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チカシラ街4〜慇懃テルマエOLと恥じらい老婦人湯

テレワーク的自主隔離潜伏生活、二日目。雪降る降る詐欺で警戒するも、良い意味で肩透かし。夕刻よりまずは銭湯捜査官。温泉と名の付いた洒脱な建物、浴場はテルマエロマエな綺麗な作り。黒湯、炭酸泉ありが逗留先エリアの銭湯ではデフォルトのようだ。有難し。界隈、銭湯天国と言っていい密度。ゆえ必然的に各所競争意識が働き、マンション銭湯であれ、古典的建造物の場所であれ、事業者は気持ちの良い努力を重ねているからこそ、地域生活者のらランドマークとなっているのだ。私なぞ銭湯道を極めた訳ではないので、行き当たりばったり、何がしかで赴く場所の近くにリサーチして気ままに出向くだけである。今回のpastネタは銭湯〜テルマエロマエを着火点とする。

 割とここで下ろすネタとしては直近の時期、10年ほど前のことだ。Flight Of Ideaの非吉本系トンデモ東京地下芸人たちの響宴コラボPVのエキストラに来てくれた際に知り合い、Flight Of Idea興行の影ナレーションとしても活躍してくれた、上岡龍太郎、笑福亭鶴瓶のモノマネが出色であった異色芸人・コデーヴちゃんという男が居た。

※この映像に出てくれた地下芸人の大群から、世界で活躍するタンバリン芸人のゴンゾー氏、今やカルトスターになったチャンス大城氏が白熱演技。私が企てるもの、いつも時代の先を早く走り過ぎる傑作映像である、と言っておきましょう。カルトムービー。

コデーヴちゃんには渋谷FMの終末期にネタ困ると応援出演してもらったりと個人的にシンパシーのある友人でもあった。彼は2013年頃、西麻布ヒルズというお笑いコンビの櫻井市長から、場所を譲り借りていた道玄坂の怪しいマンションの地下でDIY施術したバーを営んでいた。そこではそこそこエピソードがあり、一種のポエトリースターの要素も秘めていた鳥肌実、ミラクルひかる、その博識には舌を巻く、インテリと狂気を行ったり来たりの居島一平氏などを酒席を共にしていた。しかし彼らの地を這うようなスタンスと異なり、コデーヴちゃんは芸人はほぼ辞めていた。私と知り合い、若かりし頃の音楽熱に目覚め、音楽制作を再び興し、芸人で培ったユーモアを基にオリジナルアニメを制作するという野望を持ちながら、バーを運営するためにスーパーマーケットの惣菜売り場で身を粉にして働き、何とか場所を維持していた。

 その頃の私はというと、断続的に東京を走り、今のウーバーの原型のようなデリバリー業務でジャイロバイク・ライディングで糊口を凌いでいた。長く務めたラジオも終わり、Flight Of Ideaの活動も頓挫していて、辞めない活動停止状態の頃だった。

ある日コデーヴちゃんの店で互いのよるべきなき生活を打開すべくいたところ

「番長、飛び込みのお弁当屋やろうよ」と持ちかけられた。なぜか彼には番長と呼ばれていた。本宮ひろ志系マンガの番長キャラということらしい。「ん?」私は訝しげに尋ねる。

「仕入れ値安くてでかいチキン揚げを下ろしてくれる知り合いの業者が居てさ」

それをどう売るのか?二人で50個仕入れて、セキュリティが厳重ではない、宮益坂のオフィスにビル照準を絞り飛び込みでブルース・リーの「死亡遊戯」よろしく下へ下へ「売り下ろす」というプランだった。

「そんなんで本当に売れるのかよ?」

「実は昔、〇〇っていう業者でバイトしてたことあって売るコツ知ってるんだ。それに店のお客さんであの辺のオフィスで働く人結構知ってるんだよ」

何もアクション起こさぬよりかは、無駄打ちでもしようということで二人は「ゲリラ弁当屋」となった。早速数日後に午前中に道玄坂マンションに届いたブツを二人してどう運んだかは記憶が薄いが、台車などを駆使してとにかくまずは宮益坂の知り合いのオフィスから攻めたのだ。

 青山のこどもの城あたりのビルに知り合いがいるということで、早速二人してそこを目指した。旧態依然な感じだが、愛想の良い制服姿のOLさんが

「買いますよー。美味しそう」と食いついて買ってくれた。私はクーラーボックスから差し出す。帰り際、なぜかFacebookの友達申請をしたいとのことで、よく知らないOLと「友だち」となった。

ここまで今回相当引っ張る。現在、過去、未来を行き来するとやむなし。

 「友だち」OLよりメッセージが届き、趣味はどうとか他愛もない質問を返すやり取りが始まり

「わたしテルマエロマエの映画にハマってて銭湯行きたいんですよぉ」なぞと宣うものだから「では〇〇はどうでしょう?そこに行ってからコデーヴちゃんの店で飲みましょうか」といたって健全な流れを提案。しかしその女はもう忘れたが、私の誘いを引き出し、具体的に詰めると「忙しい」とかつまらないことを云う。別に口説いてはいないのにだ。それから男女問わず、すぐにFBで「友だち」になろうとする方にはフィルターを掛けるようになったのだ。SNSでの簡易な出会いについても。

 ゆえに私はSNS上では淡白な素行を貫く。あらかじめのコンセンサスなきご新規様と簡単に「友だち」にはならない。

 結局、コデーヴちゃんとの「ゲリラ弁当屋」は初日で閉店となった。

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料理人としての腕もあるコデーヴちゃんと売れ残ったチキン揚げを開いて見ると「生焼け」がほとんどで、食中毒の危惧さえあった。短時間身を粉にして二人で売り捌いて20個。仕入れ値引いて、二人で分けると。。撤退やむなし。うまい商売はないよね。

と云う過去への旅をしながら件の銭湯を上がると、ロビーで可愛い老婦人がNHKの何かのインタビューに答えていた。

「今日お話したもの2月✖️日にTVで流してもいいでしょうか?」

常連の老婦人は照れ臭そうに粋なユーモアで応えた。

「出てもいいけどお嫁に行けなくなってしまうわねぇ」

これが妙齢婚活女なら一同ドン引きだし、湯加減同様、いい加減を意図せず返すのはセンスがいるものだ。スタッフ、老婦人、インタビュアー、冬のテルマエロマエな銭湯のロビーでの温かい一コマ。

結局、老婦人は出ることが嬉しくて仕方ないようで、詳しい放送日を尋ねていた。

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その後、2016年夏まで帰郷した札幌でアニメーターの学校を出て、本格的に新たな道を模索するコデーヴちゃんとは交流があったが、ある日、私を含め昔の芸人仲間はもちろん、全ての連絡先を絶って、今だ行方知れずである。

コデーヴちゃん、元気かなぁ?

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