「仮面の告白」(三島由紀夫)とマゾヒズム考
「トリックスター」 (英: trickster) ……神話や物語の中で、神や自然界の秩序を破り、物語を展開する者である。往々にしていたずら好きとして描かれる。善と悪、破壊と生産、賢者と愚者など、異なる二面性を持つのが特徴である。(Wikipediaより引用)
子供の頃、「ハンカチ落とし」という遊びが好きだった。
鬼の気配を背後に感じたら、すぐに後ろ手で自分に落とされたハンカチを探る。そしてハンカチに気付いた瞬間、今度は大慌てで自分が鬼になり、ハンカチを落とした相手を全力疾走で追いかける。
……と見せかけて、実は、後ろ手で探ってハンカチがあることに気付いた瞬間、走る進行方向とは『全く逆側』にハンカチを投げる。そして、大慌てで疾走し、手にはいかにも発見したハンカチを握っているかのように、見せかけるのだ。
まさか、鬼の追跡方向とは逆側にハンカチが落とされているなど、思いもつかぬのが子供心。
必死で全力疾走して、のほほんと背後のハンカチに気付かない呑気なを便所に落とす、あの痛快さは、他に例えようもない。
「ファルス」とは、精神分析学者ジャック・ラカンが提唱した、勃起した陰茎や陰茎のような形をしたオブジェを指す言葉だが、「仮面の告白」は、読み手の男女の別に関わらず、頭の片隅にカチンコチンにそそりった男性器と雄々しくマスターベーションする三島由紀夫の姿を想像しながら、読むことをオススメしたい。
さあ、「コック(Cook、男性器をあらわすスラング)掲揚」である――。
作家三島由紀夫が文学において終生描いた一連の世界を理解する上で、その背景を理解することは不可避であると感じる。なによりそう思わせる、美麗で精緻で計画的な文の裏側に漂う、ただならぬ「うさん臭さ」を感じるから、だ。そのうさん臭さに惹かれて、読者の一握りが三島由紀夫のインフルエンサーとなり、果敢に三島文学の裏側の三島像を読み解こうと躍起になるのである。
経営学者マイケル・ポーターの「競争優位の源泉」という言葉を借りれば、文学の素養は言わずもがなとして、生き様に「並々ならぬ性に対する深い執着」があり、「その姿を嬉々として人に伝え、耳目を集める自己愛の深さ」が源流にあって成り立っていると私は考える。
この構造が当てはまる作家は、他にもいる。谷崎潤一郎の創作の源流にはエロティシズムの中にマゾヒズムが色濃く香るが、三島の場合はエロシティズムの中に男色とサド・マゾヒズムが交錯し、各々の特徴が独特の味わいを生んでいる。
谷崎作品のエロティシズムには高揚に至る精緻な文脈があるが、三島作品のエロティシズムは性的高揚の構図(コンポジション:絵画などで、各部分を適当に配置してまとまった全体を作り上げること)に重きがあるように感じる。
また、性の対象として誘引したい相手が谷崎の場合は女性、三島の場合は男性であり、ターゲットが嗜好する性の欠片を狡猾に散りばめながら「発情を匂わせる企図」に基づいて、物語が展開しているように感じる。
例えば、「聖セバスチャンの殉教」は、オスカー・ワイルドをはじめ、古今東西の男色家の美意識をくすぐるイコンである。三島は1968年、澁澤龍彦責任編集の「血と薔薇」創刊号に、篠山紀信の撮影による「聖セバスチャンの殉教」の撮影モデルとして登場している。
それだけではない。「仮面の告白」が発表された1949年は、娯楽の少ない終戦直後、カストリ雑誌による露骨な性的表現が跋扈していた時代。1947年に発刊された「奇譚クラブ」には、男色や男性同性愛もとりあげられ、まさに時代背景とも歯車がかみ合う。
「毛皮を着たビーナス」という作品で、マゾヒズムの語源となった文豪ザッヘル・マゾッホがヨーロッパ中に”自身のマゾヒズム性癖”を垂れ流し、アウローラ・リューメリンという女と巡り合ったように、作家としての大成という野心はもちろんのこと、出版物に己の欲望をしたためることで、同じ欲望を持った男性たちから、広く耳目を集めたい、という「男色ナンパ文学」という隠れた意図さえ、「仮面の告白」を書いた若き三島にあったのではないか、と私は邪推してみた。
今でこそ、ネットでどんなニッチな性癖を持ったパートナーとでも繋がれる可能性が開かれているが、戦後すぐの日本において、出版というチャネルが果たしていた情報ツールとしての価値や役割は今と比べようもなく大きかったはずで、スキャンダラスな告白を公にした後に自分に起こるであろう様々な変化を、予め考えなかったはずはない。
作中やおら突入してくる神輿は、さしずめジョルジュ・バタイユの「蕩尽」――富裕者による富の放出、と重なる。
作中に散りばめられた男色趣味の男性に通じるエロティックなアイコンの数々から「ね、わかる子にはわかるよね?」と、耳元でそうささやく生暖かい三島の吐息混じりの声が、今にも聞こえてきそうだ。
「メンヘラかまってちゃん」なんてレベルの生易しいものではない。黎明期の作品であるからこそ、そして若く粗削りであるからこそ。暗くて深いナルシズムの深淵から、汚濁にまみれた躁状態のリピドーがこれみよがしに逆流して、ただならぬ、きなくさい匂いを四方八方に垂れ流しているように感じられる。
そんな混沌と淀んだ原色のエネルギーを、圧倒的な美意識と持前の早熟で巧みな表現力と話術のベールで巧妙にくるんで煙にまいてしまうものだから、多くのノンケな読み手もコロっと騙され、つい引きこまれて読み進んでしまう。
後に「憂国」で、勇ましく死に行く男性の悲壮美を凄惨な切腹シーンとして殊更激しくを描いた。その根底に、自らが強く男色とサド・マゾヒズムを背景としたエロティシズムに魅せられ、それを余りある表現力を奢って読み手に見せつけることで起こる化学反応への蠱惑的な心情が動いてのことだろう、と想像するに難くない。
「仮面の告白」を荒っぽく、(1)幼少期からの回顧(2)恋愛対象としての男性(3)マスターベーションにおける興奮の構図である被虐や汚辱(4)女性との恋愛ができない苦悩と挫折、とおおざっぱに要素分解してみると、(3)を書きたいがために(2)を加え、(1)と(4)で文学的体裁を保ったと、私は邪推している。
"シュール・レアリスム"という言葉が生まれるきっかけとなった批評家ギョーム・アポリネールは、マルキ・ド・サドの文学のテーマである"アンチ・キリストによる自由の奪還"を擁護し、フランスにおいて、それまでナポレオンによって発禁処分とされていたサドの著作に着目し、その文学を復権させた立役者である。サドの小説に描かれた「殺した人数への異常なこだわり」を評価し、自身も小説家として著書「一万一千本の鞭」で同性愛、サディズム、殺人を表現したが、残念ながらサド同様、フランスにおいて発禁処分となった。
私は、三島が生涯を通して作中で繰り返しこだわって表現し、また自らも何度も演じてさえ見せた「同性愛」「サディズム」を源泉とした「惨殺」「切腹」の構図に、マルキ・ド・サドが"楽しくて仕方がない"と言わんばかりに繰り返し表現した露悪的な退屈で稚拙とも思えるドギついシーンの数々、をついつい重ねてしまう。
三島は、マゾッホが掲げた異教の女神のかわりに天皇を頂きに据え、マゾッホが打たれた鞭を日本刀に持ち替えて腹を切ることで、性的な高揚感を得ようと執拗にその構図を繰り返し具現化しようとした。
2006年4月刊行の「夜想~耽美特集 sense of beauty~」には、巻頭で写真家細江英公が三島をモデルに撮影し、1961年に刊行した耽美写真集「薔薇刑」が特集され、「三島由紀夫 死の美学」では、ゲイ写真家矢頭保が撮影した先述の切腹遊戯に興じる三島の姿が、高橋睦郎へのインタビュー記事とともに掲載されている。
その中で、三島は市谷駐屯地での割腹事件を起こす直前、「男の死」というタイトルで撮影モデルを務め、いろいろなシュチュエーションでの「男の死」を篠山紀信が撮影した複数の写真を見たことがあるという。中でも最も印象深かったのは、「一心太助の恰好で、天秤棒の桶がひっくり返って魚があふれ出て、魚の腸が飛び出していて、血まみれの魚の中で三島が切腹している、まことに陰惨な写真」で、その写真集は、発刊されることなくお蔵入りになった、と。
高橋は、その写真を三島が撮らせた意味について「三島の割腹自殺が政治的なように見えるが、実はそうではない、という謎解きをさせたかったのではないか」と語っている。
他にも、三島が奇譚クラブの交際欄で男性と知り合っていた、とか、1960年同性愛者の会員誌アドニス会の別冊小説集「アポロ」に榊山保名義で発表した「愛の処刑」は、実は1961年に発表された「憂國」と構造がそっくりで、2005年三島の作品として認定されるに至る、など。
三島由紀夫という人物を知る上で貴重な、裏側の数々の証言と遺作に触れることができる。
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「この書物を書かせたものは私の自尊心であった」
「『仮面の告白』という一見矛盾した題名は、私という一人物にとっては仮面は肉つきの面であり、そういう肉つきの仮面の告白にまして真実な告白はありえないという逆説からである。人は決して告白をなしうるものではない。ただ稀に、肉に深く喰い入った仮面だけがそれを成就する」(作者の言葉)
「告白とはいいながら、この小説のなかで私は『嘘』を放し飼にした。好きなところで、そいつらに草を喰わせる。すると嘘たちは満腹し、『真実』の野菜畑を荒さないようになる」
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こういった数々の三島の観念的な言い回しは、知的好奇心を擽られることが弱い層に、刺激―反応モデルの謎解きを仕掛け、インフルエンサーとして引きずり出し、まんまと文学的な賞賛を引き出すことに成功している、と感じる。
川端康成と三島の書簡のやりとりの中で、自決の4ヶ月前、三島は川端康成に後事を託す。 「小生が怖れるのは死ではなくて、死後の家族の名誉です」私は、この名誉について「自決が家族の名誉を汚す」と思い込んでいた。
先述の「夜想」のインタビューにおいて、ゲイ仲間たちは口を揃えて、「三島の割腹自殺は政治的なものではない」と語っている。
そして、自決直前の「一心太助、切腹演技」撮影と「家族の名誉」のつじつまは――。
「仮面の告白」というタイトルをつけながら、「肉に深く喰い入った仮面の告白」という存在を匂わせつつも、その裏側を邪推せねばならない、史実の数々。
「嘘の放し飼い」「真実』の野菜畑」とは、一体、何を意味するのか?
三島の自己愛が「俺を追いかけろ、そして解いてみろ」と、耳元でささやく。
よもや、日本屈指の文学者が命を賭して悪戯を仕込むなど、誰が想像できようか――。
花田清輝はこの「仮面の告白」を「文学の領域において、半世紀遅れ、日本の二十世紀がはじまる」(wikipediaより引用)と評した。
ヨーロッパのシュール・レアリスム運動から半世紀遅れの戦後日本に生まれた「仮面の告白」。オバマ政権の LGBT=同性愛者などセクシュアル・マイノリティーをサポートする政策の発表が2009年であることを考えると、実に「仮面の告白」の発刊より更に半世紀が費やされて、LGBTに市民権が与えられることになる。
三島由紀夫の割腹事件とかけて、落語「あたまやま」と、解く。
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気短な(あるいはケチな)男が、サクランボを種ごと食べてしまったことから、種が男の頭から芽を出して大きな桜の木になる。
近所の人たちは、大喜びで男の頭に上って、その頭を「頭山」と名づけて花見で大騒ぎ。男は、頭の上がうるさくて、苛立ちのあまり桜の木を引き抜いてしまい、頭に大穴が開いた。
ところが、この穴に雨水がたまって大きな池になり、近所の人たちが船で魚釣りを始めだす始末。
釣り針をまぶたや鼻の穴に引っ掛けられた男は、怒り心頭に発し、自分で自分の頭の穴に身を投げて死んでしまう。(http://bookmania.hatenablog.com/entry/2017/12/01/144810より引用)
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その心、だが「自分の作った官能物語に、自分が飛び込んで死んでしまう不条理」、その「解けない謎解き」こそ、人を強く惹きつけてやまない魅惑となるのではないか?、という三島の問いかけであるように、私は思えてならない。
邪推かもしれないが、三島はそんな不条理に道理を通そうとする読者たちにフェイントでハンカチを落としつつ、スイスイと黎明期のゲイカルチャーの世界を自由に泳ぎ、答え合わせもせぬまま、私が生まれた1970年11月に旅立っていった。
それから48年後、ほぼ半世紀が経った今、永遠に答えの出ないミステリーを残して死んだ三島の謎を、私が追いかけている。
そんな稀代のトリックスターの宣戦布告が、男色を絡めた性の苦悩を軸とした「仮面の告白」ではないか……と。
私には、そんな気がしてならないのである。
今でも多くの識者が、三島が残した様々な文献から、「自己愛性人格障害」と指摘するもの、「フロイト肛門期とスカトロジー」、「三島由紀夫は本当にゲイなのか?」など、トリックスター的な行動や露骨な描写から、その人物像を読み解こうと試みている論文をネット上で目にすることがある。
「神や天皇を仰ぐことも、また恨むことも、全ては快楽の最大化を図るため」神学とサド・マゾヒズムの関係を意識しつつ、改めて稀代のトリックスター三島由紀夫にとっての快楽とは?を再考してみる。
「自己愛の糧」=「集めた耳目の数×エネルギー」と仮定しよう。
いくつかが互いに矛盾する要素を孕んでいる意図的に落とされた謎解きだとすれば、真相はいつまで経っても藪の中――。
あれ?三島由紀夫ってサスペンス作家だったっけ?
「三島文学ワールド=ハンカチ落とし」というゲームの中で、座った背後に「三島由紀夫の謎」というハンカチを後ろ手で感じたその瞬間から、あなたは「鬼」という全力の追走者を演じはじめる。
鬼として走り始めてみると、驚くべきことに、現代をけん引している各界のスター、もちろんあのノーベル文学賞を受賞した川端康成さえも、そのハンカチ落としに参加させられていることに、あなたは気付くだろう――。
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