに申し訳なさとありがたみを感じながら、どうにかこのテンポを落とさぬように、私はただひたすらに足を動かしました。
しかし、気持ちだけで乗り切れるほど現実は甘くはなく、徐々にスピードが落ちる自転車は、無慈悲にも道路の硬さを全身に感じさせました。
「全然、先行っててええよ。追いつく目標があった方がパワー出るかもしらんし。」
「そうか、分かった。休憩できそうな場所見つけたら、適当に停まっとくわ。」
残り70km、残り69999・69995・・69990・・・69500・・・・69000・・・
少しでも前に進んでいると自覚するために、私の頭の中は途方もない数字で埋め尽くされていました。
そして、深く小刻みな溜息と、無様に回転するベコベコの前輪が奏でる不協和音は、私の倦怠感だけを加速させていくのでした。
そして夕陽が見え始めた頃、長距離ドライバーの休憩所なのか、屋根付きのベンチの下で休憩しているぴょんすを発見しました。
「やっと追いついた。すまんな、結構待った?」
「いや、そんなことないで。」
私は重たいバックパックを下ろし椅子に腰掛けて、伸ばした足をさすりました。
「やっぱ前輪のパンク効いてる?」
「もちろん、効果抜群。興味あるなら、交代してあげてもええんやで?」
「自ら進んで乗りたくはないけど、1日ごとにチャリ変える方が早く進むには効率良いか。」
「遠慮なくそうさせてもらいたい。明日頼んでいい?」
「しゃあなしな。」
「あざす。その前にそっちもパンクするとかやめてな。」
「それは運次第や。祈っといて。」
「いや多分やけどさ、あの植物のせいやと思うねんな。」
「何それ?なんか心当たりあんの?」
「覚えてない?今日の朝起きて出発する前に、俺のチャリのタイヤにモヤットボールみたいなやつ刺さってたやろ?」
「あぁ!あれ?」
「うん。あれしか原因ないと思うねんな。修理してもらった段階でタイヤパンクしてたら、ヒッチハイクの道中ですでに空気抜けてたはずやし。」
「そうか、不良品の線は薄いか。」
「ってなったら全く同じ道走ってきて同じことしてる中で唯一違うことやろ?モヤット植物が刺さってたかしかなくない?」
「まぁそれはそうやけど。あんな豆粒サイズに負ける?」
「道路と体重に挟まれ圧でタイヤ貫通したんやろな。いつどこで刺さったのかは分からんけど。」
「マジか。じゃあ俺にも可能性あるやん。2台ともパンクしたら笑われへんて。」
「だからしっかり地面確認して走ってな。スピード落としてくれた方がこっちとしてもありがたいし。」
「じゃあ修理屋見つけるまでは1日交代制で行こうか。」
糖分と水分を口にして、パンクの原因を突き止めたところで休憩終了。少し肌寒さを感じ始めた私たちは、上着を羽織って再び自転車に跨りました。
初めはモヤット植物を気にしながら、楽しく走行していた私たちでしたが、睡眠不足と栄養不足によって、30分も経てば笑顔と会話の余裕は無くなっていました。
「あれ?こんなところに村あったっけ?地図に載ってた?」
「いや、どうやったかな。そんな詳しく見てないから分からんけど、久しぶりに歩いてる人見たわ。何やろうここ。」
「自転車修理できるところあったら良いねんけど・・」
「そうやなぁ、にしても不思議な場所。」
長く大きな下り坂のカーブを曲がり切った先で、突然現れた人と建物。夕暮れに浮かぶ不思議な景色に驚いた私たちは、無意識に自転車を降りて辺りを見回していました。
「でっかい建物ばっかりやで。」
「異世界に迷い込んだんじゃない?」
急勾配な上真っ直ぐな上り坂を自転車で歩く私たち。その左側にはおそらく畑を耕している者が数人、そして高い金網のフェンスに囲まれた西洋造りの謎の建物。右側には、立派な門を構えた屋敷が数軒並んでいました。
「中入ってみる?それか畑の人に声かけるか。」
「そうしよ。夜通しチャリ漕ぐために一発くつろがせてもらいたい。」
「屋内で仮眠できたら最高やねんけどなぁ。」
「飯食わせてくれたりするかもよ。」
何時間も変わらない景色に囲まれながら、ただただ自転車を漕ぎ続けていた私たちにとって、同じ空間に人がいるという事実はこれ以上にない安心材料。冗談混じりの欲望を口に出しながら、適当に自転車を停めて1番近くの屋敷に向かいました。