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私の、ワンルームワンダーランド  

印象に残っているCMがある。

それは某大手不動産サイトのCMで、大学卒業と同時に、初めてひとり暮らしをした部屋を離れる女の子の姿が描かれていた。
引越しの直前。空っぽになった部屋で1人、ここで過ごした大学4年間を回顧する女の子。慣れない家事に悪戦苦闘したこと、恋人との別れ、友達と飲み会、夜中まで試験勉強に励んだこと。最後に女の子は、「お世話になりました!」と部屋の中で深く頭を下げる。

このとき流れる、「部屋視点」のナレーションがとても良い。
もちろん「部屋」に人格はないけれど、私自身もひとり暮らしの賃貸の民として、その台詞はとても印象的だった。

ーーあなたの帰る場所でいられた4年間。私にはとても、とても幸せな日々でした。



最近、『ワンルームワンダーランド』という本を読んだ。

この本には、ひとり暮らしの部屋の写真と、部屋にまつわるエッセイが100人分、記録されている。ワンルーム、とタイトルにあることからも分かるように、ここに登場するのは、いずれも市井の人々が暮らす小さな部屋たち。物が極端に少ない部屋があったり、その逆だったり。天井まで本が積み上がっていたり、陶芸用のろくろが置いてあったり、サーバー・ルームのようにネットワーク機器に囲まれていたり。

当たり前だけれど、ただの1つとして、全く同じ部屋、全く同じ暮らしなどない。部屋の数だけ人の暮らしがあって、暮らしの数だけそれぞれの人生がある。
改めて、そのことに気づかせてくれる1冊だ。

装丁も素敵な一冊。紙の本がやはり好きだ。

きっと部屋にはそのひとそのものが表れる。意図した部屋でも、無防備な部屋でも。ほかの誰かと暮らす部屋ではない、ひとり暮らしの部屋ならなおさら。そんな現代の生活の記録とでもいうべきひとり暮らしのエッセイを100人分集めたら、どんなたのしい本になるだろう。
(中略)生きていればまあいろいろあって、今日は明日になればすぐ昨日になって、そうして暮らしは続いてゆく。部屋は、言葉を話すわけじゃない。でもありったけの息を吸って暮らすわたしたちを、静かに見守ったり叱ったりしているのかもしれない。記憶も匂いもそこに残って、見慣れたはずの毎日の隙間に、あの恋やあの会話、さみしさ、まばゆさが染みついている。

「はじめに」落合加依子

私は、社会人1年目の秋にひとり暮らしを始めて、早いもので10年以上が経つ。
もともと1人でいるのが好きで、ひとり暮らしはとことん私の性に合っていたらしく、これまでホームシックになったり、寂しいと感じたことはほとんどない。

今暮らしている部屋は、3つめになる。
最初に暮らした20平米に満たない小さな部屋で、職場の同期たちとなぜか湊かなえの『告白』を観たこと。マンションの外階段から、毎年花火を眺めたこと。残業続きで、深夜にタクシーで帰宅して床で寝ていたこと。
幹線道路沿いに建っていて、深夜でも救急車やパトカーのサイレンが聞こえていた部屋。最初はうるさくて眠れなかったけれど、すぐに慣れて気にならなくなった。夜中にやたらと火災警報器が誤作動して、その度に対応が大変だったこともあった。
私にとって、社会人になってからの記憶は、そのときの部屋の情景と密接に結びついている。

私は今考えていることがあって、それを叶えるためには、近いうちにひとり暮らしをやめて、いったん実家に戻らせてもらう必要がありそうだ。

誰もが等しくそうであるように、この先自分の人生がどうなっていくかは分からない。
だけど、部屋や暮らしに正解がないのと同じようなに、きっと人生にも「これが正解」というものはない。自分自身で正解にしていくしかないのかもしれないな、と最近、考えている。

準備ができたら、また新たな地で、私は私の暮らしを作っていきたい。

小さなスツールをベッドサイド・テーブル代わりにしている。
今読んでいるのは『ハリー・ポッターと謎のプリンス』。
洗面所に引っかけている無印良品の防水時計。
シンプルで機能的な佇まいがとても気に入っている。
暗くなってからバルミューダのランタンを点灯すると、急にエモい空間に。
役目を終えた後の夜中の台所が好きだ。
今暮らしている部屋は、西日がよく入る。

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