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「Run Away」アフリカ大陸縦断の旅〜南アフリカ編⑫〜

 2018年9月21日深夜、警官の取り調べを受けた結果、お金のない私たちにはケープタウンの中心街にある、未予約の格安宿に飛び込む以外の選択肢は残されていませんでした。そして私たちは牢屋型トラックに詰め込まれ、候補の宿に向けて出発。明らかに空気が変わった喧騒のケープタウンに手に汗握る私たちでしたが、付き添いの警官2人は笑顔で写真を撮ろうと提案。そうしていくうちに段々と緊張感は緩んでいきました。

「今日は宿でゆっくり寝るんだ。観光は十分に気をつけてな。」

「はい。本当にありがとうございました。」

 私たちは警官と別れて宿の入り口へと続く鉄格子を開き、しっかりと施錠し後、暗がりの階段を上った先の頑丈な青い鉄の扉を押しました。

「すいません。ここに泊めて欲しいのですが、部屋空いてますか?」

「(この人大丈夫か?まさか危ない系の宿じゃないよなぁ。)」

 受付に座っているのはドレッドヘアーにピアスだらけの若い黒人男性。近寄り難い容姿に表情が強張る私たち。そして、彼は入り口の前で棒立ちする日本人2人の全身を鋭い目つきでゆっくりと2往復した後、口を開きました。

「ここまで警官と来たか?」

「(え?俺らの質問無視?あの警官とグルで今から襲われるとかじゃないよな?)」

「それそうなんですが・・・部屋空いてませんかね?泊まりたいんですけど。」

「申し訳ないけど今日は満室なんだ。だからさっきの警・・・」

「(ヤバい。1番起きてほしくなかったことが起きてしまった。どうする?ここで朝まで居させてもらうか?いやそれじゃ他の客に示しがつかん。無理か。Wi-Fiだけ使わせてもらって別の宿予約する?でもあんまり外には出たくないし、金払うから居座らせてって言うしか・・・)」

「おい。話聞いてたか?」

「え?いや・・・。すいません。もう1度言ってもらえますか?」

 彼は呆れた表情で、先ほどしていたであろう話と全く同じ話を、おそらく、より丁寧にしてくれました。

 彼は警察からすでに私たちことを聞いていたようで、困り果てた日本人が来るから受け入れてやってほしいと頼まれていたとのこと。しかし、満室のため断ろうとしたものの、危険なケープタウンの中心街にそのまま放置しする訳にもいかず、とりあえず中入れてくれたのでした。さらには知り合いの宿のオーナー数人に電話をかけて事情を伝え、すでに空き部屋のある宿を見つけているとのことでした。

「(通りであんな凝視してくる訳やわ。てか俺らがふざけて写真撮影してる間に、そんなことしてくれてたなんて。怖い人やと思ってたけど全然違う、めっちゃ優しいやん。)」

「ありがとうございます。本当にありがとうございます。」

 彼が予約してくれたのは、現在いる宿を出てすぐ目の前にある大通り沿いを左に200m真っ直ぐ行った場所に位置する長い横文字名の宿。値段の詳細は分かりませんでしたが、それほど高くはないらしく、目印は青い壁と入り口の鉄格子から飛び出た植物。

「この際、値段どうこう言ってられん。宿の名前書かれたでっかい看板がある訳じゃないやろうし、とにかくパッと分かるように外観の特徴だけは覚えとこ。」

「そやな。夜中に携帯見ながら歩いてる外国人とか、格好の餌食やわ。」

「なるべく誰とも目合わさんと、左曲がって一直線に真っ直ぐ走る。」

「速さが命。」

 危険とされる夜中のケープタウン。タクシーを利用する選択肢もありましたが、宿までの距離の短さと簡単な経路、信頼できる運転手を探すまでにかかる時間と労力、残金わずか故の節約精神とぼったくりの回避という様々な視点から、私たちは自らの脚力を信じるという決断を下しました。

 万が一の場合に備えて、厳戒態勢を敷く私たち。携帯電話、パスポート、カード、現金などの貴重品をまとめたジップロックをバックパックの奥底へ。ボディバッグにはなけなしの献上金とモバイルバッテリーや充電器。そして、荷物の多い雑魚観光客であることをすぐには悟られぬよう、背負った2つのバッグの上から全身を覆うように寝袋を被せ、準備完了。

 私がサンダルを履いていることは少々気がかりではありましたが、ピアスまみれドレッド優男に目指す宿の外観をもう一度見せてもらい、礼を伝えた私たちは、暗い階段を降りて鉄格子を開き、いざ夜中のケープタウンへ。

 相変わらず多い人間と交通量とのせいか、私たちの全身を巡る緊張感と警戒心のせいか、真冬の気温に全く寒さを感じることはありませんでした。

 建物を出て即刻左を向き、駐車するタクシーの行列と、立ち並ぶ建物に挟まれた街明かりの差し込む歩道を、他に目もくれることなく走り出す私たち。

 そして前からやってくる、パーカーのフードを深く被った若い黒人の集団を視界に捉えた時、それは一瞬にして起こりました。

 すれ違いに突き飛ばされ、頭が真っ白なった私たちは、気が付けば大勢に取り囲まれていました。タクシーの隙間を縫って車道に出るも、本線の渋滞によって身動きが取れない私。建物を背に追いやられ、退路が断たれるぴょんす。分断された私たちそれぞれに近寄る集団が、完全な詰みの一手。

 腕を掴み、足を払い、寝袋を引き剥がそうとする敵に対し、振り払おうと暴れるも抵抗虚しく地面に転がされる私。逃げ惑いながら、何とか立ち上がるも、寝袋は剥がれ落ち、抱えるバッグ2つに伸びてくるいくつもの手。そして、1本のナイフが私に向かっていました。

 あ、死ぬ

 そう感じた瞬間、私は無我夢中で走り出していました。追い越していく車クラクションなど気にも止めず、靴下で夜中のケープタウンを全力疾走。すると、歩道の方に同じく全力疾走するぴょんすの姿が視界に入りました。
 互いの無事にわずかな安堵感を覚え、ようやく後ろを振り返った私。そこに追いかけてくる敵の姿はありませんでした。そして、歩道で合流した私たちは互いの表情を察し、言葉を交わすことはなく、しばらく走り続けました。

「頼む、助けてくれ。」

 息を切らしながら私たちが声をかけたのは、牢屋型トラックで運ばれている間に見た、蛍光ジャケットを着用するとてつもなく大柄な女性警備員。

「何?どうしたの?」

「(こいつも信用ならんけど、なりふり構ってられへん。ちょっとでも変な行動とったら、また走るしかない。)」

「襲われてたんだ。この街は怖すぎる。宿まで一緒に来て欲しい。お願いします。」

「私太ってるから動けないわ。」

 なんでやねん

 大声が響き渡るも、文句を言ってられる状況ではなく、必死に助けを乞う私たち。

「(もうここからは動けん。黄色ジャケットの人とおれば、少しは危険を回避できるやろう。他の黄色ジャケットがどこにおるか分からん以上、この人に頼み込むしかない。)」

 何度もヘルプと連呼する私たちの熱量が伝わったのか、彼女は携帯電話を取り出して、誰かに連絡し始めました。

「今、警察に連絡したから大丈夫。すぐここまで迎えに来てくれるわ。もう少しだけ待ってなさい。」

「ありがとうございます。」

 まだ不確定ではあるものの、ここからの逃亡手段を手に入れた私たちは、ここでようやく一呼吸して言葉を交わしました。

「怖すぎやろケープタウン。」

「いや、ほんまに。死んだかと思った。」

「とにかく2人とも無事で何より。たまたま歩道で合流できたから良かったけど、はぐれてたらヤバかったな。」

「同じタイミングで抜け出した感じか?ぴょんすが走ってくるの見るまで、あんま記憶ない。」

「俺も気付けば走ってたもんな。」

 ぴょんすも私と同じような目に遭っており、ナイフを持った人間が数人いたとのこと。自分の命を守ることに必死で、相手のことを考える余裕はなく、助けようなどという聖人的発想は全く頭になかったなかったことに苦笑しました。

「ボディバッグに入ってたやつは多分盗られてる、バックパックは開けられてないと思うねんな。だから貴重品は大丈夫。ぴょんすは?」

「俺は特に何もやねんな。何かあの人らおかしくなかった?」

「いや、どう考えてもおかしいやろ。ナイフ持って襲ってきてんねんから。」

「そういうことじゃなくて、見ぐるみ剥がそうと思えばいつでもできたやろうし、何なら殺そうと思えばいつでも殺せたやろうに、ここまで被害ないの変やろ。」

「確かに。そう言えば殴る蹴るとかの暴力はなかった。動きも遅かったから、1回倒されたのに立ち上がれたもん。精神的被害はたんまり被ったけどな。」

「俺も余裕で振り払えたんよな。てことは、酔っ払って観光客にちょっかいかけてきたんか、違法ドラッグで頭おかしなってたんか。」

「結果的に、これでまだマシな奴らやったってことか。」

 話し出して10分後、私たちを迎えにきてくれた車はまたしても牢屋型トラック。警官に事情を伝えて、後ろの鉄格子を開いた私たちは、何となく今度は右側の長椅子に腰掛けました。そしてわずか5分で目的の宿に到着した私たちは警官に礼を伝え、写真撮影をすることなく宿に直行。

 命からがらの逃亡劇は終了し、案内された部屋の中で荷物を下ろし、ベッドの上にてようやく落ち着いた私たち。しかし、それは物質的な安心感のみであり、ただでさえ擦り減っていた私たちの精神は、ダメ押しとなる大きな一撃によって完全に崩壊していました。

 そして次の日、私たちは楽しくツアーに参加して無事に喜望峰へ到達し、ケープペンギンに癒されて間もなく、日本へと飛び立ったのでした。

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